読書日記「わたしの美しい庭」凪良ゆう
ーあらすじ
小学生の百音と統理はふたり暮らし。朝になると同じマンションに住む路有が遊びに来て、三人でご飯を食べる。百音と統理は血が繋がっておらず、その生活を“変わっている”という人もいるけれど、日々楽しく過ごしている。三人が住むマンションの屋上には小さな神社があり、断ち物の神さまが祀られている。悪癖、気鬱となる悪い縁を断ち切ってくれるといい、“いろんなもの”が心に絡んでしまった人がやってくるが___。
ー感想
最初の数十ページを読んで感じた。統理くんは素敵な言葉を選んで、伝えに来てくれてると。10歳の百音ちゃんに対し、無駄にはぐらかさず真っ直ぐに自分の考えを語りかけてくれていた。きっと統理くんは素敵な言葉をたくさん拾って使ってくれてる。統理くんの言葉は学生時代から素敵だ。だからこそ周りの人間が影響を受けて、何年経っても覚えている。誰かの言葉を覚えているということは何か自分がそのとき心動かされたという事だ。プラスの面でもマイナスの面でも。
「ロンダリング」で実際路有くんが覚えていた。統理くんの言葉を思い出す描写があり、路有くんの中で統理くんの言葉がたくさんピンで止まっていることがわかる。言葉の力は恐ろしい。本を読めば読むほど、歌を聞けば聴くほど、実感してしまう言語の形。言葉とはその人の最も分かり易い個性である。
「あの稲妻」にて桃子さんが色んな意見に挟まれて苦しくなっていた。特に印象的なのは桃子さんの母親のこと。身内の服装だとかに口を出すのは結局は自分のためだと思う。自分が家族として恥ずかしいとかそういう話。ファッションに関しては何を着たっていいと思う。ただ、親からすると子供はずっと子供なんだとも考えた。なんとなく口出しもしたくなるのかもしれない。結婚とか特に。やってやってる感を重ねるとただの迷惑でしかないのだ。ほとんどの善行はおせっかいでしかなく、それが返ってくるのはごく僅かであまり期待しない方がいい。人の人生なんて簡単には変えられない。わかっていても…という場合もある。
それを邪魔するのが感情なのだけど。
感想としては、スッと自分でも気づかないような心の隙間を包んでくれるような本だった。澄んだ感じ。温かいというか和む。心が平和ですただいま。
ー考えたこと
ぐるぐると考えていたのは「兄の恋人」で基くんの彼女が話していたことである。人は支え合っているなんてありきたりの言葉。じゃあありきたりなのになんでみんな支え合わないんだろう。支えてもらって終わり。支えている人間にだって辛い事の一つや二つはある。そんな時まで支える力はない。相手を考えるほどの余裕がないこともしょうがないと思う。支えている人間に支えてくれる人がいなければ、共倒れに終わる。そんな連鎖が続く前にお互いが支え合う事は大切だ。恋愛だと特に。1人では無理なのだから。1人で大丈夫の完全体は存在しない。
人は脆く弱い。それは人自身がもっと良く知るべきだ。
自分を愛せるようになれたらそれは一つの幸せとして大切にしよう。
何事も程々に。何にも手を抜きたくないからこそこれは大事だと思う。
無理をすると人は死ぬと自分が一番わかってしまったから。本当に死ななくても感情が死ぬ。これは経験談。
ーあとがき
今日本を読んで考えを残した僕は偉い。あとは布団に入るだけだ。
その前に懐かしの友人に連絡してみよう。緊張するけどこの本を読んでやってみようと思えた。ありがとう、凪良ゆうさん。
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