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自分の感情の飼いならし方

皆さんこんばんは!
今日も思うままに書かせてもらいます!

今日は自分の感情の飼いならし方について。
幸せだたり、嬉しかったり、人間は感情があるから感動したり考えたりしますよね。
でも、必ずしもプラスの感情ばかりではないのもご承知かと。
今回は悔しい、怒り、悲しい、そういった負の感情との付き合い方について私なりの考察をしていこうと思います。

例えば仕事を一生懸命やっているのに評価されていなくて、悔しかったり。
堅実に働いて生きているのに幸せだと思える瞬間がなくて虚しく感じたり。
とても大好きな人がいて、世界一大好きな自信があるのに失恋してしまったり。
そういう時に私がよく使っている方法を記します。

まず、人間の構成は感情と思考の二種類が作用しています。
状況によって思考>感情であったり
思考<感情であったりします。
基本的には思考>感情で人間は動いているのですが、
強い刺激の出来事があった時、感情が100パーセントを占める瞬間があります。
そういう時って、後悔すること多いと思いませんか?
その時に使うのが、思考と感情の上にいることだと思っています。
どういうことか簡単にいうと、自分を構成しているもの(思考・感情のバランス)を客観視する第三の自分を持つことです。

私はよく自分の心に問いかけます。
今どうしたいか、どう感じているか。
逆に思考はお喋りなもので、聞かずとも答えを出していたりします。
その二つを統括している自分を持つこと。
その意識を持っていると、怒りを心が覚えた時、その怒っているエネルギーを思考に流すことで、現状の2倍3倍に成長することができます。
これは意識的にエネルギーを流さないといけないので、少しの慣れは必要かもしれません。

次にこれの注意点と良い点について。
*この時にまるで自分の中に二人いる、と考えてしまうことは危険です。
どちらもあなたご本人です。
二つの面がせめぎあって自分自身である認識。
*これはセルフプロデュースのようなものです。
相手にどんな自分を見せたらいい方に行くか考えながら立ち振る舞うと、物事がうまく行ったりします。
また、人生を共にできる人かどうかの判断基準にもなると思っています。
それはその人といるとき、心に100パーセント従った自分でいてもお互いストレスがない場合です。
もちろん気遣いは必要です、でもその気遣いすらもそうしたいと心が思える人であれば、自然と大切にできる人なのではないでしょうか。
*そしてこの方法は外部からのストレス対処法としては有効なのですが、自身の社会不安のような心の病に関しては、和らぎはしますが、完全ではありません。そういう場合の自分の保ち方はまた変わってきます。
また、これは嬉しい感情の時にも役に立ったりします
気分が高揚している時、心が前に来ると思います。
その時に心が強いなと、頭の片隅にあるだけで、どこか冷静である”思考”の存在があって、不測の事態にも対応できやすい側面もあります。

以上一気にお話しました。
私は18歳の時に心というものの明確な存在を実感して以来考えてたどり着いた答えです。
思考と感情を分析した仮説に過ぎませんが、私にとってはこの方法がプラスに働くことが多いというだけなので、個人差があるかもしれません。

ただ、私がこの文章を今回書くきっかけになったのは、
はあちゅうさんの投稿を読んだことです。
それは嫉妬であり、悔しさでした。
私は大したことは書いていませんが、私が人生を一生懸命生きてきた中でやっと見つけたものを記しているけれども、一銭にもなりません。
もちろん作家として生きていく覚悟をしているわけではないので、はあちゅうさんと比べレベルも意識も低いのだろうなとはわかっています。
それでも私は私の投稿が最大努力であり、敗北である。
そう心が悔しんだことにより生まれるエネルギーに支配されるのではなく、思考にエネルギーを流したのです。
それは私の至らないところはどこかの分析になり、どう変えていけばたくさん読んでもらえるかの分析の熱量が強いことになります
そうやって、たくさんの経験を重ねて、描き続けていれば、はあちゅうさんにはなれなくとも、私自身になれると、私は考えます。

と、今回は目に見えないお話をしました。
いかがだったでしょうか?
少しでも面白かったりしたら、私はそれだけで十分です。

ではまた!

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