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餓 王 鋳金蟲篇 1-4

 曙の雲が七色にたなびいている。
 光彩が時の経過で移ろう時間だ。
 男は膝をついて嘆息していた。私もかなりの疲労を覚えていた。
「ようやく明けたか。小僧、あれは今晩もやってくるのか」
「わからないが、この三夜は続いていた」
「誰にかけられた呪だかわかっているか?」
「心当りがあり過ぎて、困る」
「だろうな。儂も問われれば、そう応えるだろう」
 陰湿で過重な呪の意味は、価値である。この若者の死にはそれだけの報いがあるのだろう。無聊ぶりょうを慰める一端にはなりそうだ。長すぎる生の退屈ほど割り切れぬものはない。
 辺りは、一面の焼け野原になっていた。まだぶすぶすと煙を上げている。灌木も少なく岩道に隔てられていたので、延焼は免れていた。
 革のサンダルで踏み締めると、まだ温かい。
 私の眼には全てが眩しい光を放つ野に映る。
 熱が篭もっており、この冷えた身体には有難い。
 男は無造作にその野の土を穿ほじくり返している。そして黄金色に輝くメダリオンとやらを見せてきた。それは禍々しい紋様の入った掌で収まる範囲のものだ。そう大柄の金貨ほどの大きさだ。
「名を聞こうか。儂はナラ・シム。遍歴のバラモンよ」
 聖職者バラモンのうち最下層は、野を放浪して自己の執着を捨てる遍歴の旅に出なければならぬ。荒れ野こそが独りを悦ぶ場であり、全ての雑念に無関心になり、渇望を忘れる場とされていた。
 男は何故か視線を外した。そして横顔のまま名乗った。
「ルウ・バ、厄病神と呼ばれるものさ」
 集まったメダリオンは34枚を数えた。
 中には白い触手のようなものが伸び出しているままのものがあった。死んでしまった亀のようにも見えた。表面と裏面が薄く開く構造で、その隙間から、太い触手やら髪の毛よりも細い触手やらがだらりと下がっている。
「ランカの技のようだな」
 かつて天空から神々が現れ、地上の民と混血してリシ人が生まれた。
 リシ人が建設したその都市はランカという。それは七大河インダス河の支流が糸玉のようにもつれ合う、その砂州のうえに築かれた都市であった。
 しかしひとはその廃墟を死の丘、モヘンジョ・ダロと呼ぶ。
 緑豊かであった土地は、今は砂嵐が押し寄せる熱砂漠となっている。神々の兵器、アネグアが使われた砂漠の中心は、シャリーラの呪を恐れて鳥さえも近づかない。
 その砂漠では、一日迷うと奇形の子が産まれ、三日迷うと髪の毛や爪、歯などが抜け落ちる。そして五日迷うと臓に血溜りができて、身体が黒蛭のように膨張し、命が半月と持たないと呼ばわる。
 そのランカがもたらした奇跡のような技術が、この大地に埋もれるように崩壊しつつある。その残滓のひとつが、このメダリオンと思われた。
「小僧、お主の出自はなんだ? これだけの呪といえば・・・」
「さあな。恨まれることにかけては名人さ」と嘯いた。
 まあ、いいさ。詮索はもう暫くあとにしよう。
「さあここを離れよう。煙たくてたまらん」
「何処へゆくんだ」
「ついて来る気か」
「おれが邪魔ではなかったら、同道させて欲しい」
「ほっ、しおらしいもんだ。あんな目に遭うくらいなら、もう邪魔だといえばいいのか」と私は苦笑した。
 勿論、この奇貨を放す筈などない。これは王族に繋がる血脈だと信ずる。
 王族に連なるものであれば、私のこの恩讐の旅にも終着点を見出せるやも知れぬ。

 天が近く、呼吸が苦しくなってきた。
 踵の踏みしめる氷雪が鋭さを増した。
 彼に出逢って、最初の数日は屍体どもの襲撃を受けた。
 三晩を闘い抜いて襲う数は減り、やがて全てを撃破したようだ。皮袋にあるメダリオンは64枚を数えた。
 あれから旅路をこの山道に移していったのだが、落伍していった屍体も多いとは思う。思えば両足を持たず這い回るだけの屍体に、この急峻な山道は無理だろう。
 予期せずに正鵠を得た道程かも知れぬ。 

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