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いつまでも同じ場所に居られない俺たちだから

 元カノと電話が終わりトーク画面に切り替わったスマホを数秒眺めた。今日を最後にブロックしようと思っていたが友達のリストから非表示にさせるだけに留めた。
 彼女の声を聞くと今まで溜まっていた怒りや不満は爽やかな風に吹き攫われた如く脳内から消えた。どうやら未練が残っているみたいだと自覚させられて、いい加減呆れてしまう。

 幾度も別れ話をされたせいで明確にこの日別れましたというのが曖昧になっていたが、とりあえず別れているという事実だけがあり、それももう遠くに霞むほどになっていた。

 相変わらず憎まれ口を叩く口達者な彼女だった。そこが好きだ。彼氏彼女というしがらみがなくなったからか吹っ切れたような爽快さがあって、自分の知っている彼女の姿を留めながらも、お互いがお互いを見るレンズが変わってピンボケしているような感じがした。

 お互い、今の自分を安住させる場所がある。ほんの束の間、同じ場所で羽根を休めていた渡鳥たちが、次の風が吹き荒ぶと同時に各々の目的地に向かう様に、彼女と俺はもう同じ場所には留まっていない。

 もう違う場所の人だと思えば不満や怒りを抱くなど馬鹿馬鹿しく思える。自分より二歳若い彼女は、やはり自分よりも若い年相応な感覚と光り方があった。声を通してそれを感じ取れて嬉しくなった。
  初めて、別れた女性に対して幸せになって欲しいな、と素直に思えた。そしてそんな自分に驚いた。

 あなたよりいい彼女できるのかな、なんて言ってみて、期待通りの言葉を投げかけてこないあたりが彼女らしく捻くれていて、懐かしくなる。ひとつの恋愛が終わるたびに押し寄せる喪失感と悲壮感の波は学生時代に感じすぎるほど感じすぎたせいで麻痺している。叩かれすぎて痛みすら感じなくなっている様に、ちょっとの違和感で済ますことだってできる様になって大して気にも留めなくなった。その傷に包帯を巻くか麻薬で誤魔化すか、適宜自分で治療できる様になった。それは成長なのか、鈍感になっただけなのか、それともただの強がりなのか。それでも別れを経験するたびに「彼女よりいい女はいない」と思う。そう思える。それが自分なりの気持ちの成仏の仕方になっている。そう思う自分に酔っているだけなのかもしれないが。

 鳥たちが羽根を休ませていたヨットは遠海からハーバーに陸揚げされ、そのまま持ち主が手入れも何もしなかったのか、脚を掛けていた帆柱は潮風でやられ朽ち落ちていた。

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