デジタルと人権②〜デジタル・ジェンダー・バイオレンスに対して企業ができること〜
#デジタルと人権 #ジェンダー平等 #性暴力 #女性の権利 #ビジネスと人権
COVID-19の流行により、デジタル空間での交流が盛んになる中、女児や女性がデジタル・ジェンダー・バイオレンスに晒されるリスクが高まっています。このような新しいテクノロジーの発展とともに発生する人権侵害に関して、企業がどのように取り組むべきなのか考えてみたいと思います。
デジタル・ジェンダー・バイオレンスとは?
情報通信技術(ICT)を介して、オンライン環境で行われるジェンダー暴力のことをデジタル・ジェンダー・バイオレンス(スペイン語ではtechnoviolencia machistaやciberviolencia de género、violencia de genero digital、英語ではonline gender violenceやICT-facilitated violence against women、cyber harassmentなど)と言います。
欧州連合の専門機関・欧州ジェンダー平等研究所によれば、「デジタル・コミュニケーションやインターネットを通じて行われるジェンダーに基づく暴力」と定義づけ、以下の具体例を説明しています。しかし、これらに限定されず、その種類が大変幅広いことを示唆しています。
・サイバーストーカー行為
・同意のないポルノや「リベンジポルノ」
・ジェンダーに基づく中傷、ヘイトスピーチやハラスメント
・セクストーション(性的なゆすり・脅し)
・レイプや死の脅迫
・デジタルで推進される人身売買
出所:European Institute for Gender Equality(筆者仮訳)
スペイン政府(2017年、スペイン平等省)の動画では、主に10種類の具体的のデジタル・ジェンダー・バイオレンスの事例をアニメーションで紹介しています。
1. 携帯電話を利用し、パートナーに対しストーカー行為を行う、もしくはコントロールすること
2. インターネット上のパートナーの他者との人間関係を妨害すること
3. パートナーの携帯電話をこっそり見ること
4. パートナーがSNSに投稿・シェアしている写真を検閲すること
5. SNS上のパートナーの行動をコントロールすること
6. パートナーの居場所を把握するために、GPSを要求すること
7. パートナーに親密な写真を送ることを強要すること
8. パートナーの利用するパスワードを教えるよう約束すること
9. パートナーに他の人とのチャットルームを開示するよう強要すること
10. オンラインですぐに返答しない場合に怒ること
出所:Ministerio de Sanidad, Servicios Sociales e Igualdad (MSSSI)(筆者仮訳)
新しいテクノロジーにより、新しいタイプのジェンダー・バイオレンスが発生していますが、国連総会決議48/104で採択された「女性に対する暴力の撤廃に関する国連宣言」(1993年12月20日)に記載されているように、どれも女性という性別に基づく暴力行為であって、女性の身体的、性的、または心理的な危害や苦痛をもたらすもの、そのような行為の脅威、強制や恣意的な自由の剥奪をもたらす可能性のあるものです。
COVID-19により増加するデジタル・ジェンダー・バイオレンス
UN Womenのレポート(2020年4月)によれば、上のインフォグラフィクスが示すように、COVID-19発生後、以前にも増して、携帯電話、インターネット、SNS、Eメールにより、女性に対する暴力が増加しています。
それにもかかわらず、女性の権利保護、禁止条例などの防止策がまだ進んでいない国が多いことが課題です。実態の調査もまだまだ進んでいない領域であることから、国際的な枠組みや各国の法制化、専門家の育成、企業の取組み、市民レベルでのアクションが急がれています。
ターゲットになりやすいのは脆弱なグループ
デジタル・ジェンダー・バイオレンスの被害は、特定の地域で起こっている現象ではなく、北米、ラテンアメリカ、中東、アフリカ、オセアニア、アジアで起こっています。
1- 思春期の女性たち
デジタル・ジェンダー・バイオレンスは、思春期の女性たちが被害者になりやすいことが特徴です。恋人同士のいざこざ、と思われがちですが、思い悩む時期でもあり、人に相談しにくい内容であることが多いことから、防止策を怠り、犯罪に発展するケースも少なくないため、早期の対策が必要とされています。
2-性的マイノリティの人たち
LGBTIQ+であることを表明している少女たちの半数近くが、自分の性的アイデンティティを理由とした嫌がらせを受けたと答えています(The Guardian)。
3-有色人種の女性たち
米国では、有色人種の女性が白人女性よりも標的になりやすい傾向があると言われ、特に黒人女性の59%がデジタル・バイオレンスを経験したことがあると言います(WebFoundation参照)。
4-先住民・少数民族の女性たち
メキシコで増加しているのは、先住民の少女や女性に対する性的搾取、いわゆるエスノポルノ(スペイン語でetnoporno)という被害です。恐喝を含む本人の意思に反する方法で画像やビデオが入手され、インターネット、SNS、店舗で販売・拡散されています(Inter Press Service参照)。
5- デジタル・リテラシーの低い女性たち
GSMAの調査によると、障害を持っていると、携帯電話所有率の男女差が2倍、3倍になり、政治的に権力を持たないグループに所属している女性たちもインターネットへのアクセスができない状況にあることが判明しています。こういう場合、知らないうちに被害者となっている可能性もあります。
キューバ人ジャーナリストのキャンディ・ロドリゲス氏は、Acoso.Online(ラテンアメリカでデジタル・ジェンダー・バイオレンスの解決に取り組むウェブサイト)の運営者でもあり、次のように語ります。
「法的枠組みや行政の仕組みを刷新する必要がありますが、まだ十分な準備が整っていません。多くの場合、(被害報告を受けた警察や行政の組織は)被害者を自宅に送り返しています。(被害の申し出を受理せず)女性の服装によっては被害女性が起訴されることもあります」出所:Inter Press Service en Cubaより一部抜粋
長期に続く個人への影響・社会への影響
デジタル・ジェンダー・バイオレンスの被害者への影響は、長期的に続くことが既に専門家の調査により判明しています。
上図にあるように、メンタルヘルスの課題を抱えながら生きていくことになり、その後の生き方・学習や就業への意欲にも影響も出ます。その結果、社会的なコストとして政府・自治体の負担が増すことも予測されていることから、早急な対処が必要とされています。
デジタル・ジェンダー・バイオレンスが発生しやすいSNS
ジェンダー平等を推進する団体・The chatiryの調査(2020年)によれば、オーストラリア、カナダ、ブラジル、ベニン、日本、ザンビア、米国の約1万4千人の15歳から25歳の女性に対象に調査したところ、世界的にFacebook(39%が回答)が最もジェンダー・デジタル・バイオレンスが発生しやすく、次に、Instagram(23%)、Whatsapp(14%)、Snapshot(10%)、Twitter(9%)、TikTok(6%)という結果が得られました(The Guardian参照)。
調査対象の44%の女性が「SNSを運用する企業が何らかのユーザーの権利保護の取り組みを実施すべき」と回答しています。まさに、これが、ビジネスと人権に関する指導原則で求められる、「影響」を受けているライツホルダーの声です。
企業に求められていること
では、企業は、どんな取り組みをすることができるでしょうか。
a) 人権尊重型のビジネスモデル・マーケティング手法へ転換する
World Wide Web Foundationは、製品・サービスの開発のプロセスに関して、以下のように提案します。
(1) 製品やサービスが女性に与える影響を設計プロセスの初期段階から考慮する(Gender by designと言われる)。例えば、男女別のデータに基づいて製品を設計、位置情報機能の導入前に女性の安全・安心を考慮、など。
(2) テクノロジーを活用した製品、デジタル・プラットフォーム、利用規約の設計プロセスにおいて、女性を交えた協議の推進、女性の権利やジェンダー、テクノロジーの専門家によるアドバイザリーグループを設置する。
(3) 製品やサービスのジェンダー監査を定期的に行う。
(4) ドメスティック・バイオレンスの社会的・文化的なニュアンスや言語の違いを考慮し、製品・サービスを開発・改善する。
(5) プライバシー、透明性、アカウンタビリティを重視し、個人のプライバシー権やデータ保護、デジタル・アイデンティティへの影響など、明確かつ効果的に伝える。
(6) 女性にとって安心してコミュニケーションできる安全な空間を提供できるよう、ドメスティック・バイオレンスなど女性支援に取り組む組織と協働し、コミュニティ・ガイドラインを設計・改善する。
出所:World Wide Web Foundation(筆者仮訳)
現在流行しているデジタルプラットフォームでは、あらかじめターゲットとして設定されたユーザーを誘導し、新しい情報に触れるような戦略によりシステムが設計されている、もしくは、ユーザーが何度も同じ情報に触れるように設計されていますが、これはデジタル・ジェンダー・バイオレンスの被害を助長させる仕組みを持っていることが問題視されています。
<犯罪を助長する要素>
1) SNS上で無限に広がるネットワーク →ハラスメントの規模を拡大させる
2) 同じ人物が複数のアカウント作成が可能 →加害者が特定できなくなる
3) 地図情報や位置情報の拡散 →加害者が被害者を追跡可能になる
4) 匿名性が確保されたコミュニケーション環境 →悪意あるコメントが可能になる
出所:MEI@75をもとに筆者作成
ビジネスと人権に関する指導原則上で、ライツホルダーへの負の影響を減らす努力は企業の責任として求めれています。従って、これらのユーザーの女性たちが犯罪に巻き込まれる可能性を高める「負の影響」を与える機能は、プラットフォームを運用する企業が抱える人権リスクであり、そのリスクを軽減・撲滅していくことが求められているのです。
b) ユーザーに対し、犯罪防止のための意識啓発を行う
多くの被害女性たちは、「この種の犯罪が、一体なんというのか知らなかった」と語ります。つまり、他の人にも同じ現象が起きているのか、自分のどんな権利を主張したらいいのか、誰に相談したらいいのか、誰を責めたらいいのかわからず、声を上げにくい、という状況があります。
加害者側も、自覚なしに行動を起こしている可能性があります。自分の行動や判断が被害者にどんな影響を与えているのか自覚する機会・情報を提供することが必要でしょう。
そのため、加害者・被害者となりうる可能性の高いグループに対して意識啓発を行い、予防策を投じることが企業の取り組みの一つです。または、予防策・対策を実施している専門機関・専門家やNGOと協働する、もしくは、彼らの活動に対してリソースを提供すること(寄付など)も可能でしょう。
c) ヘイトスピーチ対策を主導する
欧州では、現在、デジタル・ジェンダー・バイオレンスの防止策に関して政策協議が進められている最中ですが、テクロノジー系の企業と政府が連携し、オンライン上のジェンダーにもどづくヘイトスピーチを撲滅する活動が提案されています。SNSなどのデジタル・プラットフォーム内もしくはIT企業がサービスを提供する上で、デジタル・バイオレンスに配慮する結果、政策コストが15〜24%削減されると見込まれています(European Parliamentary Research Service)。
d) ロビー活動を推進する
当事者と支援者だけでは、法制化の実現が難しい状況にあり、彼らと一緒に声を上げ、政策に反映することができる経営者や社員(市民)の存在はとても期待されています。
市民は、オンライン上の安全侵害を目撃したときに、単に傍観者になるのではなく、積極的な傍観者(報告、返信、被害者への励まし)としてアクションを起こすよう、互いに連帯する必要があります。例えば、若いフェミニストたちが自らの手で問題のある不法なアカウントを警察やプラットフォームに大量に報告しています(World Wide Web Foundation)。
経営者がアクションを起こすならCEOアクティビズム、社員がアクションを起こすなら社員アクティビズムと言われる事例であり、社会的なインパクトの大きいアクションです。(過去のnoteをご参照ください)
Social Connection for Human Rights /鈴木 真代
■参考記事:
●GSMA, "The digital divide at the intersection of gender and disability"(2020年7月16日リリース)
Social Connection for Human Rights(SCHR)
〜Bridge All for Responsible Business〜
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