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若者の見栄と『彼氏彼女の事情』

 1週間の期間限定で、TVアニメ『彼氏彼女の事情』がYouTubeで視聴可能である。来週Blu-ray BOXが発売されることを受けてのプロモーションの一環のようだ。

 このアニメが放送されていた時わたしは10代だったけれど、当時のわたしもこの主人公のように見栄のために努力をしていたように思う。だが当時のわたしは、それが自分のやりたいことだと信じて疑わなかった。

 だから「本当にやりたいこと」であった「辞書を作る人」への憧れは、目指すことも諦めることもしないまま手放した夢だった。幼い頃から打算的であったわたしは、英語とスペイン語を操るキャリアウーマンになってばりばり稼ぐつもり満々だった。「ああ、自分が本当にやりたいことは、あの時からずっと辞書を作ることだったんだ」と気付いたのは、ここ最近の話である。

 自分が見栄というものを捨てたのは二十歳の時で、それはなにか気付きがあったというわけではなく、これまで積み重ねてきたキャリアを手放さなくてはならない状況に陥ったからだった。だがそのキャリアというものもあちこちからほころびが出ていて、立っているのがやっとという状態だった。見栄という虚像の脆さが露呈していた。

 それが崩れ落ちて、「さてどうしよう」となったとき、音楽ライターという仕事が目に飛び込み、衝動的に「やりたい」と思った。見栄を捨てざるを得ない状況に陥ったことで、やっと自分の心が訴える「やりたいこと」に気付けたのだ。

 久し振りに『彼氏彼女の事情』の1話を観て、小中学生の頃の自分を見ているようで、とてもいたたまれない気持ちになった。でも若いうちは自己の確立ができていない(というよりは自分自身の本質に気づけていない)ぶん、他者からの評価が自分を形成する大きな要素となる。それは若者特有の愚かさであり、はかなさであり、繊細さでもあり、美しさでもあると思う。だからきっと、見栄に突き動かされることは、過ちではないのだ。

 まあなにが言いたいかというと、名作だから全話観返したいな~ということです。若い頃っていろんなことが気になってしまって、いろんなことに傷ついてしまって、生きるのが本当に大変だよね。よくここまで生きたなあと感心する。若者ならではの感情をここまでリアリティをもって、かつユーモラスに表現した制作者陣にも感服です。おすすめ。


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