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てっとり早く不幸になれる方法①他人との比較

不幸になれる方法を学び、
逆の行動を意識することで幸せになろうというコーナーです。

急に思い立って書きました。

ちなみに、
今回を含め、4回に分けて
不幸にれる方法をご紹介しようと思いますが、
私は全てやってしまっていました。

少しでも楽に生きていくための参考になれば嬉しいです。


てっとり早く不幸になれる方法その①

【他人と自分を比較する】


インスタグラムを開いてください。
そして、他人の幸せな物語をひたすら眺めます。

「力が強い」
「頭がいい」
「お金持ち」
「一流企業の社員である」
「容姿端麗」

どうです?

なぜあの人みたいに美しくないの?
なぜあの人みたいに稼げないの?

これら競争社会の中で「価値がある」とされているものを見て、
それらを手に入れることを中心に生きると、
高確率で不幸に感じられるのでは?

思うんだけど、
SNSの中でもインスタグラムは
「成功」は載るけれど「失敗」は投稿されないよね。

私たちは「失敗がつきもの」の世界に生きているのに
「成功」しかなくキラキラしたものしかない世界を見続けたら
そりゃ誰でも気が滅入る。

だから、ネットや本なんかでは、
『そういう競争社会から距離を置くために
SNSやインターネット、テレビなどを見ないようにしなさい。』
『持っていないものではなく、自分が持っているものに目を向けなさい』

ってよくいわれるんだけど、
現代社会に生きてたら
嫌でも見ず知らずの人の幸せな物語が舞い込んでくるよね。
完全に避けるのも無理、割り切って考えるのも難しい。

じゃあどうすれば?

私的には大掛かりな対策や、
無理やりマインドセットする必要はないと思う。

正直、私自身もSNSを見ていいなって嫉妬したり、
劣等感を抱くこともあった。

けど最近は、
他人と自分を比較して、しんどくなりそうになった時
思い出すようにしてることがある。


【不幸の回避策】

『周囲に見えているのは、
あくまでその人のほんの一面。』

キラキラしているように見える人も、
成功しているお金持ちも、絶世の美女も、
それはあくまでその人の一部であり、全部ではない。

自分がたまたま目にしてしまった
一部の要素で人を判断するということは、
目や身長が大きいだけで、その人が立派だと信じるのと同じようなこと。

裏では人に言えない恥ずかしいことがあるかもしれないし、
ものすごく不幸な現実が実はあるのかもしれないし、
無理をしてSNS映えを作っているだけかもしれない。

その見えている世界がその人の全てじゃないってこと。
わざわざインスタ上で不幸自慢する人はいないよね。

逆も然り。

どのようにして私が今の私になったのかを、
私の生育歴や人生経験についてほとんど知らない赤の他人が
写真や動画をちょっと見ただけで理解できるはずがないよね。

全人類には他人との比較をせずにはいられない本能が備わっているけれど、
SNSで人の一部を見ただけでその人の全てはわからないし、
その情報だけで「すごい人だ」とか「ダメなやつだ」とか
判断するだけ無駄だと思う。


『業績や地位は、その人が自分より価値のある人間だという根拠にはならない。』


それは確かにその人の得意な部分であり、
社会的価値があると判断される材料かもしれない。

社会的価値があるものって時代によって移り変わるものだし、
現時点で価値があっても、未来には価値があまりないものもたくさんある。

例えば「学歴」。
戦後、高校教育が拡大する前には高卒学歴の価値は高かった。
高校に進学する人自体が少なかったので、高卒学歴はレアだったから。

けれど、時代は進み、大学進学率が上がり、
高度経済成長期には大卒が就職活動をする上でのスタートラインとなり、
高卒学歴の価値は落ちていった。

今、もちろん大企業への就職だけど考えると
大卒が有利であることは間違い無いのかもしれない。
でも高卒でもお金を稼ぐという意味においては
高卒でも大卒でも中卒でも関係ない。
いい大学を卒業した高学歴エリートよりも
自分で事業をしている中卒の方が収入が高いなんてことはざらにあるしね。

「学歴」という一例をあげたけれど、
時代の変化により生き方も働き方も多様化した結果、
あらゆるものの価値は変化してきた。

だから今、社会的に価値があるものでも、
未来には価値はないかもしれないし、
逆に
今、社会的に価値がないとされるものでも、
未来には価値を持つかもしれない。

なかなか難しい話になってしまったけど、
現時点での社会的価値があるもの、ないものを基準にして
自分の価値を判断するのはもったいない。

自分の中には自分にしかわからない価値があるんだから。
誰かが決めた価値に自分が当てはまらないからって
自分は価値がないと決して思わなくていいんだよ。


『自分の中に、愛すべきお気に入りパートをつくる』

どうしても人が気になって自分に自信が持てないのなら、
自分の好きなことや興味のあること、
得意なことを伸ばして自分の中に愛すべき
お気に入りのパート(部分)を作るといいと思う。

なんでもいいんだけど、
とてつもなく好きなことや、
得意なことがある人は楽しそうに見えるし、魅力的。

私の場合は、ピアノや人と話すことが好き。
自分の中の愛すべきお気に入りパートで、
自慢できる数少ない部分。

自信は人につくってもらうことはできなくて、
自分でしかつくることができない。

誰になんと言われようと
自分のここは価値があるって思えるものがあれば、
周りも自然と気にならなくなるはず。


【まとめ】

・誰かが決めた社会的価値に基づいて、他人と自分を比較することは、
 てっとり早く不幸になれる方法の1つ。

・不幸の回避方法としては、他人のキラキラした幸せ物語も、

『周囲に見えているのは、
あくまでその人のほんの一面。』

であり、

『業績や地位は、
その人が自分より価値のある人間だという根拠にはならない。』

ということ。

その人の一部だけを見て他人を評価したり、
他人が自分の一部だけを見て評価してくるのも全く意味がなく、
無駄な行為。

自分の中に誰にも文句を言わせないくらい
お気に入りの部分を作ることができたら、
他人と比較することがなくなるはず。







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