離婚式 27
部屋番号はボクが選んだ。
あの世界的に蔓延したウィルスの影響で、タッチパネルのほとんどは非接触型になっている。
パネルに掌をかざすと認識して発色が蒼に変わる。 エレベータに乗っても、自動で部屋番号の階数に停止する。
殊にこうゆう施設であればあるほど、その気配りが効いている。部屋に入ってしまえば、際限もなく濃厚な接触をするのだけど、それは自己責任ということだ。
エレベータ内では組んだ腕に、途方もない力がこもっている。棒のように筋肉の張った左手の腋から、情欲に溺れつつある牡の臭いがする。猛禽類の鉤爪が、皮膚を喰い破らんばかりに、柔肌に噛みついているようだ。
自ら与えた右腕だ。最初は相手の方が拒みかけた緊張があった。
その心情は理解できる。
裏があると警戒をする。
女は容易く得られない。
かつてボクが男性だった頃、誘惑をしかける異性には疑心暗鬼を抱いたものだ。
目的の部屋番号の前に立った。
そのドアパネルに手のひらをかざす。掌の静脈流をセンサーが判断して、フロントで認識した人物と適合するかを判断する。
爪のネイルには時間をかけた。
関節が少しでも細くなるように指先さえストレッチを日課にしている。ここまで来るのに時間がかかった。肉体の改造を繰り返して、今でこそ女性として丁重に扱われる。
この離婚保険調査員という生業は、憎悪と嫌悪の眼がつきまとう。他人の悪意を掘り出す職業だ。ストーキングされるのは生活の一部として織り込み済み、腐乱死体として発見される未来さえ覚悟の上だ。
その遺体をDNA鑑定すれば確実にXY遺伝子が発見される。丹精をこめたこの見た目とデータを並べて、死者を嘲笑して鞭打つ未来が見えて怖気がする。
佐伯が荒い呼吸を抑えながら、ドアノブに手をかけた。
部屋の中央に円形のベッドがある。
逃がさないように背中を身体で押してくる。
ここまで来たら度胸って座っているものよ。
天井は鏡張りで、そこにはカメラが仕掛けられている。このテのホテルでは常識だし、ここは系列のひとつだ。
バスルームの前に立って、「じゃあ、シャワー浴びてくるね」というと、初めて安堵したのか、佐伯が腕を離した。
「いや、俺がさきに浴びてくる。きみはそのままでいい」
ほ、とため息をついて、そのベッドにハンドバッグをぽんと放った。
そうよね。
貴方は、女はちょっと臭うくらいが好みなのよね。
わかっているわ、その性癖。
寧々が寝物語で暴露済みよ。
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