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大宮アルディージャ・畑尾大翔(29)がファン交流イベントをチャリティ化 「それが自分なりの恩返し」


過去にお世話になった人たちに恩返しを続けるJリーガーがいる。大宮アルディージャに所属する畑尾大翔(はたおひろと)選手だ。鶴の恩返しならぬ、“Jリーガーの恩返し”に、いま注目が集まっている。


慢性肺血栓塞栓(そくせん)症とは

畑尾は、早稲田在学中だった2012年に「慢性肺血栓塞栓症(まんせいはいけっせんそくせんしょう)」を患い、長期療養生活を余儀なくされた経験がある。

「慢性肺血栓塞栓症」とは、体内に血のかたまりができ、肺の動脈に詰まる病気。肺と心臓の血液の流れが悪くなるので、息苦しさや身体のだるさ、胸の痛みなど様々な症状があらわれる。航空機等での長時間移動の際にこの症状が起きるのが「急性肺血栓塞栓症」で、一般的には「エコノミークラス症候群」という名でよく知られている。サッカー界でも、高原直泰選手(現・沖縄SV)が2002年ワールドカップ日韓大会直前に発症し、メンバーから落選したことが話題になったので、ご存知の読者の多いことだろう。

最先端医療に救われた畑尾

空中戦と対人プレーの強さで注目選手だった畑尾が、息苦しさと胸の痛みを覚えるようになったのは大学3年生の頃。チームのキャプテンに就任したばかりだったこともあり、「チームを離れるわけにはいかない」と無理をして競技を続けた。コンディションが上がらずプレーにも支障が出るようになり「さすがにこれはおかしい」と病院で検査を受けるも、原因はわからず。いくつもの病院を転々とし、ようやく病名がわかったのは症状が出てから半年以上経ったころだった。そのときに医師から言い渡された治療法は、開胸手術。

開胸手術を行えば、それまで目指してきたプロサッカー選手への道は閉ざされてしまう。再びプロサッカー選手を目指すため、4年間では卒業しないという選択をした。畑尾は「何か別の方法はないのか」と解決策を探し、大学5年時にようやく辿りついたのが「バルーン肺動脈形成術(BPA)」という最先端のカテーテル治療だった。名医による手術と懸命のリハビリの甲斐あって、同級生の仲間たちから1年以上遅れて、当時J1に所属していたヴァンフォーレ甲府との契約を勝ち取った。畑尾は、最先端医療との出会いによって選手生命を救われ、プロサッカー選手になるという夢を叶えたのである。

「元々、諦めの悪い性格なんです。でも、もしあのとき医療機関の方々に救ってもらえなかったら、いまの僕はないと思います」と、当時関わってくれた人たちに感謝の意を述べた。

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岡山医療センターにて年1回の治療を受ける畑尾選手(右)


自然と舞い降りてきた「チャリティ化」

そんな経験を持つ畑尾が、いま取り組んでいるのが、オンラインによるチャリティイベントだ。

長引く自粛生活のなかで、「サッカー選手として何かできることはないか」とヴァンフォーレ甲府の新井涼平選手、橋爪勇樹選手らと共にファンとの交流イベントを開催していると、自ら主体となって運営をしていくうちに「どうせやるなら、もっとこの活動に違った価値をつけられないか」と考えるようになった。そこで畑尾が思いついたのは、イベントをチャリティ化することだった。

「いまも医療従事者の方々が、新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐために、最前線で戦ってくれています。にもかかわらず、感染患者を診たというだけで、医療従事者やその家族が、言われなき誹謗中傷を受けているというニュースを目にして、悲しくなりました。いまの自分に何ができるかを考えていたら、収益を医療機関に寄付することが自然と頭に思い浮かびました」。

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オンライン取材に応じる畑尾選手(左)と筆者(右)


5月18日のイベントからチャリティ化し、すでに6回が開催されている(5月27日時点)。おそらく、これだけの頻度で行動を起こしている選手は他にいないのではないだろうか。

ファン・サポーターからの意外な反応

このチャリティ化に際し、畑尾が強くこだわったのは、ファン・サポーターに気軽に参加してもらうことだった。金額を高く設定しないようにしたり、イベントが選手たちからの一方通行の会話にならないよう、人数を絞るなど小さな工夫を散りばめた。すると、予想外の反応が起きたという。

「参加してくれたサポーター同士が知り合いで、このオンラインイベントをきっかけに再会を果たしたり、甲府のサポーターと大宮のサポーターで新しい交流が生まれたりと、僕たちも想像していなかったことも起こりました。さらに、ファンの方たちから『ありがとう』とか『頑張ってください』って言ってもらうことが多かったんです。いつも応援してもらって、こうして僕らのチャリティに賛同してもらって、さらにお礼まで言ってもらえて。『こちらこそありがとうございます』という意味も込めて、シーズンが開幕したら試合で恩返ししていかないといけませんね。またやることが増えました」とサポーターの声援を力に変える決意をみせた。

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Zoomを活用したオンラインイベントの様子

今後の活動はどう維持する?

つい先日、緊急事態宣言の解除が発表され、スポーツ界も徐々に再開に向けて動きはじめている。チーム活動が再開すれば、選手たちは外には出せないチーム情報をたくさん抱えることになる。シーズン中にこのようなイベントを行うことは、チームにとっても、チームと契約を結ぶ選手にとってもリスクが伴う。選手に悪意はなくても、うっかり内部情報を喋ってしまう危険があるからだ。

畑尾は今後、この活動をどのように維持していくつもりなのだろうか?

「確かにシーズン中はこのような活動はできないかもしれませんが、これからも、何らかの形で続けていけるように考えたいと思っています」と活動継続に意欲を示す。

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大宮駅前で献血を呼びかける畑尾選手たち


かつて医療の力に救われて夢を実現した男は、これからも恩返し続けるつもりだ。さらに今回力を貸してくれたサポーターたちには、試合での恩返しを誓う。今シーズンは、これまで以上に畑尾大翔のピッチ内外での「恩返し」に注目だ。


取材・文:瀬川泰祐(編集者・スポーツライター・プランナー)
写真提供:大宮アルディージャ




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