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二気筒と眠る 16

 喉を鳴らせて呑んでいる。
 まだ一昨日に産まれたばかりで、足元も頼りない。
 ばかりか哺乳瓶の乳首もちゃんと咥えてはいない。
 顎を支えて口に含ませる手業を女将から教わった。
 ミルクを欲しがる悲鳴のような声に、生への渇望を感じる。
 一昨日の朝にこの仔は産れたばかりで、まだ呑むことに慣れていない。ミルクが喉に通らないのを地団太踏んで、むずがっている。

 その民宿には桐乃婆の紹介で滞在していた。
 女将と娘さんで営んでいる民宿だが、娘さんが臨月で大変なんだという。それも晩秋の豊岡市出石は観光シーズンに入って、掻き入れどきでもある。
 民宿だけならば女将と中居さんたちでなんとかなる。
 問題は出石を見下ろす有子山の山麓にある、牛舎の世話だった。
 そこには但馬牛が十数頭肥育されている。主に雄の肉牛が中心だけど、そのうちに牝牛が二頭いて、どちらもお産を済ませただけだ。
 特に二頭の仔牛の世話に困っているという。

お顔にかかってもおかまいなし

 牛の餌やりとミルクは一日二回。
 早朝と夕方にここまでCBで通う。
 それで宿泊費と食費を無料にして貰っていた。
 これで師走までは居場所がある。クリスマスには鎌倉に戻ろうとは思っていた。
「堪忍なあ。牛の糞掃除とか辛い作業あはぁ~りで。せっかくだしけぇ地元の美味しいもんを食べていきっちゃ」
「いいえ、そんなに辛い作業ばかりじゃないですよ。仔牛たちの世話は可愛くて。それに私だっていつかはお母さん。覚悟してますよ」
 但馬弁というのは関西圏という割に、アクセントが耳に通りやすい。それに女将さんが出してくれるご飯はとにかく美味しかった。

 晩秋とはいえ内陸部の出石は、朝晩は冷える。
 チョークを引いてセルを回しても掛からない。
 間延びしたセルの音が近所迷惑かもしれない。
 キックを何度も繰り返し、ようやく始動した。
 出石という町も小京都と呼ばれて、それが長逗留の魅力でもある。辰鼓楼という時計台を中心に、江戸期のような街並みが広がり、遠回りでもその前を通りたくなる。
 辰鼓楼の周辺は出石そばの銘店が軒を連ねている。辛い労働のご褒美は、そのお店を丹念に食べ廻ることでお釣りがくる。
 
 朝の餌やりとミルクの時間が終わり、牛たちを柵に出しておく。その中で日向ぼっこをしながらの晩秋を彼らは過ごすのだ。
 ヘルメットを被り、CBに跨った。
 まだ幼い雄の仔牛が、興味津々に柵の向こう側にのそのそとやってきた。
 真っ黒の瞳が輝いている。
 ペダルを引き出して、中腰で体重をかけてキックペダルを踏み込んだ。一発で轟音を響かせて始動した。
 その光景を見て、怯えたようにその仔牛が跳ねて逃げた。
 仲間を蹴り飛ばされた気になったのかな。
 ごめんね、明日は仲良くしてね。
 

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