ラム酒と船乗り
"私は太平洋の海水がラムであればよいのにと思うぐらいラムを愛しております。"
この文章に出会ったのは、人生の酸いも甘いも知らない中学生の頃。
"もちろんラム酒をそのまま一壜、朝の牛乳を飲むように腰に手をあてて飲み干してもよいのですが、そういうささやかな夢は心の宝石箱へしまっておくのが慎みというもの。美しく調和のある人生とは、そうした何気ない慎ましさを抜かしては成り立たぬものであろうと思われます。"
- 引用元 森見登美彦 著 /夜は短し歩けよ乙女
中学生のわたしはと言えば、ラムといえばお菓子作りに使うラムしか知らず、とはいうもののこんなものは小説の中で描かれているようにグビグビと、そしてうっとりと飲めるようなものではないと恐れながらも、その描写のあまりの美しさに障子の襖から大人の世界を覗き込むような気持ちで小説のページを夢中でめくったのでした。
それから十年の月日が経ち、私も成人した社会人。はじめて一人でバーに飲みに行った21歳の夜に、あれだけ恋い焦がれていた(半分慄いていた)ラムと対峙することとなりました。
それまでお酒といえばビールばかり。ウイスキーや日本酒は飲むけれど好んでは飲まず(いまは好んで飲みます) 、そんな小娘が、遠い港町のバーカウンターに座りおずおずとラムを頼む姿を今思い出すのは、なんだかむず痒いけれど。
頭の中にはずっと作中の黒髪の乙女とラムが引っかかっていたのでしょう。
マスターは飲みやすいラムを選んで注いでくれました。はじめてのラムは堂々のストレートで。もし飲みづらければ割りますよと声を添えて。
この日から私の人生は変わりました。
私がラムの美味しさを表現するより森見登美彦先生の小説を読んだ方が遥かにその美味しさは伝わるのでしょうが、しかし。その芳醇な香りとまろやかな口当たり、飲んだ後のふわふわとする酩酊感に(お酒なので当たり前か)一瞬のうちに虜になってしまったのです。
思い返せる限り、これが私のファースト・ラム。
そこからはなし崩しに、港港で美味しいラムを求め夜のにぎやかでどこか寂しい街を歩き回る日々が始まりました。
何度目のラムだったのか、どこの港でどこのお店だったのか、それはもう記憶の彼方なのですが、マスターに言われた一言
「やはり船乗りさんだからラムをお好みになるのですか?」
え?そうなの?船乗りのお酒?なにそれ、えー全然知らない…えー…
そんな私が悪びれもなくいけいけしゃあしゃあと
「そうなんですよ、やっぱり、船乗りには、ラムかなと思って」
その後猛省し、帰り道、船乗りとラムの歴史について調べました。ありがとう、Google先生、ごめんなさい、マスター。
たしかに、映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」ではいつも片手にラム酒があったな…
その後私は、カリブの地で生まれ海賊たちに愛されてきたこと、サトウキビの輸入には船がかかせなかったこと。奴隷貿易の歴史と深く関わりがあること。奴隷たちの栄養源となっていたこと。船乗りたちに壊血薬となり得ると信じられていたこと。その後も保存のきくラム酒は船乗りたちに愛され続けたこと。
なるほど、たしかに船乗りと切っては切れない関係だったみたいです。
簡単に運命を信じてしまうタチである私は、簡単にラムと私の運命も信じてしまいました。これは船乗りの私と、出会うべくして出会ってしまったお酒なのだ、と。(後から知ったくせして)
(余談ですが、私の誕生月3月の誕生石、アクアマリンが航海のお守りの石とされていたことを知り、これまた単純に、今でもお守りとして身につけています、これはハタチの頃の出来事)
かくしてラム酒は、私の中で特別なお酒となったのでした。
ああ、やっぱりきれい。
ビールのようにガブガブとは飲めないけれど、その透き通る美しさと甘い香りにうっとりとするラム酒。飲んだ後の夢見心地。まだまだ私はラム酒界のひよっこであり、探求は続くのでしょう。
ラムと私を繋いでくれた森見登美彦先生と黒髪の乙女にも、感謝の気持ちが止まりません。
ねえ、やっぱりできることならラム酒でできた太平洋を泳いでみたいね。そして然る後飲み干したい。でもこの想いは秘めている方が美しいんですよねきっと。
ラムと船乗りの歴史への感慨と、お酒が運ぶ全ての素敵でオモシロい出会いへの愛を込めて、今日は一旦筆を置くことに致します。これからも慎ましくラムを愛することを誓いながら。
ご清覧ありがとうございました!
追記①
普段はストレートかロックで頂くのだけれど、ラムハイにするのも良いよね(大好きなお店の看板メニューなんです)モヒートでも良いし。
ホットバタードラムなんて好きすぎて聞いただけで脳みそが溶ける。
それらも素敵なんだけれど、喫茶店で頂く珈琲にラムを静かに注ぐのもまた、たまらないのです。
雪の夜にほっぺたを真っ赤にしながらたどり着いた港町の喫茶店で頂くラムひたひたの珈琲、素敵すぎませんか?
アイス珈琲にも合うんです。大好きな青森の珈琲店にて。カフェラテの中にだばだばと迷いなく注がれたラムに(別料金)体が喜びます。
皆様も機会があればぜひご賞味あれ!
追記②
あんまり飲んだラムのことを覚えていなくて、写真もほとんど残っていなくて、唯一手元にあった写真をかき集めてみました(文章だけじゃ読みづらいかなと思って)
以下、備忘録として。
ロン・サカパが間違いない感じで好き。雲の上で熟成したラムですってよ、奥さん。ロン・マツサレムも好き。アブエロね、アブエロはもうほんとに、美味しいよね。どうやらスペイン系と相性が良いみたい。
名前は忘れちゃったけれど、沖縄のラムも美味しいのがあった気がする。思い出補正ではないはず。なんだっけ、なんだっけ、美味しかったラムの記憶はたくさんあるんだけど、どれもふわふわとしてて思い出せない。
それもまた良いのかな。もし忘れてしまっても、長い人生の中で、美味しいラムに何度でも出会えれば良いなと心の底から願っております。
せっかく綺麗に終わることのできた文章に長々と追記を書いてしまいましたが、今度こそ…
ご清覧ありがとうございました!
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