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僕の人生の二冊 『カラマーゾフの兄弟』 『豊饒の海』


はじめに

僕はどちらかと言うと直感的な人間で、感性を大切にする。論理的な文章を読んだり書いたりすることも好きだが、それを完遂するには僕のもつ説明能力や読解能力、つまりは知的能力が追いつかない時が多々ある。

さらに、こうして文章を書く分には大きな問題はないのだが、口頭での咄嗟の説明がとても下手だ。誰かと口げんかになったりしたら勝てる見込みはないので、そうなる前になあなあで折り合いをつける。
こんなことだから押しに弱い。妥協できない一線ははっきり心得ているつもりだが、かなり内気で弱気な方だと思う。

昔の学生時代、文系と理系のちょうど中間とも言えそうな生物学の分野に進み、そこで持ち前の感受性を捨てきれずに、名作と呼ばれる文学作品を読み漁っていたことは、こうした僕の気質を考えるとむしろ必然であったかもしれない。
でもあの頃存分に読書が楽しめたことは、今でも財産になっていると心から思う。

実に様々な本を読んだ。今日はその中でも印象に残っていて、近いうちに再読してみたい二つをあげてみよう。

ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』

小説というと、やはりここに行きつく。誇張とかじゃなくすべてのページを楽しんだ。
楽しくて貴重な読書体験だったから5回は読んだ。4回は新潮文庫で、1回は光文社古典新訳文庫でである。新潮文庫の訳の方が好みだった。当時通学で乗っていた丸ノ内線や、半蔵門線の車内で読み耽った。

純文学で、しかもこの作品のような超大御所になると、怖気付く方も少なくないかもしれないが、読んでみたらあら不思議、面白いんだから仕方がない。どうやらドストエフスキーは僕のツボを心得ているらしい。
しかも意外にもかなり読みやすい。ロシア文学で大変なのは登場人物の名前だが、そんなのはすぐに慣れる。

小説なんて本質的には純文学もエンタメもないんだと思う。高尚に読みたい人はそうすればいいし、箔をつけたい人もそうすればいい。そして僕みたいにこういう作品を『楽しんで』読むのも一つのスタイルだと認識している。

ゾシマ長老の老成した穏やかな人柄と、その後のとある騒動、大審問官のくだり、ネギの話、清々しい大団円。今思い出せるのはその辺りだが、とにかくどのエピソードも楽しかった。
若かった僕はそれらの逸話の深みとかよく分かってなかったけど、多分その根底に流れる人間の本質みたいなものは無意識のうちに掴みとっていたんだろう。心に迫るものがあり、飽きない読書だった。

ウェイ系(今でも言うのか?)ドミートリイの荒々しさと人情味、自己意識の高いインテリのイワン(よくいるよねこういう人)の鼻に付く態度、純朴で繊細で、まだ心は青年になりきれてない青年、アリョーシャ(アレクセイ)の自分と人に対する正直さと魅力。
荒っぽく言えば全ての人はこれら三兄弟の類型に大別できるだろう。

感性を大事にする僕だから、アリョーシャが好きだったが、ドミートリイの人情も悪くはなかった。イワンは冷淡で嫌なヤツという印象しかなかったが、その嫌なヤツでさえも惹きつけるアリョーシャの純真な魅力が美しかった。

あれから随分時が経った今、ぜひもう一度読んでみたい。今読んでいる本の次にしようか。読んでいない人もぜひ『カラマーゾフを読んだ人』のグループに入ってください!

三島由紀夫『豊饒の海』

三島由紀夫も色々読んだ。仮面の告白から始まり、潮騒、金閣寺、禁色、午後の曳航、永すぎた春、音楽、花ざかりの森、憂国などなど…。
だがその中で一番鮮烈に印象に残っているのは、やはり大長編『豊饒の海』だろう。

僕のスタンスは変わらない。三島の性格とか思想とか人生、これを書いた後の彼の行動とかこの際どうでもよくて、ただ小説がきわめて面白くて僕にとって芸術的な意味をもっているから読む。それだけだ。

ある人物の輪廻転生とそれを生涯にわたって見守る友だちという、いわば二人の主人公が織りなす人間絵巻だ。今やけに流行っている『転生もの』文学の始祖に近いと思う。(ただしその本質的な内容は典型的な転生ものとはかなり異なる)

実のところ内容の多くを忘れてしまったのだが、読み終えた時のあの「途方もない高みに連れて行かれたような心境で頭がクラクラする」絶品のカタルシスが堪らない。
三島の作品はどれもそういうものを持っているが、この四部作は長編だけあってそれが特にものすごい。

四作目『天人五衰』の後半の急ぎ足っぷりは、あたかもその後の三島の行動を予見していたようだが、最後のくだりで三島が何を言いたかったのかは、僕の中ではおよそ謎のままだ。仏教的な『空』を表現しようとしたのだろうか。

ちょっと難しいけれど、とにかくすごい作品だからこれも読んでみて。

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