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【もしクレ】もしクレムリンのロシア大統領のところにロシア文学のキャラクターが現れたら(『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキーの場合)

執務室で一人、
機密書類に目を通していた大統領。

やおら内線を取り上げ、
「昼食は執務室へ持ってきてくれないかね?
ここで一人で食べたいのだ」
と命じた。

まもなく。

執務室のドアが開き、
おいしそうな匂いを放つ
ワゴンを押しながら、、、

20歳前後の、
ずいぶん古めかしい服装の青年と、
僧服姿の少年とが、
執務室に入ってきた。

「な、なんだお前らは!」
クレ○リンとはあまりに場違いな二人組の
年齢と格好に、大統領はおおいに戸惑った。

イワン「見たかい、アリョーシャ。
あれがこの国の大統領だよ。
そしてここからロシア全土に
命令を下しているんだ。
その手一つで、
たくさんの人を殺す戦争の開始を
命令できるわけさ。
それを見ても教会は
何も言わないのかい?」

大統領「き、きさま、
何を失礼なことを、、、!」

アリョーシャ「でも兄さん」
清廉そうな僧服姿の少年が
それを受けて言った。
アリョーシャ「かの御方も、
『カエサルのものはカエサルに』
と仰っています。
僕らには政治の話はなんとも、、、」

イワン「へえそうかい!
でも、そのロシア正教会がだよ、
この人の認可で酒やタバコを売っている。
教会が酒タバコをだよ?
お前の大好きなゾシマ長老が
生きておられたら、
何と言ったかな。
まあいいや!
今日は魚のスープだね。
そこへ座って、お前もお食べ。
お前だって、お茶だけで生きてるわけじゃ
ないんだろ?」

アリョーシャ「ええ、いただきます。
もうおなかがペコペコだ!」

二人の兄弟は、
執務室の片隅にあった椅子を
持ってくると、そこに座り、
パンをちぎり、スープを食べ始めた。

アリョーシャ「兄さん、あと、
さくらんぼのジャムをいただきますね」

イワン「ああ、さくらんぼのジャムは
お前の大好物だったな。
好きなだけ、やってくれ」

大統領「ちょっと待て、
それはオレの昼食、、、」

イワン「話の続きをしようか」
二人の兄弟は、大統領のほうには
目もくれず、話を続けた。
イワン「こう見えてもね、オレは、
神様を信じていないわけでも
ないんだよ。
いや、こういったらいいかなぁ。
神様がいようといまいと、
その神様が作ったこの世界を、
オレは結局、愛することができそうに
ないんだ。だって、
政治政治政治、
陰謀陰謀陰謀、
そして、
戦争戦争戦争。
もしこの世界を作ったのが
神様だとして、
その世界を愛することができないオレに
その神様が、いったい、
なんだっていうんだい?」

大統領「ちょっと待て!
こっちを見ろ!
それは、オレの、昼食だ!」

イワン「だいいちね、アリョーシャ、
お前がいる教会の教え、
『汝の隣人を愛せ』。
この戦争の時代に、
あんなのはまずもって
無理な格率じゃないかね?
たとえば、
この国の若者を戦地に送っている、
そこに座っている柔道部好きの老人も、
オレは愛さねばいけないというわけかね?」

大統領「きさま!失礼だぞ!」

アリョーシャ「でも、
2000年前のエルサレムで、
あの方はまさに、
十字架の上で、人類への、
世界への絶対の愛を
示してくれたのでは?」

大統領「あ!お前!
オレのジャムを、ぜんぶ、
紅茶に入れやがったな!
パンに塗るのが好きなのに!」

イワン「でもさ、それは、
やはり、あのイエスという人が、
特別な存在だからできたことじゃないかね?
イエス様が偉いとなればなるほど、
オレのような凡人は思うわけだ。
『ああ、至上の愛なんて、やはり、
特別な存在だけが示し得るものなんだ、
オレにはどだい無縁な話だ』ってね。
さあ、スープもどんどんやってくれ」

大統領「オレのスープだ!」

アリョーシャ「でも、そんな兄さんでも、
いつかこの世界に、愛による共同体が
実現したら、素晴らしいとは、
思うでしょう?」

イワン「そりゃ思うさ!
そんな未来がきたら、
その時代の人類は、
平和で、楽しくて、
感動で震えるような
暮らしをしているだろうね!
でもね、そこじゃないんだよ、
アリョーシャ。
もし、未来において
人類がそんな素晴らしい兄弟愛で
結びつき合う世界ができたとしても、
今日、戦争で殺されている人たちは、
そのときどうなるんだい?

とくに、子供たち、
そうさ、子供たちだよ!

政治家や軍人が殺し合いをしているは、
原罪にまみれた大人どもが
いつの時代になっても
ひどいことをしている、
と思えばいいかもしれん。

けど、その中で、
なぜ子供が死んでいるんだい?
愚かな戦争をしている
大人たちを助けてやらないならまだしも、
なぜ、まだ文字も読めない、
聖書も読めない、
こらから賢くなるのか愚かになるのか、
これから善人になるのか悪人になるのかも
わからない、
生まれてきたばかりの子供たちが
死んでいるのを放っておかねば
ならないんだい?

未来にどんな素晴らしい
共同体が生まれようが、
今日死んでいる、
あの無垢な子供たちのことは、
そのとき、どうなっちゃうんだね?
『人類はいろいろな愚行をしましたが、
昔よりずっと平和で良い世界になりました、
めでたしめでたし』で、
途中で死んだたくさんの子供たちは
忘れられて終わりなのかね?」

アリョーシャ「兄さん、
そんな難しいことは、
僕にもわからないよ。
でも僕だって、
今日、苦しんでいる子供たちに、
いま、何かできないか、
必死に考えているんだ」

イワン「なるほど。
いや、ここでお前と
話ができてよかったよ。
お互いにそれぞれの生き方の中で、
迷っていることがわかったんだから。
そしてアリョーシャ、
これだけ生き方が違っても、
お前はかわいい弟だよ。
いや、これだけ生き方が違うから、
なおさらかわいく見えてきたかな。
よし、お前はもう僧院へ帰りな。
俺も、俺はどう生きるのか、
ヨーロッパへでも行って、
もっともっと考えるよ」

大統領「ヨーロッパに行くな!
ロシアにとどまれー!」

アリョーシャ「イワン兄さん、
魚のスープをありがとう」

大統領「オレのスープだ!」

イワン「いいんだよ!
それにしても、魚のスープか。
そういや、イエス様が、
飢えた人々の前で
無限に増やして分けたっていうハナシ。
あのハナシで分け与えられたのも、
魚だったね。ああ、神様がたしかにいて、
オレの前で奇跡を、、、たとえば、
この食べ尽くした魚のスープを
また増やしてくれる奇跡を、
見せてくれたらなあ」

大統領「あー!ということは、
ぜんぶ平らげやがったなー!」

アリョーシャ「兄さん。でも、
こうやって話ができてよかったよ」

イワン「オレもだよ、アリョーシャ。
また会おうな」

大統領「二度とくるなー!!」

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子供の時の私を夜な夜な悩ませてくれた、、、しかし、今は大事な「自分の精神世界の仲間達」となった、夢日記の登場キャラクター達と一緒に、日々、文章の腕、イラストの腕を磨いていきます!ちょっと特異な気質を持ってるらしい私の人生経験が、誰かの人生の励みや参考になれば嬉しいです!