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【読書録】『いろいろ』上白石萌音

今日ご紹介するのは、俳優である上白石萌音さんのエッセイ集『いろいろ』(NHK出版、2021年)。彼女のプライベートなことを「いろいろ」と綴った、等身大のエッセイ。

上白石萌音さんは、数週間前まで放送されていたNHK朝の連ドラ『カムカムエヴリバディ』のヒロインのひとり、雉島安子を演じていた。好評だったので、ご存知の方も多いと思う。

本書は、ひとことで言うと、素敵なエッセイの詰まった、宝石箱のような作品だ。まずは、特に気に入った箇所を抜粋させていただく。

 脳みそで生きているんだなと思った。天に昇るのも底に落ちるのも、結局は心がけ次第なのかもしれない。ちょっとしたことで、下向きの矢印は上を向く。その逆も|然≪しか≫りなので要注意。
 自分の機嫌は自分で撮って、上手いこと生きていかないと。

「駆られる」p31

 スタッフのみなさんの前で「我らがヒロイン」と紹介された時、くすぐったくて思わず笑ってしまった。そうかヒロインなのか。わたし本当に安子になれるんだ。嬉しい気持ちがみぞおちのあたりからりあがってくる。(中略)
 大勢のスタッフさんに視線を注がれながら、わたしの方はこっそりスタッフさんたちの観察を始める。「この方はこんなふうに笑うんだ」。「この方の口癖はひょっとしてこれかしら」。これから何ヶ月も時間を共にする、これから少しずつ家族になっていく方々を、密かに見つめる。

「合わせる」p62-63

 お風呂にはいつも何かしらの本を持って入る。そう人に話すとよく、「しなしなになっちゃうじゃない」と言われるが、むしろそれがよくて持ち込んでいるところもある。書籍にしても台本にしても、一度手にしたものを誰かにあげたり売ったりすることほとんどないので、ふやければふやけるほど愛着が増すのだ。同じ理由で、本の汚れや傷もわたしにとっては愛情の印だ。
 作品に入っている時は主に台本を持ち込む。台本を読むときはほとんんど毎回頭から最後まで読み通すので、入浴時間は自ずと延び、それに合わせてページもふにゃふにゃになる。一冊分を撮り終える頃には、台本の厚みがもらった時の倍くらいに膨らむ。少し波打った表紙を撫でていると、たくさん向き合ってきた達成感がじんわり込み上げてくる。

「ふやける」p79

 作品に入る前に、その舞台となる土地やモデルになる場所を訪れるのが好きだ。もはや習慣になってきたので、それができない時はソワソワしてしまう。(中略)
 舞台の稽古中や公演中、幾度となくその旅のことを思い出した。土や水の感触、風の肌触り。実際にその土地を踏んで感じたことは、揺るがない記憶として心の支えになってくれる。
 この手の旅にはいつも一人で行く。でも独りではない。演じる役が行くべき道を案内してくれるのだ。この先どんな役がどんなところに連れて行ってくれるのだろう。一人旅の顔をした二人旅は、これからも続く。

「赴く」P90-92

 思い切って書いてしまうけれど、このお仕事をしていると「言葉」に殴り倒されることがしょっちゅうある。顔も名前も知らない、会ったこともない誰かの言葉に。
 けなし、あざけり、深読み、詮索。もちろんそれは一部に過ぎないし、自意識過剰な部分もあるだろう。でもそういう負のパワーを持った言葉は、他の優しい言葉たちのなかで痛烈に光る。暗闇でいきなりフラッシュを焚かれたような感覚になる。その不快感と、心臓に来る衝撃と、しばらく残像が消えないしつこさ。何度味わっても、毎回ちゃんと痛い。ちゃんと泣きたくなってちゃんと腹が立つ。「有名税」なんて単語には、なんの正当性も感じない。
 ‟有名人”に出会うたびに思うことがある。みんな、ふつうの人だ、ということ。圧倒的なオーラにくらくらしたり、無二の才能に脱帽したりしながらも、ああこの人もわたしと同じようにお腹がすいたり眠くなったり興奮したり退屈したりするのだな。と思う。そして、この人も理不尽に傷つくことがあるのかなと想像すると、悲しさと憤りがはらわたのあたりをゆらゆらする。

「参る」P130

以上は、ほんの一部。どのエッセイも、文章が素直でやわらかく、すっと心に入ってきた。読みやすく、サクッと読めるのだが、じんわりと温かな読後感がしばらく残る。時々、新鮮な言葉の使い方にハッとさせられる。本好きだということで、言葉を扱うセンスが良いのだろう。そして、まっすぐで表裏のない、素直で優しい性格なのだろうなあということが、容易に想像できる。

俳優という仕事と一生懸命向き合っている様子も、いくつかのエッセイから読み取れた。お風呂で台本をページがふにゃふにゃになるまで読み込む。演じるテーマの舞台となった地に、一人で赴く。仕事仲間を「家族」と表現する。真摯で誠実、そして頑張り屋さんなのだろう。心から応援したくなる。

妹さん(上白石萌歌さん)と暮らしている。洗濯などの家事をする場面がよく出てくる。休日にぐうたらする、ということも書いてある。ごくありきたりな日常生活を送っている、普通の女の子の側面もある。そして、ご家族とのエピソードにおいては、愛情深い家庭に育ったのだなということがよく分かる。

文章のみならず、彼女のこぼれるような笑顔を収めた写真も、たくさん掲載されている。短編小説『ほどける』や、故郷である鹿児島の小旅行レポートもついている。いずれも、ほっこりする。

本当に素敵な本だ。この本に出会えてよかった。萌音ファンはもちろんのこと、そうでない方にも、是非一度手に取っていただきたいと思う。

ご参考になれば幸いです!

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