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(劇評)トロフィーは贈れなくとも、声援を

劇団ドリームチョップ「プロゲキ!ドリームチョップLIVE」プロゲキ!10・22『トロフィー』の劇評です。
2023年10月22日(日)14:00 DOUBLE金沢

『プロゲキ!』の会場に「予約席」が増えてきた。この予約席は、観劇後のみ予約できる「GREEN TICKET」制度によって指定されたものだ。このチケットは1人分の料金で2枚購入できて、予約の段階で座席を指定できる。つまり今回の予約席は、前回公演『怪談』を観て「次も観たいし、誰かに一緒に観ようと声をかけてみよう」と思った観客の席である。2023年4月より隔月で開催されてきて、今回で4回目となった、短編演劇を複数作上演する『プロゲキ!』。その認知度が広がりを見せている。

広まっているのは観客の認知だけではない。出演者の多様さにもさらなる広がりが見られた。今回は、隣県、富山県から参加の俳優がいる。劇団チャーリーの石川雄士だ。また、これまで2度「Future Stage」として開場から開演までの観客入場時に舞台に立っていた、姫川あゆりが「1st stage」の演者として正式参加することとなった。回を重ねるごとに楽しめる点が増えていくのは、連続上演ならではの成果だろう。

今回の「Future Stage」には、中山孝介が立った。彼は主催の井口時次郎が演劇指導をしていた高校の出身であり、大学生となった現在も演劇活動を続けている。工学部でロボティクスを専攻している彼は、ロボティクスとはなんぞや、ということから話を始めた。ガンダムをロボットとしたところは、わかりやすさを重視したのだろうとスルーしたとしても(ガンダムはモビルスーツと呼ばれる)、ここはもうちょっと調べてほしかった、と思う点があった。ロボットと演劇を結び付けて彼の語りは終わるのだが、その二つのコラボレーションとしては、劇作家・平田オリザとロボット工学者・石黒浩による「ロボット演劇」が2008年に初演されている。ひと手間をかけて自分が表現しようとしていることについて調べることで、語りに深みを出すことができたのではないかと感じた。

今回のテーマは『トロフィー』である。勝利者が手にする戦利品をタイトルに据えただけあり、「怪談王」を決定した前回に続いて、今回も俳優による戦いが繰り広げられることとなった。「1st stage」の姫川あゆりと「2nd stage」の石川雄士、どちらが面白かったか、観客投票が行われたのだ。井口は、演劇に順位を付けるのもと思われる方もいるかもしれませんが、と前置きした上で、観客の皆様にも参加してほしいと、投票を呼び掛けた。観客参加も、『プロゲキ!』の大事な要素である。観るだけでも楽しい作品を井口達は表現してくれるが、そこに少し意識的に関わってみることで、観た作品はより印象に残るものとなる。また、何かに気を付けて鑑賞することで、漫然と観ていただけでは見逃していたであろう細部がわかったり、その意図を考えさせられたりすることも起きてくる。どのような見方がより良いということではないのだが、井口は鑑賞方法の一つとして「投票する作品を選ぶとしたら?」という視点があることを教えてくれたのだ。

姫川は『土くれマリオネットと肉の糸』と題した一人芝居を演じた。この作品のモチーフとなっているのは「スワンプマン」という、アメリカの哲学者ドナルド・デイヴィッドソンによって提唱された思考実験である。ある男が雷に打たれて死亡した。その時、沼に落ちた雷が化学反応を起こし、死んだ男と全く同じ人間が作られた。この存在をスワンプマン(沼男)と呼ぶ。果たしてスワンプマンは死んだ男と同一人物なのか?といったことを、黒いゴシックな服装に身を包んだ女性(姫川あゆり)が語る。続けて彼女は、自身がスワンプマンであることを打ち明ける。自分は死んだ人間と同じ見た目で、死ぬまでの記憶もある。周りの人間はその人物だとして自分を認識している。ならば自分はその人物で間違いがないのか?

スワンプマンは思考実験なので、これだという解答はない。死んだ人間と同じだとも、違うとも、さまざまに考えることができる。スワンプマンにならなくても、昨日の自分と今日の自分が同じ自分であるのか、疑問に思うことはないだろうか。細胞だって日々生まれ変わっているのだ。厳密に同じではないではないか。そんなアイデンティティ(自己同一性)の問題を姫川はさらりと提示し、それに悩む女性の姿を熱演し、自己同一性に囚われ過ぎることの危うさを伝えた。自分が何者なのか悩むことは誰にもあるだろう。特に、高校生である姫川と同じ年代の頃には。だが姫川はそこで悩むのみに留まらず、問題を作品にすることで昇華しようと試みた。俳優としてどんな感情も芝居の種にしていこうという、彼女の意欲を感じた。

続いて、石川雄士による『dedicated』である。入場時、レスリングウェアに鎖を持った姿で登場した石川は、学生プロレスラーであった経験を持つ。プロレス的要素も含み持っている『プロゲキ!』に参加するにふさわしい人選であるだろう。『dedicated』ではTシャツにジーンズと、カジュアルな服装で舞台に立った。演じている誰かなのか、それとも石川自身なのか、彼は何者かに語りかけている。話の内容は恋の話であったり、高校や大学時代の思い出話だったりと、秩序だてて語られているわけではなく、ぽつりぽつりと、思い出したところから連想して語られているように感じた。彼は何を語りたいのか。誰に語っているのか。やがて彼は、『アメイジング・グレイス』を歌いながら、舞台上手にある布のかけられた物体へと近づき、ゆっくりとその布を外していく。そこには、女性の上半身を模した白く光る照明器具があった。女性の声が流れる。彼女は風俗嬢であり、様々な客に接してきたことを話す。彼は風俗嬢に自分のことを語っていたのだ。

消化できない思いが溜まって、でもそれをぶちまけることもできず、悶々としてしまう時がある。聞いてくれる誰かなどいない。そんな状態の時に、風俗へと足を運ぶ人もいるだろう。風俗嬢は禁止行為でなければ、大抵のことは受け入れてくれるのではないか。ただ客の話を聞いてくれたりもするだろう。それで対価を得ているからだ。ここで、風俗嬢しか聞いてくれる人がいないなんてかわいそう、なんてふうには思われたくないなと、筆者は感じた。個人的な思いを話せるほどのつながりは、簡単にはつくれない。いや、簡単につくってみればいいのかもしれないが、そうはできない性質の人間だっている。そんな生きにくい人間が、それでもなんとか生きていこうともがいている。風俗嬢は仕事として自分に接してくれているだけだとわかりながらも、救いを求めずにはいられない。石川はそんな男の哀愁を演じてみせたのではないか。

二人の対決だが、11時と14時の両公演で、姫川あゆりが票を集め勝者となった。奇しくも姫川と石川の二人は、11月3日から開催される「百万石演劇大合戦」でも、参加の団体「Record'S」と「び~めんぷろじぇくと」で対戦することとなる。こちらも楽しみにしたい。

続いて「Semi Final」は、『プロゲキ!』二度目の出演となる演劇ユニット浪漫好による『聖杯』だ。なんでも望みを叶えてくれる聖杯を探して、教授(岡島大輝)と助手達(玉城知佳乃、平田渉一郎、柳原美聖)は探索を続けてきた。苦労の末、彼らは聖杯にたどり着く。そこで問題になるのが「誰の願いを叶えるのか?」である。助手達の願いは「声優のサイン入りBlu-rayボックスが欲しい」だったり「二次元の推しを実在化してほしい」だったりで、教授には理解不能である。そこでもう一人の助手(柳原美聖)が「大切な人を生き返らせたい」との望みを口にする。つらい時も、その人がいたから頑張ってこられた。だからその人にもう一度会いたい。そんな彼女の切なる願いに教授達は心を打たれ、彼女の願いが叶えられようとする。だが、実はその生き返らせたい人もまた、二次元の存在であったのだ。

ここで助手達が聖杯に願おうとしたことは、実に正しいと思われる。三次元上で実現可能なことは、努力や運があれば自力で叶えることができるかもしれない。しかし、二次元の存在をどうにかすることは、三次元の世界ではできない。よって、何か人知を超えた力にすがるしかないのだ。そのような強大な力を使おうという時に、生き返らせたい人が現実の存在ならよくて、非現実の存在だと駄目とされる理由は何だろう。その聖杯は「なんでも」叶えられると謳われているのに、願う側が二次元と三次元の境目を超えられない。そんな教授を一人置いて、助手達は想像力をほとばしらせている。彼らは現代の若者の、融通が利く雰囲気を醸し出していた。

そして「Main Event」、井口時次郎の『トロフィーの歴史について』だ。白いシャツにスラックス、アームカバーという事務員を思わせる服装の井口が、これから始まる一人芝居について説明する。芝居は劇作家・チェーホフの『タバコの害について』という戯曲を下敷きにしたものであると。その戯曲は、妻から、慈善活動のために講演を頼まれる、というより、命令されたような、恐妻家の男によるスピーチの形式を取っている。戯曲に沿って井口もスピーチを始めるのだが、彼はなかなか本題である「トロフィーの歴史」に入らない。自分がこの仕草をしたら大笑いしてくれなどと客を仕込みつつ、自分に講演を命令してきた妻の愚痴をここぞとばかりにしゃべり続ける。しかし、その妻が会場にいることに気付いた男は、口からでまかせのトロフィーの歴史を披露せざるを得なくなってしまう。幸い、前もって指示しておいた観客は律儀に彼の仕草に反応し、彼のスピーチは笑いと共感の嵐を巻き起こすことができた。

という、舞台と客席が混然一体となる状況を井口は作り出してみせた。会場にしっかり笑ってくれる観客が多かったことが幸運だったのではあるが、観客が乗ってくれなかったとしても、この脚本の妙と、井口の話術の合わせ技に感心させられる一人芝居となっていた。井口の語った、でたらめなトロフィーの歴史を筆者は「へーそうなんだ」と素直に受け取ってしまっていたほど、井口の芝居にまんまと乗せられた。

自分としては頑張っているが、自分以外の誰かに認めてもらわないと不安になる。あなたは素晴らしいとの賞賛が欲しい。一時の声援でもありがたいが、それはすぐ消えて忘れられてしまう。なので、形として残る、他人に誇れる物を手に入れたい。そんな心がトロフィーの価値を担保している。だが、形あるものは古びていき、いつか壊れてしまうだろう。その時にはまた別のトロフィーを求めるのか。自己肯定の条件を自分の外に求めないでいられれば、それが一番なのではないか。いや、自分の外に肯定を求めるからこそ、自己表現をしてみせようという意欲を持ち続けられるのかもしれない。自分自身を観せたその場で反応がある、演劇という表現形態を選んでいる役者という存在は、この意欲に満ちていると思う。観客からは、トロフィーのように権威ある物は贈れないが、演者の健闘に心からの声援を何度でも贈っていけたらいい。それができる長期的な関係も作っていけるのが『プロゲキ!』の仕組みだと感じた。

エンディングにて井口より、次回公演『vs X.』についての発表があった。次回も観客投票による演劇対決があり、それに臨むのは井口だ。対戦相手は現時点では不明である。一体、誰が登場するのかも楽しみの一つとして次回公演を待ちたい。日時は12月17日(日)11時と14時、会場はDOUBLE金沢である。また、『プロゲキ!』が2024年も4月に開催される予定であることも発表された。1回でも多く開催していくことで、この波はより大きく高くなり、遠くまで届くようになるだろう。さらなる展開を期待している。


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