「なぜ、うちの子がこんなことを」──親の身勝手が透けて見える言葉
出口保行
『犯罪心理学者は見た危ない子育て』序章より
「なぜ、うちの子がこんなことを」
窃盗、傷害、薬物乱用、特殊詐欺……。少年鑑別所に勤務していた頃、罪を犯した少年の親がショックを受けたようにこう言っているのをよく耳にしました。
面会で「どうしてこんなことになったんだ?」とわが子に尋ね、職員に対しては「思い当たる節もありません」とだけ漏らす。
こうした言葉には、「私たちの知らないところで勝手に悪さなんかして……」という、親の身勝手な態度が透けて見えます。
確かに、非行そのものは親に隠れてやったことかもしれません。しかし、非行にたどりついたのは、背景にある「危ない子育て」が1つの要因です。親自身に自覚はなくとも、「危ない子育て」を続けてきてしまった結果だと考えることができます。
ほとんどの非行少年は、罪を犯す前に何らかのSOSを出しています。それに気づかないままひずみが大きくなって、あるきっかけによって問題が表出するというのはよくあることです。(「はじめに」より抜粋)
親の養育態度は4つに分けられる
本書では「危ない子育て」を4つのタイプに分けて、それぞれ紹介していきます。
ベースとなっているのは「サイモンズ式分類」です。
「サイモンズ式分類」とは、心理学の世界で長く使われている「親の養育態度のタイプ分け」です。
1939年にアメリカの心理学者サイモンズが、親の養育態度が子どもにどのような影響を与えるかを調査研究する中で分類したものです。子どもの性格や親子関係に関する調査研究はほかにもありますが、サイモンズ式がもっとも有名であり、すべての大もとになっていると言えます。
さて、サイモンズはまず、親の養育態度の方向性を「支配」「服従」「保護」「拒否」の4つに分類しました(図1)
支配
子どもに命令したり、強制したりする養育態度。
服従
親が子どもの顔色をうかがうように接し、子どもの言いなりになる養育態度。
保護
子どもを必要以上に保護しようとする養育態度。
拒否
子どもを無視したり、拒否したりする冷淡な養育態度。
支配と服従、保護と拒否がそれぞれ反対方向を指しています。「支配─服従」という縦軸と、「保護─拒否」という横軸で整理すると、4つの象限ができます(図2)。
「支配」×「保護」=過保護型
子どもを支配し保護する、過剰に積極的な養育態度。世話を焼きすぎて、子ども自身の成長の機会を奪ってしまう。子どもは依存的で、自主性がなく、打たれ弱くなる。
「支配」×「拒否」=高圧型
子どもを受け入れず、支配的に振る舞う養育態度。命令して、親の思う通りに行動させようとする。子どもは自主的に何かを達成しようという意欲に乏しく、自己肯定感が低くなる。
「服従」×「保護」=甘やかし型
子どもの顔色をうかがい、子どもの言いなりになる養育態度。必要な指導をせず、子どもに課題解決の機会を与えない。子どもは共感性が乏しく自己中心的に。
「服従」×「拒否」=無関心型
子どもに対して拒否的であり、主体的に子どもに関わらない養育態度。親自身の生活が中心であり、子どもへの関心が薄い。子どもは被害感や疎外感が強く、自己肯定感が低くなる。
この4象限のように、2種の方向性の養育態度が重なったケースがほとんどです。どの親も、この4象限のいずれかに属しています。
ですので本書では、「過保護型」「高圧型」「甘やかし型」「無関心型」の4象限を、いわゆる「子育ての4タイプ」として扱っていきます。
非行少年の心理分析でも使われる4タイプ
このシンプルな4タイプの分類を使って、自身の養育態度や子育ての方針を振り返ってみるというのが本書の提案です。
誰しも多かれ少なかれ子どもとの向き合い方に「偏り」があるものですが、偏ったまま突っ走ることがないよう、ときどき自己点検することが大切です。
その自己点検ツールとしてサイモンズ式分類を選んだのは、これがもっとも基本的なものだからです。私が非行少年の心理分析をする中でも、この分類はベースとして頭に入っていますから、仮説を立てるときに役立ちました。親子関係について大まかな仮説を立てたうえで、面接をするのです。
私が扱っている心理学は、仮説がなければ始まりません。
そもそも心理学は「科学」の一分野。科学的手法によって心と行動について分析をする学問です。やみくもに調査するのではなく、仮説を立て、それにもとづいて調査し、検証するのが基本です。そして、得られた結果をよりよい社会に向けて活かしていくものです。
バラエティ番組などでは、タレントさんの行動を観察するなどしたあとに「心理を当ててください」と言われることがあります。そして、「当たっている!」とよく驚かれるのですが、「当てる」というのとは違うのです。
心理学は占いや予言ではありません。これまで大量に心理分析してきた経験と、心理学の理論にもとづいて精度の高い「仮説」を立てることができるというだけです。
報道番組では、「この犯罪者の心理とはどういうものなのでしょうか?」と聞かれ、解説をしています。これもあくまで仮説です。実際に本人の心理分析をして語っているわけではないので、真実はわかりません。私なりに、もっとも可能性が高い仮説を示しているにすぎません。
仮説の立て方にもいろいろありますが、「子どもが抱えている問題と親の養育態度」に関して言えば、サイモンズの4類型が非常に役立ちます。
非行少年の親はどのタイプが多いのか?
少年鑑別所において多くの非行少年の心理分析を行う中で、非行の背景に親の養育態度の偏りを感じることは多くありました。
それでは、4タイプではどのタイプが多いのでしょうか?
一般的に思い浮かぶのは「無関心型」かもしれません。親が子どもに関心を持たず、子どもが何かしても「私は知らない。子どもが勝手にやったのだから、私のせいじゃない」という親は一定数います。そのような態度では、子どもが責任について学ぶことができませんね。じゅうぶんな愛情を受けることもなく放置されれば、そりゃあグレるでしょうと言いたくなります。
しかし、そればかりではありません。第1章から各タイプの事例を紹介しますが、それぞれのタイプに印象深いケースが多くありました。ですから答えは「どのタイプも多い」です。
養育態度がどちらの方向であっても、極端に偏れば問題が出るのです。
ところで、非行少年が自分の親の養育態度についてどう思うか調査したものがあります(図3)。これによると、約4割の非行少年は「親が厳しすぎる」について、そう思うことが「ある」と回答しています
「自分のことを親が気にしない」「親のいうことは気まぐれである」はともに3割程度の水準で推移しています。
いずれも各年の調査で大きく変化せずに一定の割合を保っているということは、普遍的に思われていることと理解できます。
まとめると、非行少年は、親が
・厳しい
・自分のことを気にしてくれない
・気まぐれ
という点において、不満を持っていると見ることができます。
さて、このうち、「気にしてくれない」というのはまさに無関心型の問題だとすぐにわかりますが、ほかの2つはどのタイプの問題でしょうか?
厳しくないのに厳しく感じられる理由
まず、「親が厳しすぎる」とはどういうことでしょうか?
4タイプで言えば、「過保護型」「高圧型」のように、支配に偏った養育態度にあたるでしょう。子どもを親のコントロール下に置こうとし、監視したり、そこから外れると叱ったりします。子どもは窮屈に感じ、逃げ出そうとする中で非行に走ることがあります。
もう1つ考えられるのは、指導の適時性の問題です。
適時性というのは少し難しい言い方ですが、要は「いつ叱るのか」という問題です。
どういうことか、説明します。
何でも失敗を回避させようとするのは子どもの成長のためにもよくありませんが、しなくていい失敗もあります。たとえば、ご近所さんの庭の木になっている果物を勝手にもいで帰ってくることを繰り返したので、「お宅のお子さんが……」と親が注意を受けた。そこで初めて気づいた親は「おまえ何やってんだ! そんなこともわからないのか! 謝ってこい!」と叱りつけます。
こうなる前に、一緒に近所を散歩しながら「果物がなっていて美味しそうだね」「でも、勝手に盗ってはいけないよ」などと会話していれば、こうはならなかったでしょう。
つまり、そもそも社会のルールを教えられていないのに、間違ったことをしでかしてから初めて叱られるために、子どもは厳しく感じるのです。
適時性の問題。それは事前に叱るか(というよりしつけるか)、事後に叱るかというように、親の叱るタイミングが間違っているということです。
事前にしつけることができていれば、あとから叱る必要もないのに、事前に言ってくれないから叱られる。つまり適時性がまずいと、叱られる回数が増えるのです。結果、「自分は怒られてばかりいる。親が厳しすぎる」と感じている非行少年が生まれます。こういうケースは、「過保護型」「高圧型」のみならず、普段は叱られない「甘やかし型」「無関心型」にこそ当てはまります。
つまり、「親が厳しい」という不満は、4タイプいずれにもありえるのです。
気まぐれな親とは信頼関係が築けない
「親のいうことは気まぐれ」というのも、どのタイプでも起こります。
普段は長時間ゲームをやっていても何も言わないのに、なぜか突然「いつまでやっているんだ!」と怒り出した。
みんなと仲良くしろと言っていたのに、「あの子とは付き合うな」と言い始めた。
ほしいものを買ってくれると言っていたのに、催促したら「やっぱりダメ」と言われた。
理由もわからず、言うことが変わると子どもは混乱します。当たり前ですよね。言うことがコロコロ変わる人のことを信頼はできません。
しかし、現代は情報があふれており、子育てに関しても「こうすればうまくいく」というような情報が次から次へと見つかるので、親自身も迷子になりやすいのだと思います。いったん決めた子育て方針にも自信が持てず、「本当にこれでいいのだろうか?」と不安になったりイライラしたりすることはあるでしょう。
何らかの仮説にもとづく子育て方針を持つことは大事です。行き当たりばったりで、気分で言うことを変えないためにも、方針が必要です。
そして、間違いに気づいたら修正をおそれないことが重要です。一度決めた方針を貫く必要はありません。仮説は間違うこともあります。間違っていたなと思ったら修正し、新たな仮説でやっていけばいいのです。絶対的な正解はないのですから、その繰り返ししかありません。
修正する際に大切なのは、子どもにもきちんと伝えることです。
「今まではあなたのことが心配で、何でも代わりにやってあげようとしていたけれど、もっとあなたを信じないといけないなと思った。これからはなるべく手を出さないで見守るようにするね」
理由まできちんと伝えれば、子どもは理解します。しかし、何も伝えずに突然、今までやってあげていたことをやらなくなったら、子どもは「見捨てられた」と感じます。繰り返されれば信頼関係は崩れてしまいます。
もっとも大切なのは親子の信頼関係です。
信頼関係さえあれば、多少の問題は一緒に乗り越えていけるものです。
偏らない親などいない、けれど
前提として知っておいていただきたいのは、どのタイプであれ、行きすぎれば危険だし、気まぐれに子どもに接していては信頼関係が築きにくいということです。
ここで再び、4タイプの図(図2)をご覧ください。実は、理想的な親は縦軸と横軸が交差する、真ん中に位置します。バランスのとれた保護者のもとでは、子どもの心情や感情は安定し、健全に成長していくことができます。目指したいのはここです。
とは言え、常に真ん中に位置している親なんて現実にはいないでしょう。ある時期は甘やかし、ある時期は強く当たる。上の子には高圧的になりがちだが、下の子は甘やかし気味というように、ひとりの人が時期によって場面によって、あるいは子どもによって養育態度が偏るのも普通です。
極端に偏らなければ、いいのです。多少の偏りが即問題になることはありません。
ただ、思い込みや偏りが出やすいのも子育てです。とくに都市化・核家族化が進んだ現代では家庭は閉じた空間。外部の人間が干渉すれば「余計なお世話」になりますし、そもそも家の中の問題を積極的に話したいと思う人も少ないでしょう。
だからこそ、ときどき自分で自分の子育てを振り返ることが大切です。よかれと思ってやっていることが、子どもを苦しめていないか? 問題を引き起こしていないか?
その際、サイモンズ式分類のようなシンプルなツールを使うと振り返りやすくなります。4タイプを1つの手がかりにして考えたり、夫婦で話したりすることができます。
たとえば、「私たちはいま甘やかし気味だと思う。もっと子どもの将来のことを考えて指導をするようにしよう」と、パートナーに勇気を出して言ってみる。
これまでは好きなだけゲームをやっていた子どもに対し、「今までゲームのルールを決めていなかったけど、夜中までやって翌朝起きられなかったりしていて、それはよくないと思う。最初にルールを決めればよかったのにそうしなくてごめんね。どういうルールにしたらいいか話し合おう」と正直に伝える。
伝えたうえで方針を修正します。それでうまくいけばいいし、問題が起きたら別の仮説を立てるなどして修正を加えていきます。
仮説をもとに修正点を話し合うコミュニケーション
仮説にもとづき教育プログラムを実施し、ときどき振り返って修正点を見つける。その際は本人にきちんと伝えて、修正する。これはまさに少年院の先生が非行少年の更生に向けてやっている方法であり、成果を上げています。少年院に限って言えば、日本の非行少年の再入院率は1~2割と非常に低いです。
とくに意識しているのは、信頼関係です。「この人は信頼できる」と思ってもらわなければ、いかにいいプログラムであってもうまくいきません。「大人はみんな敵だ」と思っているような非行少年もいますから、丁寧に向き合って「この人は味方なのだ」と理解してもらえるようにします。
信頼できる大人が、本当に自分のためを思って言ってくれていると感じることなら、子どもはぐんぐん吸収します。
罪を犯したことは重たく、簡単に許されることではありませんが、きちんと罪に向き合い、社会に復帰できるようになるのです。
思い込みを外すとラクになる
そろそろ序章が終わりますが、最後に。
子育ては偏る。なぜか?
それは、人間が「思い込み」の強い生き物だからです。
「思い込み」は、ときに行動の起爆剤となり、自信の源となり、いい効果を生むことがあります。しかし、一方では他人や自分を苦しめるものにもなります。
心理学用語の「確証バイアス」は、思い込みに近い意味の言葉です。私たちは真実をそのまま認知することはできず、見たいものを見て、聞きたいものを聞くものです。無意識に、思い込みを強化するような情報ばかりを集めてしまいます。
たとえば「中学受験をしたほうが子どものためにいい」と考えていた場合、中学受験の成功談や中学受験をおすすめする情報ばかりが目に入ります。ネガティブな情報は、「時代錯誤なこと言う人がいるよね」「うまくいかなかった人はこうやって文句を言うんだよね」というように切り捨ててしまい、まともに受け取りません。
もちろん、逆も然りです。「中学受験反対」と思っている人は、反対の理由ばかりが目に入るのです。
思い込みを強化しながら突っ走って、うまくいけばいいですが、苦しむことも多くあります。バイアスがかかった判断をしており、そもそも合理的とは言えないからです。
いま例に挙げた「確証バイアス」は、「認知バイアス」の一種です。近年また認知バイアスの研究が進み、注目されていますから、聞いたことがある人もいるでしょう。思い込みや思考の偏り、経験などから、合理的でない判断をしてしまう心理現象をまとめてこう言います。
バイアスが強くなるほど、間違った判断をしやすくなり、それが問題につながることが多くなります。
もしいま、子育てで(子育て以外でも)問題に感じていることがあったり、悩んでいることがあれば、不要な思い込みに囚われていないかを振り返ってみてください。思い込みを手放すだけでラクになることは多いものです。
また、いまは何も問題がなくても、自身のバイアスに気づくことができれば、この先余計な苦しみを抱えずに済むかもしれません。「もしかしたら、こういう思い込みがあるかもしれない」「偏っているかもしれない」という認識さえあれば、見え方が変わります。
先に、本書で紹介することになる認知バイアスを、以下に挙げておきます。
確証バイアス
すでに持っている思い込みや偏った考え方に合致する情報を無意識的に集め、それ以外を無視する傾向のこと
正常性バイアス
異常な事態に遭遇したとき、「たいしたことじゃない」と心を落ち着かせる働き
透明性の錯覚
実際以上に自分の思考や感情が相手に伝わっているという思い込み
行為者-観察者バイアス
他人の行動はその人の内的な特性に要因があり、自分の行動は環境など外的な状況に要因があると考える傾向のこと
それでは、次からいよいよ各タイプについて見ていきましょう。
各タイプ冒頭には、極端な事例が登場します。
「さすがにうちの子と、非行少年家庭は、全然事情が違うし……」
そう思われた方、それも思い込みです。
「なぜ、うちの子がこんなことを」
そういえば、非行少年の親がよくこのように言うのも、「まさかうちの子育てが失敗しているわけがない」という思い込みだったわけです。
思い込みを排除して、本書の内容を吸収してもらえれば幸いです。
『犯罪心理学者は見た危ない子育て』目次