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離婚式 23

 馴染みのホテルのベッドにいた。
 微睡 まどろみながら、枕元に散らばった記憶を揃えていく。

 昨夜のことだった。
 彼に誘われたワインバーの秘密の奥部屋で、ちょっと攻めてみた。
 もう落ちる寸前だったわ。ウブなお子様のように。意外だな、打たれ弱いだけかもしれないけど、興醒めしてしまっちゃった。
 さあ押し倒してよ、というところで邪魔が入った。
 タブレット内でしか見知ったことのない女。
 元旦那が嫁を放置して、通い続けていた女。
 離婚保険調査員が炙り出してくれた不倫女。
 彼女がその奥部屋に駆け込んできた。
 貴女はまだアレとつがっているの?
 まだアレ、をしゃぶっているの?
 勝ち誇った気分になってさらに濡れてしまった。
 そして彼女は何だろな、スタンガンらしいのを神崎の脇腹に押し付けた。射精く時のように男がびくんびくんと痙攣をした。それを見下ろして、ふんと鼻を鳴らせた瞬間に、照明が落ちた。 
 警報が鳴っている。
 踵を鳴らしながら去っていく。
 わかるわぁ。
 失神した男という大荷物で、困惑するような女を期待しているんでしょう。
 それほどウブではないわ。

 バーのマスターに神崎を運ばせた。
 避難誘導さえ渋い声で行っていた。
 失禁をした彼にタオルをかけて、深々と一礼して救急隊員の方に向かってさっていく。その後ろ姿さえ執事の風格があった。
 大通りでエレックカーを拾った。
 無人なので酩酊したような彼に肩を貸して、わたしが誘った。
「ホテルで休みましょう。濡れた下着も変えないとね」
 ああ、と返事はあったが意味をわかってはいない。
 馴染みのホテルで、見慣れない新人のフロントマンが怪訝な顔をしたが、「呑ませすぎちゃって」と舌を出したらそれが微笑みになり、運んでくれた。
 前職で残業のときにはよく使ったホテル。
 ここは南欧を意識した意匠が、内装に散りばめられている。
 藍色の幾何学模様のタイルや壁紙は、回教徒の宮殿のようだし、洗面台の蛇口も青銅色の凝ったものだった。
 遠く、シャワーを使う音がする。
 隣に眼をやると邪険にシーツが押し除けられている。
 その皺の寄せ方に、慌てた彼の様子が残っているわ。
 この寝顔を見たかしらね。
 きっと見たわね。
 夜半にシャワーを使い、薄手にメイク直しを済ませている。
 ふふ。
 天井からぶら下がる雫形のペンダント照明を見上げている。
 服は意識的に着ていない。
 裸の胸を見て驚いたはず。
 下着も全部、床にこれみよがしに置いている。
 あれを見て。
 ふふ。
 焦らない男なんて、知らない。

 


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