サインボール


 小学校のときに所属していていたサッカークラブにはマモルという同級生がいた。
 マモルの両親は数年前に離婚していてお母さんと2人で町の野球場の裏にある古いアパートに暮らしていた。
 お金がかからないスポーツといわれるサッカーだったがシューズは自分で用意しなければならない。
 マモルはサイズがあわなくなった小さいシューズをいつも大事に履いていた。
マ「ブラジル代表のストライカーも一回り小さいシューズを履いているんだぜ。そのほうが強いシュートが撃てるからな」
 その言葉通り、マモルのシュートはその町のどのクラブの選手と比べてもダントツで強かった。
 僕とマモルはクラブの練習が終わってからも2人で居残り練習をする仲だった。
 おかげで息はぴったり。試合ではぼくのクロスボールからマモルが何度も得点していた。
 居残り練習ではクラブのボールは使えないので、僕とマモルが自前のボールを持ち込んでいた。
 だが、マモルのボールはすり切れてボロボロ。表面に印刷されているマークも読みとれないくらい。マモルはそこになにやらクネクネとした線を書き込んでいた。
 僕がたずねるとマモルは「俺のサイン」と自慢げに胸を張った。
 言われてみるとカタカナでマモルと読めなくもない。
 僕が笑うと、マモルは本気で怒った。
マ「今にこのサインに価値がつくんだぞ」

 小学校の卒業を控えた最後の練習日。いつものように居残り練習をして帰り支度をしているとマモルがボールを差し出した。
マ「このボールはおまえにやる」
そしてマモルは駆け去っていった。
 ぼくがマモルと会ったのはそれが最後だった。
 マモルは小学校卒業のタイミングで町を出ていったと、進学した中学校の同級生がうわさしていた。

 ぼくは高校まででサッカーの夢をあきらめた。学年があがるにつれ能力の限界を感じていたし、そろそろちゃんと勉強して着実なサラリーマンになろうと目標を切り替えた。
 世の中は翌年のオリンピックを目指すアジア予戦が盛り上がっていた。
 テレビ中継のハーフタイム。その試合のスコアを当てると日本チームのエースストライカーのサイン入り試合球がもらえるらしかった。
 大写しになったサインにぼくの目は釘付けになった。間違いなくあのクネクネしたマモルのサインだった。
 名字が変わっていたし顔が精悍になって面影がなかったから全く気づかなかったのだ。
 ぼくは、高校時代に一度だけもらった最優秀選手のトロフィーのとなりに飾っていたボールをかかえてテレビの前に座り直した。
僕「本当に価値が出たよ。やったなマモル!」