【短編】朝型の吸血鬼

そいつが言うには、結婚しようと思ってた彼女が吸血鬼だったらしい。夜しか会えない女は辞めておけって言ったのに。
彼は、吸血鬼になってからというもの、ちっとも毎日が楽しくないらしい。それもそうだ、彼は超がつく朝型で、毎日サッカーの朝練をするために、夜遅くまで起きていられなかったのだから。

「太陽が恋しいよ。」
そう言って悲しそうにする。
「一度だけ希望を持ってカーテンを開けてみたんだ。そうしたらちょっとだけ温かさに包まれたあと、身体が透け始めた。」
確かに言われてみれば、彼の身体はちょこっとだけ透けていた。「すり抜けたりは出来ないの?」「出来ない。壁を通り抜けられたり出来たら楽しいのに。」
もう太陽に当たるのは辞めようと思ってるらしい。

「吸血鬼になったのに、夜起きてられないんだね」と聞くと、「多分俺が初めてだよ。みんな夜型だった。」って返ってきた。彼女に吸血鬼の集会に連れていかれたんだ。起きてられなくて寝ちゃった。そうつぶやいた。
そしてやっぱりちょっとだけ悲しそうだった。「夜になったら眠くなって寝ちゃうんだ…。」

彼に生活を聞いてみると、朝は毎日5時に起きて洗濯を干した後、のんびりご飯を作って食べて、お掃除をして、そして何もやることが無くなるらしい。「太陽にあたれない吸血鬼は、太陽が出る前に洗濯物を干さないといけないんだ。」確かに。不便なものだ。

「新しい趣味を探すのはどうだろう。」
なんだか陰鬱な空気になってきたので、楽しい話をしたかった。
「身体を動かしたい。」彼は言った。「もう俺、二度とサッカー出来ないのかな……。」実に12年もサッカーと共に生きてきた彼が、広い芝生を走り回れるのを見られないと思うと俺までなんだか辛い。

「今からサッカーコートに行かないか。」
時計は既に21時を過ぎていたが、今ならむしろ誰も居なくて好都合だ。お酒が入って若干眠そうな彼の手を引いて、ボールを持って、俺たちは出かけた。

さっきまで眠そうにしていた彼は、コートを目の前にした瞬間目を輝かせて走り出した。

「俺、走ってる!」

吸血鬼になった彼は、いつもより1.5倍くらい速く走りながらドリブルしたり、ゴールを決めたりしていた。
2時間くらい2人で遊び回ったあと、ふかふかの緑の絨毯の上に寝っ転がって、「最高だ!」と大笑いした。彼の顔には生気が戻って、額の汗は煌々と光るフラッドライトに照らされて眩しく光っていた。そして彼は、深く呼吸をした後ぐうと寝てしまった。

おい起きろ。俺、汗まみれのお前を連れて帰れないぞ!起きろ!おーい!

全然起きない。口角をきゅっとあげたまま気持ちよさそうにスヤスヤ寝ている。あーあ。

このまま朝が来て光が当たってはいけないので、日が昇っても影になりそうな場所に彼をズルズルと引きずっていき、俺も隣に腰掛けた。大丈夫だろう、きっと彼はいつも通り夜明け前に目を覚まして、外にいることに気づくはずだ。

彼の携帯に「俺は起きなかったら置いて帰っていいぞ。またサッカーしような。」と送ったあと、楽しそうな笑顔を見ながら俺も眠りについた。

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