【短編】ふと会いたくなって(独白)


ふと会いたくなって、疎遠になってしまった幼ななじみに連絡をとった。最後に会ったのが小学生のときで、今が社会人になったばかりだからもう10年以上ぶりだ。まるでマッチングアプリのはじめましてみたいに緊張しながら、「久しぶり」「最近どう?」なんて味気ない話をする。

しばらく話すと昔の感覚を思い出して、滑るように話が進みだす。選んだ道が違っていても、昔歩いた道は覚えているみたいに、少しづつ会話が馴染んでいく。

昔、彼女の一人称は「ぼくちゃん」だった。
私が覚えている彼女はいつも「ぼくちゃんね〜」から会話がはじまった。
今の彼女はぼくちゃん、なんて言わない。彼女が、自分がぼくちゃんだったことを覚えているのかすらも分からない。大人になって美人になった彼女の顔を眺めながら、かつて「ぼくちゃん」だった人を懐かしむ。「ぼくちゃん」じゃなくなった彼女に寂しさを感じながら「ぼくちゃん」だった彼女を思い出にしているのはきっと私だけだ、なんてエゴに浸っていた。過去の彼女は誰にもあげないぞ、とぼんやりと思った。

私は彼女のことが好きだった。私が1番の親友でありたくて、誰かと仲良くしている姿は苦しくて嫉妬していた。私の幼心は、彼女が許せなかった。
今、彼女は美しくなって、もうかつてのおぼこさはなく、私の知っている彼女は断片的にしか見えなくなった。新たな労力をかけて再び付き合いをはじめるほどの執着も無くなっていた。

時の移ろいに一抹の寂しさを感じながら、思い出の箱をそっと閉じた。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?