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完全我流育児のきっかけとなった出来事:「おっぱい戦争」

5年前に長男を産んだ時のこと。

初めての子育てだったにもかかわらず、子どもが生まれた後のことについては全くと言っていいほど情報収集をしていなかった私。

生まれたらどうにかなるでしょ!という考えだけが頭を支配していたように思います。

今になってみても、この考え方は間違っていたとは思いません。というのも、無事に生まれさえすれば自分の子どもは目の前に「存在」する。少なくとも自分の目で見れるわけです。

でも、お腹の中は見ることができません。実際に自分の目で確かめないと不安になる私なので、初めての妊娠は、中で何が繰り広げられているのか全く見当もつかない中、とにかく無事に育って産まれてくれることだけを願って不安な日々を過ごしていました。

実際に産まれてきてくれて、初めて我が子と対面した時の素直な感想は、

「本当に人間が入ってたんだ……!」でした。

そのくらい、私にとってお腹の中というのは未知すぎて、宇宙のようだったんだと思います。無意識のうちに、中に宇宙人が入っているとでも思っていたのかも。

出産後の知識ゼロからのスタート

出産後のイメージが全くできていなかった中の育児スタートだったので、何から何まで驚きと発見の日々でした。

オムツが必要なことは知っていたけど、替え方がわからない。こんなフニャフニャで今にも壊れそうな生き物、どうやって抱っこしたら良いかわからない。おっぱいあげるにしてもどうやってあげたら良いのかわからない。

人間もかつては自然界を生きる動物だったはずで、子どものお世話は本能に組み込まれているはずだったのに、いつの間にか誰かから教わらないと何もわからない生き物になってしまったんだなあ、と誰目線なのかよくわからない産後のボーッとした頭で考えていたのを覚えています。

退院後は1か月ほど実家で過ごしていたので、その間に新生児と向き合う中で徐々に慣れていった初めての育児でした。

おっぱい戦争の勃発

私が最初に特に苦労したのは授乳でした。よく、「授乳タイムは赤ちゃんとママにとっての幸せなひと時です☆」みたいに聞いてたけど、もはや戦争が勃発するなんて聞いてない。

苦労する私を横目に、義母がこうしたらああしたら、そしてしまいには「授乳タイムが一番幸せなはずなのにね~」という定型文を使って火に油を注いできたとき、「じゃああんたがあげろやー!!」と今にも喉から発せられそうになった時のことは一生忘れられないだろうな…

念のために言っておくと義母とはめちゃくちゃ仲良しです。いわゆる産後のガルガル期ってやつですごく気に障ったんだと思います。

次男を産んでみて分かったのは、おそらく長男はおっぱいを飲むのがへたくそな子だったということ。次男の時には私ももう慣れていたというのもあるかもしれませんが、なんか最初からすごくスムーズで本人も吸うのが上手だったんです。

一方の長男は、私もへたくそ、本人もへたくそで、最初は本当になす術なしみたいな感じでした。まずタイミングが合わない。合ったとしても、母乳の勢いが良すぎて子がむせてギャン泣き。どうしたらよいかとアタフタしかできない私。

今になってみればいい思い出と目を細められるけど、慣れなかった当時はホルモンバランスのイライラも相まって、授乳タイムが来る度に戦地へ赴く兵士になった気分で戦闘態勢に入っていたのでした。

問題の新生児訪問

産後一か月を過ぎ、自宅へも戻り、ようやく少しだけ授乳やお世話にも慣れてきた頃、新生児訪問の助産師さんが家に来てくれました。

このことが、私のイライラを最高潮にしてくれた出来事であり、その後の私の我流育児のスタート地点となった出来事でもあったのです。

産後の体調や気分のこと、相談事、色々と話したと思うのですが、正直その内容はあまり覚えていません。覚えていることと言えば、体重が平均より増え方が大きいからしばらくミルクをやめておっぱいだけにしてみて、とアドバイスされたこと。

その日助産師さんが息子の体重を測ってくれたときの体重計もまた、すごく印象的でした。測りの先端にS字フックのようなものがついていて、その先に布でくるまれた赤子が吊るされることで測りのメモリが動き、体重がわかるという仕組みのようでした。

正直、昭和か?と思いました。

こんなので正確な体重がわかるのか?と疑ったのも正直なところです。でも、私の見立てでは元気そうに育っているし、細かいことは気にしない私なので、別に体重が正確かどうかについては特に気にしていませんでした。

問題は、そのあいまい(と勝手に私が思っているだけだけど)な体重をもとに、一日当たり何グラムずつ増えているかを細かく計算して、平均より増えすぎです、と言われたこと。

そして、「増えすぎ」の量が1日あたり10グラムオーバーだったということ。

そう、たったの10グラム。

たしかに3キロしかない体重なのだから大人とは比べてはだめだけど、10グラムって!!どんだけ管理されないといけないんだ。RIZAPか。

冷静に考えればもはや笑えてくるのですが、当時の私はまだ産後のテンパった状態の真っただ中。何が何だかわからないまま、「ああそうなのか、増えすぎだからミルクやめておっぱいだけにすれば良いのね」と鵜呑みにした私でした。

本当の戦いはこれからだった

その日から、ミルクをやめておっぱいだけをあげることにした私。
それまで、日中はおっぱいのあと必ずミルクを足していました。生後1か月を過ぎて少しずつ授乳間隔が3時間に安定してきて、生活リズムに慣れてきた頃でした。

その作り上げたリズムが、ミルクなしにしたことで一瞬にして崩壊。

まず、おっぱいだけでは飲み足りないと飲み終わったあとに泣く。
だましだまし抱っこなどして寝かせるも、1時間後に泣く。
また授乳。
そして泣く。
そしてその1時間後にまた泣く。

こんな状態が夜まで続き、夜間もいつもよりも回数が増え、翌朝も同じような感じでした。

赤子に付きっ切り、つら。

この一か月間、リズムを作り上げてきた私の努力を返してくれ…

もう限界!終戦!

そして開戦翌日の夜、終戦を迎えます(早)。
くよくよ悩んでいる時間と、苦労している辛い時間が何よりも嫌いな私。辞める決断も早いです。

助産師さんがしてくれたアドバイスは、あくまでも世の中の「平均」に近づくためにしてくれた「一般的な」もの。私が子供の成長に求めているのはそこではなく、この子なりのペースで健康に育ってくれること。そう考えると、自分のストレスが溜まるという代償を背負ってまでアドバイスに従う必要はないのではないか?

別にちょっと体重が多いことが何なのさ!
私は私のやり方で、ラクな道を行かせてもらう!!

と、以上が終戦宣言の内容になります。

大事なのは自分の頭で考えること

「自分の頭で考えて行動する」という今まで他では当たり前にできていたことを、育児に関してはすっかり抜け落ちていました。初めてのことだったので、最初からあたふたしていたために主体的になれていなかったのだなあと。

自分の頭で考え、何が良いかを見極めたうえで最適解を見つけだす。育児は最高の自分の頭で考えて行動する訓練であるとしみじみ思いました。

これが今の私の子育てを支える原点となっているので、「問題の新生児訪問」には今ではとても感謝しています。

主体性が何よりも求められるのが育児

よく「主体性を大事に」とか言いますが、それが何よりも求められるのが家事や育児など家庭内のことだと私は考えています。

いくら自分の子どもとはいえ、もちろん一人の人間で、自分とは違う存在です。でも、とくに生まれたばかりの赤ちゃんは一人では生きていけない状態。もはや母親と一心同体と言っても過言ではありません。

一心同体ということは、ほぼ自分ということになるので、自分のことに主体的になるのは当然のこと。自分が動かないことには何も始まらないのです。

私の場合は自分の色を出しすぎてもはや我流になりすぎている感はありますが、育児なんてみんな違って当然のこと。ならば、全員がそうするくらいがちょうど良いという気もします。

誰かと同じやり方だから、平均点を取れているから、一般的な赤ちゃんと比べても順調に育っているから…

世の中は「誰かと比べることで安心させる」という手法で溢れています。

育児のやり方だって、成長の度合いだって、全部個人差があっていいじゃないか。うちの子は人と違うけど、こんなに可愛く育っている。文句ある?

こんな考えが珍しがられなくなるくらい、みんなが自分の「我流育児」に没頭できますように。

sayu

お読みいただきありがとうございます!近い将来、sayuの育児エッセイを出版したいと考えています。サポートしていただけると大変励みになります!!今後ともよろしくお願い致します♡