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「行動経済学」──世界の企業が注力する「儲け」のカラクリ

著者:相良 奈美香/提供:SBクリエイティブ

「もしも行動経済学を専攻していなかったら、グーグルになんか絶対就職できなかった……」

 こう語るのはペンシルベニア大学大学院で行動経済学を専攻した私の友人です。世界中の企業で今まさに起きているのは、「行動経済学専攻の学生の争奪戦」。いま行動経済学の博士課程を持つ人を採用するなら、初年度の年収は最低1,500万円。教授をコンサルタントとして雇うなら、「時給30万円」なんてこともあります。

 行動経済学はここ数年、ビジネス界での注目が高まるとともに、ビジネススクールがカリキュラムに積極的に取り入れるようになり、さらには世界の大学で「行動経済学部」を創設する動きまでもが活発になってきました。

 なぜ「行動経済学」がこれほどまで注目を浴びているのでしょうか? それは「経済(活動)」とは「人間の行動」の積み重ねであり、だからこそ「人間の行動」を理解することこそがキモになるからです。

 さて、「経済活動における『人間の行動』を科学する学問」としては、「経済学」という学問がありました。なのになぜ、わざわざ「行動経済学」が生まれたのでしょうか。

 伝統的な「経済学」では、「人間は常に合理的に行動する」ことを前提にしていました。しかし私たち人間は頻繁に「非合理な行動」をします。例えば、ダイエット中なのにヘルシーなAランチではなくコッテリしたBランチを頼んだり、将来のために貯金中なのにスーパーのレジ付近の商品を「ついで買い」して無駄遣いをしたりします。

 「経済学」は、人間を研究対象としているにもかかわらず、こういった「非合理」である人間の「心理面」が考慮されていなかったのです。そこで、経済学には足りなかった「心理学」を融合した「行動経済学」が誕生したというわけです。これにより、経済活動における「人間の行動」全般を解明することができるようになったのです。

ネットフリックスで、「第2話」が自動再生されるワケ

 行動経済学が広まった現代を生きる私たちの周りには、すでに行動経済学が組み込まれた商品やサービスが溢れています。特に効果的に使っているのはFAANG(Facebook、Amazon、Apple、Netflix、Google)でしょう。

 例えば、動画配信サービス・ネットフリックスが2億人を超えるユーザーを持ち、巨大IT企業に成長した大きな要因のひとつが、行動経済学を効果的に使ったレコメンド機能と言えます。

 動画配信サービスは「何か面白いことがないかな?」という、年齢も性別も国も好みも違う人たちに応えるために、何百万ものコンテンツを揃えなければなりません。また、何百万というコンテンツはマーケティング戦略には必須でしょう。

 しかし、あまりに数が多すぎると、ユーザーは選べない。では、どうするか?──そのために作られた戦略に、行動経済学が入っています。

 ネットフリックスのユーザーならよく知っている通り、アプリを立ち上げ、自分の名前をクリックすると、すぐにいろいろとおすすめの番組が現れます。ユーザーはこのレコメンド機能に従って視聴できますし、さらに関連する番組も並べてくれるので、自分で深く考えなくても次々と好みの作品を選ぶことができます。また、アプリを利用すればするほど、どんな作品を好むかのデータが集まり、より精度は高くなります。

 「人は情報も選択肢も多ければ多いほどいい」というのが合理的な個人を前提とする伝統的な経済学の答えですし、消費者自身も顕在意識としては「たくさんの選択肢があったほうがいい」と考えます。

 しかし、行動経済学は「情報や選択肢が多すぎると、人は最適な意思決定ができないばかりか意思決定自体ができなくなる」と解釈します。これを行動経済学では、「情報オーバーロード」「選択オーバーロード」といいます。

 そこでネットフリックスは、何百万ものコンテンツを用意した上で、ユーザーが実際に目にする情報や選択肢については適量に絞って最適化している──それが「選択アーキテクチャ」です。

 アマゾンやディズニーなどの配信サービスも同じで、プログラムの第1話が終わると自動的に第2話が始まりますが、思い出してみればDVDの時代は自分で再生し、その都度「見続けるかどうか」を決定していました。その結果、今のようにだらだらと見続けてしまうことは少なかったのです。

 しかし、今の配信サービスのように勝手に再生されたら、今の状態を続けたい「現状維持バイアス」という行動経済学の理論が働いて視聴を続け、やがて「1話が終わったら自動的に2話が始まってそのまま見るのが当たり前だよ」という状態になり、延々とアプリを使い続けます。TikTokはまさにこれです。

 人間は合理的かつ冷静に意思決定すると伝統的な経済学は考えますが、実は非合理ですし、こういった企業は、そのことを理解し、上手くビジネスに取り入れているのです。

自分のビジネスに生かすには「ナッジ理論」を組み合わせる

 では、こうした「情報オーバーロード」や「選択アーキテクチャ」を自分のビジネスで生かそうとしたらどうしたらよいのでしょうか。その場合は、「マーケティング」の段階と「店頭」での段階とで、選択肢の出し方を変えるべきです。

 例えばあなたがバーを経営していて、そのバーの売りが「クラフトビールの種類の豊富さ(100種類のビールがある)」だとしましょう。

 こういった場合、この売り自体は生かすべきです。販促など、集客をする段階では存分に「クラフトビールが100種類あります」と謳いましょう。人が集まりやすくなります。

 しかし、いざお客さんが来る店内で「クラフトビールが100種類あります」だけだと、選択オーバーロードに陥らせてしまいます。

 対策としては、ビールの種類や味、アルコール度によって種類分けし、見やすく整理するのもいいのですが、「ナッジ理論」も有効です。例えば、「本日のビール」「人気ビール」などのおすすめを作るという方法です。

 また、顧客の気分によって意思決定できるよう、「気分爽快になりたい方は、このビールをどうぞ」とおすすめするのも良いでしょう。「これがおすすめですよ」と「軽くつつく」こと(ナッジ理論)で、顧客は100種類のビールをいちいち吟味せずにデフォルト(おすすめのビール)を選択し、「いいものを選んだ」と満足します。

 このように、私たちが生きているのは選択オーバーロードの世界であり、どのような整理・提示であっても、そこには必ず企業側が仕掛けた選択アーキテクチャーが隠れています。

 多くの企業は人の非合理な意思決定と行動のメカニズムを知り、競争相手より優位に立とうとしているので、行動経済学を使っていることを企業秘密として公言しません。いわばお客さまには知られたくない「公然の秘密」というわけなのです。

 しかし、行動経済学を学ぶと「このサービスは行動経済学が裏にあるな」とすぐにわかるようになる──それどころか、ひとたび行動経済学を学ぶと、世界が違って見えてきます。

 あらゆる企業の戦略が張り巡らされた今、教養としての行動経済学を身につければ、二度とそれまでのような素朴なものの見方はできなくなるでしょう。

・消費者側としては、企業の戦略に乗せられないように賢くなれる
・企業側としては、顧客にサービスや商品をより多く楽しんでいただくための戦略家になれる

 これこそ、現代を生きている私たちが行動経済学を学ぶ理由なのです。

行動経済学の主要理論を初めて体系化

 さて、ここまで登場した「情報オーバーロード」「選択アーキテクチャ」「ナッジ理論」以外にも、行動経済学には「人間の行動」を理解するための理論が多数あります。しかし新しい学問であるがゆえに、それらの理論が体系化されていないという欠点がありました。分野やカテゴリー分けもされておらず、混沌として、理論同士にもつながりがなかったのです。ですから、行動経済学を学ぼうと思ったら、それぞれの理論をただただ断片的に丸暗記するしかなく、なかなか「本質」がつかめませんでした。

 そこで拙著『行動経済学が最強の学問である』では、下の図のように3つのカテゴリーを設け、行動経済学の主要理論を分類することで体系化しました。行動経済学に興味を持たれた方は、ぜひ一読いただけますと幸いです。

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著者・相良 奈美香
「行動経済学」博士。行動経済学コンサルタント。日本人として数少ない「行動経済学」博士課程取得者であり、行動経済学コンサルティング会社代表。行動経済学が一般に広まる前から、「行動経済学をいかにビジネスに取り入れるか」、コンサルティングを行ってきた。アメリカ・ヨーロッパで金融、保険、ヘルスケア、製薬、テクノロジー、マーケティングなど幅広い業界の企業に行動経済学を取り入れ、行動経済学の最前線で活躍。自身の研究はProceedings of the National Academy of Sciencesなどの権威ある査読付き学術誌のほか、ガーディアン紙、CBSマネーウォッチ、サイエンス・デイリーなどの多数のメディアで発表される。また、国際的な基調講演を頻繁に行い、その他にもイェール大学やスタンフォード大学、アメリカ大手のUberなどにも招かれ講演を行うなど、行動経済学を広める活動に従事している。