【紙の本で読むべき名作選#6】「シャトル外交激動の四年」で電子書籍を越えてゆけ!
電子書籍で読むよりも紙の本として書棚に入れておくべき古今の「名著」を紹介していくこのマガジンですが、今回は「なぜかそもそも電子書籍に(2019年現在)なっていない、私の20代の時のバイブル」をご紹介します。
紙の本で書棚を充実させておくメリットとは、かつて熱中した本の背表紙にふと目がいく瞬間が十年単位で訪れること!
今後の電子書籍がどういう形態になっていくかわかりませんが、自分の家に紙の本の本棚を作っておくことの大きなメリットがひとつ、確実に、あります。
昔愛読していてしばらく忘れていた本の背表紙に、ある日ふと気づき、10年ぶりくらいでパラパラとめくってみて、「ああそうだ、10年くらい前の自分はこの本を読んでこんなことを考えていたのだっけ」と感慨に耽る瞬間が訪れること、これです。EC書籍サイトのレコメンドツールなんぞよりも遥かに強力に、「ああ、ひさびさに読みたい本があった!」と思い出させてくれます。
私にも20代の頃に熱中して読んで、そのまま本棚にしまいこみ、その後の社会人生活の中でも数年に一度、ふと思い出して本棚から抜き取る、そんな本があります。それが『シャトル外交 激動の四年』です。
どうしてこの本が無視され続けているのか私にはどうしてもわからないw
ところが私が一時期、仕事の上でのバイブルのように読み込んでいたこの文庫が、なぜか再販もされず電子書籍にもなりません。ひょっとして、売れなかったんでしょうか?私はあんなに面白いと夢中になったはずなのに、世間の評価は低いのでしょうか、、、?
というわけで以下の通り、現在、AMAZONでも中古で手に入れるしか方途がない状況です。
ブッシュ(父)大統領の国務長官として働いたベーカーさんのとことん詳細な回想録
本書は、ジェームズ・ベーカーさんの回想録となっています。ベーカーさんは、ブッシュ大統領(お父さんのほう)の国務長官として、八十年代後半から九十年代前半を駆け抜けた人物。
この人の任期の間に、ソ連が崩壊し、湾岸戦争が起こり、天安門事件が起こり、EU(マーストリヒト条約)がスタートしています。
いわば20世紀から21世紀への架け橋となる時代を動かしていた人物の回想ですが、こんなに面白い本はないというくらいに、当時の裏話が続々と出てきます。
白眉は、なんといっても、湾岸戦争でしょう。
湾岸戦争直前の1991年1月9日、最後の「アメリカ-イラク直接交渉」で、ベーカーさんとイラクの外務大臣(アジズ外相)が直接対峙しますが、たとえばこの会議でも「握手をすべきか、握手を拒否するか」をめぐって直前までアメリカ側内部ではすり合わせが続きます。結局、ベーカーさんは「硬い表情で握手をする」という案を採用するのですが、それを受けての写真が上の引用画像。
この本に「外交とはいかに言葉を選ぶかに他ならない。相手を論破し、説得し、なだめ、時には脅す」という意味の言葉がありますが、まさにひとつひとつの表情や、言葉や、仕草にも、事前にすりあわされた「意味」があるのだという話。プロの交渉家の世界の話としてとても興味深いです。
アメリカが単純明快な帝国ではなかったひとつのドキュメント:現在はどうなっているかは知りませんが・・・
この本で特に感心してしまうのが、このベーカーさんという方のスタイルなのかは分かりませんが、出会った交渉相手に逐一、意外なほど、温かい視点を投げかけていること。ただの敏腕交渉家には収まらない人なのです。人間観察が実に細やかです。
たとえば先に挙げたイラクのアジズ外相にしても、
「ああ、この人も、サダム・フセインの命令で強硬な態度に出てきているだけで、本当は戦争を避けたいと願っているのだな。そのことが、目の奥の光を見ていたら感じられて、同情の気持ちが沸いてきた」
とか。
ソ連のゴルバチョフに対しても、
「この日のゴルバチョフは、どんな議題を持ち込んでも、ソ連の国内事情を巡るグチのような話題に戻してしまった。おそらく彼が国内で何か深刻な権力闘争に巻き込まれているのだな、とピンときた。私は今までどおりゴルバチョフには強硬な立場をとりつつも、どこかで追い詰めすぎず、逃げ道も与えておくようスタッフに指示した」
とか。
アメリカの政策というのは超大国であることを背景に、なんでも「ゴリゴリ」と相手を追い詰めるものかと思っていたのですが、意外なほどに「相手の細かい事情も察した上で、必要に応じて助け舟も出してやる」が基本方針であることを知り、驚かされます。もちろん、これはベーカーさんという人物の個人的なスタイルであったというだけかもしれず、現在のアメリカがどうなっているのかはわかりませんが。
味方だからといっても甘い顔ばかりはせず、
敵だからといっても追い詰めすぎない。
「現実」と「理想」、「強硬」と「柔軟」の、ちょうどいいバランスとは何かを常に考えながら日々、世界のトップと交渉を行う。20代の頃に本書に出会った私はそのスタンスに感化され、仕事をやる上でのバイブルのように、本書を読み込んだものでした。
とはいえ、本書はあくまでも、アメリカ側の当事者が書いた回想録。おそらく、誇張していることや、黙っていることもいっぱいあると思い、すべてを真実と受け止めすぎるのも危険です。ただ一見コワモテの「アメリカ国務省」というものへの見方がずいぶん変わるし、こういう「読書の対象としてもめちゃくちゃ面白い」回想録が現役の政治家のところから発信されてくるあたり、やはりアメリカはあなどれない、、、と思わされるのでした。
繰り返しになる通り、90年代の絶頂期のアメリカの話であって、現在どうなっているのかは、わかりませんが。
※本記事は以下、「紙の本で読んでほしい名作選」マガジンの一記事となります↓
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