人魚の涙 24
海流に逆らわず流される。
神門さんと下打合せの通りだ。
2人で海底の段層面を注視している。水深はさほど深くはない。陽がゆらゆら刺している。時折り雲のなかに隠れるのか、薄暗くなる。
紅浜海岸から赤砂がここまで流れている。余程の急流が底にある。白砂と赤砂でまだらの帯状の奇妙な姿だ。
神門さんがハンドサインで合図をして、流れに反して左手に潜り始めた。何かに気づいたらしい。
砂面に添って這うように静止する。
指で砂を探っている。
ようやく追いついて見ると、そこに何かある。
碇石のように見える。船体の木材はとうに腐り果てて、ない。元船の残骸か、それ以前か。少なくとも数百年は経過しているだろう。
びっしりと牡蠣殻と藻が付着している。
ダイブコンピュータで彼はその位置の座標を確認している。
私も指を伸ばして砂の一部を払ってみた。そして息を呑んだ。
瑠璃の輝きが瞳を打った。
肩に手を置かれ、前方を神門さんが指した。
白砂に瑠璃の輝きがあちこちに顔を出している。
私は水を蹴り続けて、流されないように努めた。
これが龍の祠への導線なのかもしれない。その目印として船を自沈させたのかもしれない。
照度の低い深度に入る。
青い鳥を探す寓話のように、魅せられている。
曰くの瑠璃に導きに操られているかのようだ。
瑠璃は和名で、ラピスラズリという鉱石であり、仏教七宝の一角になる。珊瑚と同様に古代から珍重された歴史がある。
原産国としては主にアフガニスタンがあげられる。かつては広範囲で金と同等の価値で公益が広がっていた。
エジプトにおいては瑠璃を砕いて顔料として、ツタンカーメンのマスクの碧の縞を引いており、中世ヨーロッパでは宗教画に用いられた。
また日本においても、その顔料で飾られた瑠璃杯などが正倉院に残されている。
神門さんがハンドサインで、エアの残量を尋ねてきた。
まだ暫くは潜行していられるが、この海流下では不慮の事故も想定しなくてはならない。これが潮時かとライトを向けると、海底面に段差があるのを認めた。
お互いに緊張が走る。
その段差から奥に進めそうな予感がする。
神門さんが慎重に浮力を制御して、水平にライトを奥に向けた。
光軸を反射して、紺碧の奔流がその奥から溢れ出した。
龍の祠、という言葉が脳裏に浮かぶ。
もう少し奥へ、彼が身を翻した瞬間に、大魚が獲物を吸い込むように彼の肉体が呑み込まれていく。
まずい。
私はその段差に向かって、やや上向きに接近した。渦でもあるのだろうか。そう思った時、視界の端にぶわりと髪が流れているのに、気づいた。それは黒髪とも金髪とも違う、銅板の色味を帯びた長髪だった。
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