春名 孝

【小説形式での新刊書ブックレビュー】に挑戦しています。小説内で別の本が紹介されることは…

春名 孝

【小説形式での新刊書ブックレビュー】に挑戦しています。小説内で別の本が紹介されることは時にありますが、時評としての新刊書ブックレビューはこれまでになく、新しい形の表現だと思っています。

最近の記事

ブルマン一座の読書会 (第10話/全10話)

(十)第五回読書会『泡/松家仁之』+お勧め本紹介 「それでは第五回読書会を始めます」  この日のあいさつには、いつもと違う緊張感があった。  六人の参加者が自己紹介をする。そこに今日は特別ゲストが加わる。  青山は隣に座る男性に目を向けた。 「こちらにいらっしゃるのが、このお店のマスターです」  マスターは名前を名乗り、椅子に座ったまま頭を下げた。  青山の店と違い、奥行きが広くて照明は暗く、その意味で読書会には不向きだ。それでも目の前にはいつもの参加者がいて、これから始ま

    • ブルマン一座の読書会 (第9話/全10話)

      (九)青山  十二月に入った頃、青山に一通のメールが届いた。自身の過労による発熱も、一週間店を休んですっかり良くなっていた。 「青山様  こんにちは。読書喫茶レトル店長の妻です。ご存知かと思いますが、夫は十月末に体調を崩し、入院をしております。雨が続いて急に気温が下がった時期でした。朝から血尿が出たと言ってソファに座り込み、そのまま立てなくなりました。  ガンの発覚の時に続いて二度目の救急車を呼び、今度こそ駄目かもと思いましたが、病院での迅速な対応で、症状は改善していきまし

      • ブルマン一座の読書会 (第8話/全10話)

        (八)第四回読書会『つまらない住宅地のすべての家/津村記久子』  四度目の読書会は、十一月最後の土曜日だった。  朝、リビングに入った美瑠は、ソファに座る青山を見て驚いた。冷え込む朝ではあったが、室内でダウンコートを着込み、電気ヒーターを点けながら震えている姿は尋常ではなかった。  一目で読書会は難しいと思った。熱を計ってみると、案の定、三十九度を越えていた。 「その熱じゃ無理よ。私が代わりにやっておくから」 「駄目だよ」  か細い声で青山が反論する。「課題本、読んでないだ

        • ブルマン一座の読書会 (第7話/全10話)

          (七)粉岡 「今回もうまくいったよ。やっぱり読書会は最高に楽しいよ」  上機嫌で帰宅した青山を、美瑠は静かに迎えた。  初回にむりやり人を集めてから、参加者の顔ぶれは変わっていない。今の状況を成功と呼べるのかは疑わしい。  今日の課題図書は病気に関するエッセイで、医師の粉岡の意見が貴重だったという。 「毎回、それほど発言はしないんだけど、医者という立場の意見だから重みが違うというか、みんな聞き入っちゃうんだよね」  それに知識も豊富で発言も的確で、などと青山は言葉を尽くして

        ブルマン一座の読書会 (第10話/全10話)

          ブルマン一座の読書会 (第6話/全10話)

          (六)第三回読書会 『歌うように伝えたい/塩見三省』  次の読書会まで一週間を切った日、青山は読書喫茶レトルにふたたび顔を出した。  土曜日の昼下がりで、店には四人ほどの客がいた。無調のBGMが流れる店内に、ときおりページをめくる音や皿を洗う音が響く。本を読むのにこれほど心地よい空間はないだろう。目でマスターにあいさつをし、青山も持参した本を開いた。  一時間の滞在の間にまた二人ほど客が入り、店は満杯になった。これなら店の先行きを心配する必要はなさそうだ。好きなことをやるの

          ブルマン一座の読書会 (第6話/全10話)

          ブルマン一座の読書会 (第5話/全10話)

          (五)桐間 「今日はあの奥さん、来なかったな」  助手席に乗り込み、健矢はシートベルトをかけた。「ちょっと期待してたんだけど」 「お前、何しに来てんだよ」  桐間はハンドルを握り、呆れた声を出す。  いやあ、と健矢はごまかすように狭い車内で伸びをした。「ほんとにあの人、お前の同僚なの? 俺も入れてほしいよ、その会社」  桐間は相手をする気にもなれず、無言でシフトを動かし、車を出す。  健矢に指摘されるまで、美瑠が美人だということも忘れていた。桐間にとって美瑠はただ異様に勘の

          ブルマン一座の読書会 (第5話/全10話)

          ブルマン一座の読書会 (第4話/全10話)

          (四)第二回読書会『消失の惑星(ほし)/ジュリア・フィリップス』 「それでは第二回読書会を始めます」  青山の言葉にテーブルのざわめきが消える。  二度目の読書会に集まったのは、初回とまったく同じ顔ぶれだった。始まる前から互いに会話を始め、本を開いて感想を披露しあっていた。コーヒーを準備しながら、青山はそうした光景を微笑ましく見つめていた。  コーヒーを配り終え、時間どおりに会はスタートした。 「本日もお集りいただきまして、ありがとうございます。前回、僕としては大成功だと思

          ブルマン一座の読書会 (第4話/全10話)

          ブルマン一座の読書会 (第3話/全10話)

          (三)青山  大成功だった。  初回にしては人が集まり、議論もおおいに盛り上がった。課題図書の分厚さや、自分と同じように楽しんでもらえるかなど不安はいくつもあったが、今ではこの本を選んでよかったと胸を張って言える。  夜には祝杯をあげ、美瑠に頭を下げた。  今回の読書会の成功は美瑠が人を集めてくれたおかげだ。あらためて彼女の交友の広さと人望の厚さを思い知った。あの差し迫った状況でこれだけ人を集めるなど、普通はできるはずがない。  何か特別な理由でもあるのだろうか。  ふと参

          ブルマン一座の読書会 (第3話/全10話)

          ブルマン一座の読書会 (第2話/全10話)

          (二)萬田  むしず。蒸し酢。虫図。  どういう漢字か知らないけど、ずっと走っている。  あたしのこの体に。  萬田はシャワーの水量を最大限に上げ、荒れ狂う熱い湯を全身に浴びた。 「あなたさえよければ、便宜を図ることくらいはできるよ」  あの男の言葉を思い出すと、全身をかきむしりたい衝動にかられる。同時に、別れた夫に対する憎しみもよみがえる。  古志田拓郎(こしだたくろう)とは短大時代に知り合い、卒業後すぐに結婚した。大手電機メーカーに就職した古志田は、イケメンの割に夜遊び

          ブルマン一座の読書会 (第2話/全10話)

          ブルマン一座の読書会 (第1話/全10話)

          (一)第一回読書会『テスカトリポカ/佐藤究』  土曜の午後六時、閉店と同時にメールをチェックする。  受信トレイは空のままだ。  うまくいかない原因をたどると迷宮にはまり、宣伝が足りなかったせいだとか、店に来る客から自分は嫌われているのだとか、そもそもこの田舎町に本を読む人などいないとか、極端な結論に陥る。  壁には一カ月前に作ったチラシが貼ってある。じっと眺めていると、このチラシが酷いからではと思えてくる。 「読書会始動! 読書好きの店主・青山満(あおやまみつる)が始める

          ブルマン一座の読書会 (第1話/全10話)

          ブルマン一座の読書会(あらすじ)

          2021年。とあるカフェで開催された読書会に参加したのは、いわくつきの面々だった。家事代行のパートで闇の営業をするバツイチ女性、キャバクラ嬢に入れ込み金銭問題を抱える青年、実直な紳士でありながら患者と密約を交わす医師。彼らが月に一度集まり、新刊本について語り合う時、それぞれの人生が浮かび上がる。 課題図書はすべて2021年に発売されたもの。読書会でのやりとりがそのまま課題本のブックレビューとなっている。紹介される本は下記の通り。 『テスカトリポカ/佐藤究』(‎KADOKA

          ブルマン一座の読書会(あらすじ)