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人間修行の日々をこえて、土台の強いNPOになるために #withCollable

障害のある人とともに、という切り口から5年。「障害」という切り口にとどまらず、さまざまな「多様な集団」と価値を生み出すことに取り組ませていただき5年が経ちました。

人生の中でいろんな意味で、濃密で喜怒哀楽の宝庫のような5年間でした。

5月1日に、Facebookでこう書きました。「わかりやすい」人間なので、ポジティブな感情で泣いたり笑ったりがはっきりでるし多いとは思っていたけれど、ネガティブな感情で、しかも自分の至らなさを背景に、泣いたり怒ったりしたことがこんなにあるとは思ってなかった。初めてばかりの日々の連続に、視点が狭まっていく自分に時がたって気づいたり、遠くを見ることを忘れていたことに気づいて落ち込んだり、大事なところをショートカットして誰かを傷つけたり・・・と、私にとっては人間修行の5年間だったと思っています。

NPO法人をつくることを決めたのは、大学院1年生の冬。もちろん、よく考えた「つもり」です。いろいろな人生経験をもたれた方にご相談させていただいて、人生のケースをたくさん教えてもらった中、結局決めたのは自分。それでも、その道への想像力はなく、「とりあえず行きゃあなんとかなる」という精神でこれまでの人生を歩んできた自分を少し責めたこともありました。笑 少しはもう少し考えて進んだらどうかね、と。

それでも進むしかなく、気づいたら5年間はあっという間でした。ただ、思った以上に地味な5年間になったなぁ、と思っています。

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創業したてのころ、個人的に1つ決めたことがありました。それは、「この活動は意味があると根拠をもって説明できるものをつくる」ことにこだわることでした。言い換えてみると個人のメッセージに頼りすぎないこと、過信しないことです。だからこそ、私の言葉、意見は尊重してもらっても、メンバーに何かと「これでいいと思う?」「それはなんで?」「質問もらえる?」「本当にそれやりたいと思う?」としつこく聞きます。私が反論してでも、意見をくれるひとと、今まで歩んできたと思う。じゃないと「この着眼点、問題意識に真剣に考えてる」と思えなかったから。私のイエスマンでつくる法人じゃない。

大学院進学をしてよかったなあと思ったのは、「なんとなくいいものなんてない」ということに愚直に取り組んだことでした。

「障害のある人とともに」を実現させるワークショップって、聞こえはいいんです。だけど、大学院は研究者のたまごのたまごとして学び研究する場所なので、「誰にメリットがあるのか」「誰にどんな学習が起こるのか」「なぜその学習が起こるのか」などなどを、先行事例や先行研究をもとに考える日々。過去さまざまな視点や切り口で研究してくださった方々の蓄積・歴史に感謝しながら、着眼点を決めて、私はワークショップの実践を行いその分析をして修論にまとめました。ワークショップやってからは分析分析‥の日々で、本当に進みが遅かった私は最後の最後まで多くの方にお世話になりっぱなしの修士課程生活でした。

実際に私はワークショップ研究で修論を書いていますが、ワークショップをしたあと、データなどを元に議論できる状態にすることは、当時の私にとって、決して簡単なことじゃありませんでした。それでもここでふんばらないと、私が追求したい「障害のある人と一緒に学ぶことの意味」を、妥当性をもって語る知力・体力を育てられないまま、人生が進んでしまう。つーか、「聞こえのいい話」を聞こえのいい話で終わらせたくなかった。兄弟がもれなく障害者の私としては、小さい頃からそんなの散々聞き飽きたし、その時代から大して社会は変わってないから。

インタビューやアンケートなどの調査研究が「自分がみたいものを見るために都合よく使うものではない」こともよくわかった。アンケートを何百枚とって、8割が「たのしかった」にチェック✓してくれたから、その実践が評価されるわけじゃない。そいうことが肌で感じられた2年間でした。おかげで、「何が難しいのか」「それでも何がよいことなのか」を少しでも妥当性を持って語れる力はついたのではなかろうか、と思っています。

だからこそ、「取り組んでいることに価値があるといえること」を目指し、活動を模索するところから、Collableははじまりました。

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とはいえ、NPO法人をはじめてから、どこの視点で語ると意義が伝わるのかもわからなかったのが正直な気持ちでした。研究という切り口で意義を伝える力がようやくうっすらつき始めた中、「社会課題を解決したり、より良いものに変える」という、成果を求めていく方向性に変わった人生。もともとのテーマ的に、説明がし難く、何より2013年なんてインクルーシブということばの認知度はびっくりするほど低い‥どころか、多様性・ダイバーシティの問題もまだまだ多く語られていなかった時代です。

そしてどんな切り口だと兄弟当事者としての「越境人」としての経験と、大学院での経験を活かせるか——「創業当時は答えがなかった」というのがお恥ずかしながら正直な気持ちです。

焦る気持ちがなかったかといえば嘘だし、気丈に振る舞ってその焦りを隠して‥なかったわけじゃない。それでも、わかりやすい事業を立てて、それが1つのソリューションとして定義づけられること自体が、取り組みたいテーマ的になんだか違うと思っていました。そして「なんとなくいい」という状態で、創業当時の勢いで注目されていくことは、自分のアイデンティティを無視しながら、周りの期待にだけ応えようとして、思考停止してしまいそうだと思った。「これを自信持ってやる」という手応えのあるものを見つけないと、とずっと考えていました。

だからこそ、「障害のある子もない子もワークショップ」という切り口で活動をしてきた中でも、「それを表に自信をもって打ち出していいのか」はわからなかった。研究実践をしてきた身としては、決して「障害のある子もない子もワークショップをする」活動はきれいごとだけじゃないことを知っていたから。難しさの方が本当は多いんじゃないのかなとすら思う。

そんな中でわかりやすい解決策を事業にすることができなかった私(たち)は、なんとも説明が上手にできないまま数年が経っていました。「これを自信持ってやる」という手応えのあるものを見つけなければ、とずっと考えていました。

「ワークショップをやっている団体」という見られ方もして、間違いじゃない。だけど、ワークショップだけをやっているわけでもなければ、こだわりがあるわけはないんだよなぁ、と考えたり。

「障害のある人達への支援団体」という見られ方もされる。だけど、「ためにからともにへ」というスローガンをもとに活動している身としては「支援団体」でもない。「違う価値」を社会に提案したいのに伝わらない、と葛藤したり。

こどもだけの活動をしているわけじゃないのだけど、そこだけが注目されがちだった時もありました。

そうやって「あーでもない、こーでもない」と言っているうちに、周りの活躍が眩しくなる。Collableに関わるより、他の団体に関わったほうが、キラキラしていて、前に進んでいる実感があるよなぁ、と申し訳ない気持ちになった回数を数えたらキリがないかもしれません。

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様々な方たちのお力添えと、わたしたちの中でも紆余曲折あり、ようやく「インクルーシブデザイン」という手法と考え方・態度を活用して、「多様性に紐づく社会的に素敵な事例・ケースを生み出し、その価値を見つけて発信することが事業だ」と気づきました。5年の歩みは「多くの期待に答えられなかった5年だなぁ」とよく思っていましたが、焦らずコツコツやろうと何度も言い聞かせて、結果「意味がありすぎた5年間」だとも思っています。

NPOが「よく思ってもらう」ことは必要で、そこに対しては努力不足なのは自覚しています。だけど、私が考えて考えて考えて考えて考えて、納得行くところにならない限り、NPOとして創業した意味はないと思っていたから、とにかく土台を作ることにしました。だからこそ今、5周年という節目に「これから変わっていきます、見ていてください」って、お伝えしたいと思って、周年祭を開催したいと思った、という背景があります。

本当は「5年間おめでとう!」と言えばよいのだろうと思っています。でも多分違うんです。「ようやくスタートラインにたてたね」なんだと思っています。長かった。

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周りが「進学か、就職か」という2択の中で進路を決めていく中、「法人をつくる」ことを進路に決めたのは修士課程1年生の冬。あのときの決断から、多くの人が応援してくださったのに、その期待に答えられたなかった自分が、悔しくて悔しくて、本当に悔しかった。考えの甘さに向き合うことで自分に落胆するだけならまだいいけど、期待に答えられてないときって、本当に自分の周りから、期待値が下がる感触がするのが手に取るようにわかるんです。それが怖くて怖くて仕方なかった。何者でもないのに、より「何者でもない」ことを突きつけられる。それでいて「社会にいいことをやってますよね」という目で見られる。このギャップに私が私としてついていけてなかった日々もありました。

それでも、変わらずずーっと役員としていてくださっている理事・監事のみなさんと、ぶつかったりしても楽しくやってくれてる今のメンバーと、過去活動を支えてくれたメンバーと、貴重な機会をくださるクライアントや会員、寄付で応援してくださる方々と、本当に感謝しかなくて、その気持ちを、6年目は全力で伝えていきたいと考えています。

だからこそ、諦めない、と。もうここまできたら意地だけど。多様性のことって考えたら激ムズ無理ゲーだけど、絶対おもしろいんやと。それを伝えていくぞ、実証してみせるぞ、と。

企業の生存率という見方で考えると、5年で15% なのだそうです。

そこだけ切り取ると「生き残った」という意味では、褒められるのかもしれませんが、何度も書くけど、まだ何もなしとげてない。「Collable」というチームが、信頼されて、次の時代のダイバーシティを語るに欠かせないチームになるように、6年目、楽しくがんばりながら、もっともっと、色んな人と手を取り合って、価値をつくっていきたいと思っています。よくばりな私が、どこまで「よくばりなところ」をあれもこれもやっていけるかはわからないけど、今は心強いチームで動いているので、多分大丈夫だし、ようやく「もっと仲間がほしい!」と自信をもって言えるようになりました。

ゴールデンウィークなんだけど、今日も事務所は準備にあけくれて、Collableがもつ価値を「一緒に出していきたい」ともがいてくれる仲間が、今日も時間をさいてまして。

そのことが社会を変えるわけじゃないことも、よーくわかってるんだけど、メンバーが素直に「これ絶対いいものだから、多くの人に届けたい」って準備していますので、

生まれ変わったわたしたちのこと、ぜひ見に来てください!

ということでして、6月2日に「Pop-up! Inclusive Design Museum!!!これからの多様性を考える、コラブル周年祭!」を開催します。これからの多様性を考えるための素材とその展示を用意しました。生きづらさを抱える人達も、多様なコミュニティをとりまく課題に難しさを感じている人も、ぜひぜひ楽しくダイバーシティのことを考えませんか?カジュアルに、ラフな気持ちで遊びに来てください!これからわたしたちとともに価値を生み出してみたいなと思ってくださる方には、全容をご理解いただけると思ってます!

▼周年祭の詳細はこちらから!


これまで関わってくださった、応援してくださった全てのみなさま、本当にありがとうございます。この場をお借りして、お礼をお伝えさせてください。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします!

さゆちゃむ

いただいたサポートは、多様な人たちとの関係性が当たり前にある社会の実現に向けて、Collableに寄付します!