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【自己紹介1】ここ5年くらいの出来事:自分軸の行動の背中押しをするのは?
結婚して20年。
専業主婦が長くなるにつれ、自分で自由になるお金が欲しいとずっと思っていた。
いつも心のどかで、夫の収入だけで暮らすこと、特に自分の欲しいものを手に入れる時に、夫に「これが欲しいんだけど・・・」と、聞くことに、抵抗があった。
夫に言いにくいもの、
例えば、何かセミナーを受けるとか、美容に関わることとか、続けて数万円のモノを買いたい時は、こっそり自分の蓄えから支払っていた。
長年、「そんなのいらないんじゃない?」とか「は?」と言われたり、想定外の怒りのトリガーに触れ、無言の圧をかけられるという嫌な経験を積み重ねているうちに、いちいち声をかけるより、黙って自分のお金で解決した方が、ずっと気が楽だった。
幸い夫は私が仕事をしなくても食べていける収入があった。
子どもが小さいと、何かとまだまだ手がかかる。
夫の転勤で地方に住んでいたので、頼れる人は周りにいなかった。
夫は元々、全く家事をしない。
当時は、食後のお皿一枚も自分で下げなかった。
一度、それくらいして欲しいと言ったら、激怒したことがあったっけ・・・
義母に、「あぁ、お兄ちゃんはしないよ。」と当たり前のように言われ、やらない原因はここか・・・と、驚きと苛立ちを覚えた瞬間があったな。
やれないのは、夫だけのせいではないと知った。
こう考えると、子どもは、いい意味でも悪い意味でも、親の価値観次第でいかようにも人間形成されるということだよね。
夫の名誉のために言うが、単身赴任してからのある時から、自分でお皿を下げるようになった。自分しかいないと、やるんだね。
今では、必ず食器は下げるし、たまに配膳もやってくれる。
話は戻って、
子どもは愛おしい。
寂しい思いはさせたくない。
一方私は、それでも家の外に出たい。
外の世界ともう一度繋がりを持ちたい。
人と関わりたいし、自由になるお金が得られれば、気持ちにも余裕ができると思った。
しかし、私が仕事に出ても、家の仕事が減るわけではなく、むしろ疲れた体に鞭打って家事もやる状況になることは、目に見えていた。
そうなれば、心もささくれだっていくことは容易に想像できた。
自分のお金が欲しくて、小さなこどもを保育園に預けてパートに出ても、私の収入以上に出費がかさむ。
夫は、私が疲れていつもお惣菜を買ってくるとか、家の中が片付かなかったりと、家事が回らなくなるのが嫌だった。
自分はお皿も下げないのに・・・。
そこまでして、子どもを外に出さなくてもいい、子どもを最優先にしてほしいという思いが強い人だった。
私が働いた収入が、保育園代やお惣菜に消えるのは、バカらしいから家にいたら?と言っていた。
長らく忙しい職場から離れていたのと、疲れてイライラするのが目に見えていたので、どうしても一歩を踏み出せなかった。
自分の自信のなさともう一つ、一歩踏み出せなかった大きな理由。
実は夫が、超〜〜〜短気で、いわゆる家庭内のパワハラ夫だった。
なのでやらなくていいと言っているのに、私が仕事をすることでイライラしたり、家事が回らない、子どものことが疎かになる状況があると、必ず怒りに触れる。
それが、恐ろしくて、怖くてできなかった。
夫は職場では、めっちゃ優しくていつもニコニコして、怒ることなんてあるの?と言われる人。
結婚前は、気に入らないと、黙っちゃうところはあるなぁと思ってたけど、そんなカケラは見られず、優しくていい人だと思えたので、全く気づかなかった。
でも次第に、本性が・・・
腹が立つと無視をする、物を投げる、大声で怒鳴る、畳んだ洗濯物を入れた籠を蹴飛ばす、地震かと思うくらいものに当たる。
救われたのは、直接手を挙げなかったことかな。
なので、仕事をすることで私に余裕がなくなると、夫婦の関係が悪化することは容易に想像でき、子どもへの影響が怖かった。
でも、ジワジワとそのパワハラ度は上がっていき、毎晩布団で涙を流すことが続くようになった。
小学生の子どもに、背中をトントンされた。
マジで離婚を考え、ついに別居した。
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別居までの長い時間、いつもいつも夫の顔色を伺っていた。
怒らせないように振る舞ったり、返事をしたり、お願い事をしたり。
伝えたいことがある時は、怒らせないようにいつも先回りして、お膳立てしてそのタイミングを測っていた。
この状況をここ最近学んだ脳科学の知識で考えると、脳が過去の嫌な記憶と辛いネガティブな感情を引っ張り出し、自分を守ろうと全力で働いている状態だった。
それまで夫から受けたパワハラでの嫌な感情の積み重ねが、ネガティブな記憶として脳内に刻み込まれていた。
潜在意識の奥底に、「喜び」や「楽しい」感情を「怒」「哀」の感情で井戸の奥底に押し込めて蓋をし、抜け出せなくなっていた。
脳の9割は、ネガティブな方向に偏るようにできている。
これは進化の過程で獲得した、危険から身を守る本能的な反応。
いつもストレスと戦っていたので、いわゆる副腎疲労状態で心も体も疲弊していった。
あの頃は、本気で死にたいとさえ思っていた。
でも、この子を残しては死ねないと思った。
年老いた実家の親を悲しませることもできなかった。
いつも先を考えすぎて、行動できない自分をも自覚していたが、もう限界だった。
子どもにもこれ以上、最悪な親の姿を見せたくなかった。
そしてやっと決断した別居だった。
思いが強ければ強いほど、どんな状況でも、行動できることを体現した時だった。
自分軸の大きな行動を発動した時だった。
本気になれば、私はやるよ!ってことを、夫に突きつけることができた。
自分自身にも、まだまだやる時はやれると、思えた出来事だった。
夫は、いざとなったらこいつは動くと脳裏に焼きついたようだった。
まぁ、そこまでの行動を起こすには、結構大変なこともあったんですよ。
そこは、また今度。
今日も長い文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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