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ソニー・ロリンズ『フリーダム・スイート』

アルバム『フリーダム・スイート』はピアノレストリオ演奏の追求の第三弾と位置づけられ、音楽のアイディアがあふれています。

ソニー・ロリンズ(テナー)、オスカー・ペティフォード(ベース)、マックス・ローチ(ドラム)のメンバーで1958年2月に録音されます。ジャズレーベルはリバーサイド、プロデューサーはオリン・キープニュースです。1曲を除いて演奏形態はピアノレストリオです。

収録曲はレコード基準でA面は①フリーダム・スイート、B面は①サムデイ・アイル・ファインド・ユー、②ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン?、③ティル・ゼア・ウォズ・ユー、④シャドウ・ワルツです。まずは「ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン?」です。

ちなみにマイルスのワンホーン演奏はこちら。ベースはオスカ・ペティフォードです。

そもそものマット・デニス

スタンダードナンバーとソニー・ロリンズのオリジナルナンバーを収めています。A面の「フリーダム・スイート」がロリンズのオリジナルです。

🔴ピアノレストリオの歩み 記念碑的

ソニー・ロリンズは1957年3月にマックス・ローチのバンドで西海岸に演奏旅行に赴き、その間にレイ・ブラウン(ベース)とシェリー・マン(ドラム)とセッションします。アルバムは『ウェイ・アウト・ウエスト』(コンテンポラリー)としてリリースします。
レーベルはコンテンポラリープロデューサーはレスター・ケーニッヒ、レコーディングエンジニアはロイ・デュナンです。本アルバムはピアノレストリオでのスタジオ録音でロリンズの新しい試み、記念碑的なアルバムとして位置します。

🔴ピアノレストリオの歩み ライブ的

同年11月にニューヨークのジャズクラブ、ヴィレッジ・ヴァンガードでピアノレストリオの演奏でライブレコーディングを行います。アルバムは『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』(ブルーノート)です。
ライブは昼と夜でメンバーを交代しています。昼の部はドナルド・ベイリー(ベース)、ピート・ラロカ(ドラム)のグループ、夜の部はウィルバー・ウェア(ベース)、エルヴィン・ジョーンズ(ドラム)です。
レーベルはブルーノートプロデューサーはアルフレッド・ライオン、レコーディングエンジニアはルディ・ヴァン・ゲルダーです。こちらはソニー・ロリンズの初ライブ録音で傑作の1枚であり、モダンジャズの超名盤として愛聴されるアルバムです。

🔴ピアノレストリオ追求とアイディア

1957年にはじまったピアノレストリオの追求は、コンテンポラリーのレスター・ケーニッヒ、ブルーノートのアルフレッド・ライオンと同時代のジャズレーベルの名プロデューサーのもと吹き込まれます。
翌年、ソニー・ロリンズが次に話を持ち込んだのはリバーサイドです。プロデューサーはオリン・キープニュースです。
ピアノレストリオの試みは当時の敏腕プロデューサーの耳を通っていますが、やはりと言うべきか、プレスティッジのプロデューサーのボブ・ワインストックとの組合せが無いです。ジャズレーベル、プロデューサー、レコーディングエンジニア、スタジオと違いがあり、セッションメンバーも曲も異なります。ピアノレストリオと一括りの中にもアイディアや聴こえる音楽は同じではないです

🔴『フリーダム・スイート』の制作現場

ジャズ評論家油井さんの著作に本アルバムのレコーディングにいたるオリン・キープニュースの語りがあります。
ソニーがトリオでやりたいといいだした。ソニーの他はオスカー・ペティフォード(b)とマックス・ローチ(ds)だという。すばらしいアイディアだと思った。最初のセッションで片面分のスタンダードを四曲とった」(引用①)。

片面分とはB面に収録された曲です。ロリンズのメンバー選択にキープニュースは賛同します。

オスカー・ペティフォードはモダンジャズベースの名手として認められており、セロニアス・モンクがプレスティッジから移籍しリバーサイドでの最初のアルバム『セロニアス・モンク・プレイズ・デューク・エリントン』(リバーサイド)にオスカーは参加しています。この人選はオリン・キープニュースです。
マックス・ローチもまたモダンジャズのドラムの第一人者です。ソニー・ロリンズとの活動歴が長く、1955年に隠遁していたシカゴからロリンズをジャズシーンに連れ戻した人物であり、ロリンズとは数々のライブやレコーディングを行いモダンジャズの名盤『サキソフォン・コロッサス』(プレスティッジ)にも参加しています。

🔴役者ぞろいのB面の録音

素晴らしいアイディアによるB面ピアノレストリオの演奏は、「サムデイ・アイル・ファインド・ユー」、「ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン?」、「シャドウ・ワルツ」です。

記念碑的あるいはライブ的なピアノレストリオのアルバムでは、ロリンズの自在なメロディラインをベースとドラムが補強する演奏ですが、本アルバムでは聴こえ方が違います。
メンバーにドラムのマックス・ローチがいます。オスカー・ペティフォードの安定したベースにソニー・ロリンズのテナーサックスとロリンズのドラミングが加わります。ドラムは音程がないですが、ローチにはロリンズと同等の縦横無尽さが期待され両者の絡み合うピアノレストリオ演奏が繰り広げられます。

「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」はロリンズとオスカーのデュエットです。聴くたびに良さが変わる名演です。ロリンズの自在なソロにオスカーが安定して刻みを保つことでメロディのきわだたちを感じる。ロリンズのメロディはそのままに、オスカーのウォーキングベースは伴奏と決めて聴くとピアノのソロの演奏のような聴こえに変わり、絶妙なハーモニーと叙情感があふれます。ロリンズのオスカーへの信頼の深さあってこその妙演です。

🔴役者も同じでモダンジャズ最初の社会派のA面

キープニュースの語りは先の引用から続きます。

もう片面は彼のオリジナルにしたいと思った。その時、彼に組曲の腹案があったかどうかはわからない。一週間後に二回目のセッションが行われた。このセッションでのトラブルには随分いろんな思い出があるが、あまり重要ではない。
重要なのは、両セッションの間の一週間のうちにソニーの胸に組曲の腹案が出来たということだ。最初からそうしようと考えていたとは思えない。スタジオに入った時、まったく偶然のようにそうなってしまったんだあの午後はー」(引用①)

もう片面とはA面です。オリン・キープニュースのアルバム制作意図はロリンズにも共有されて、ロリンズはオリジナル「フリーダム・スイート」を吹き込みます。日本語に訳すと「自由組曲」です。

🔴腹案って何?

キープニュースが感じた腹案とロリンズが抱いた腹案とは、この腹案はどんな案なのか?モダンジャズの流れで「組曲」という言葉から連想すると、まずはチャーリー・パーカーのオリジナル曲「ヤードバード組曲」です。本曲はおおくのジャズミュージシャンが演奏するスタンダードナンバーです。聴きくらべると曲の流れや感じるところに違いがあり無関係です。

ジャズ評論家の児山さんがロリンズに1994年にインタビューをしています。そこで本アルバムについて触れています。
1958年に私が「自由組曲」を録音したころ、当時はまだマックス・ローチの「フリーダム・ナウ組曲」(1960年録音)もミンガスの「フォーバス知事の寓話」(同)もまだ世にはなかった。私はプロテストの先頭にたって「自由組曲」を発表したんだ。
この作品に関しては、私はプロテストのメッセージを音楽に託したモダン・ジャズの最初の社会派の作品ではないかと自負している。
私は昔も今も、自由と正義を守るために闘うという姿勢はいつも忘れたことがない」(引用②)

もしこの考えが腹案であれば、キープニュースは度肝を抜かしたと思います。プロデューサーは良質なジャズの録音を考え、セッションメンバーの人選も素晴らしいけれども、ミュージシャンはプロテストのメッセージを温めていてそれを録音したいと。紆余曲折がありレコーディングが進みます。
「自由組曲」を傾聴すると、モダンジャズの様式であるテーマとアドリブを聞き分けようとしても、どこが変わり目か。演奏の途中に休止が入ります、休止しているのか曲が終わっているのか。「ヤードバード組曲」並みに演奏されてスタンダード化していない。後年、他のミュージシャンの音楽解釈による汎化の道をたどる追体験も難しい。プロテストのメッセージは言葉ではなく演奏で表出されているためサウンドからメッセージをつかみかねる。自由のライトモチーフ、正義のライトモチーフを理解できれば良いのですが。

本アルバムのA面は「社会派」ピアノレストリオの追求した作品です。聴く難しさを感じます

🔴終わりに。ロリンズのメッセージとは

通常、アルバムのライナーノートはジャズ評論家が書きます。ミュージシャンの近況、経歴、収録曲です。本アルバムはオリン・キープニュースが書いていますが、そこには異例とも言えるロリンズのメッセージがあります。

America is deeply rooted in Negro culture: its colloquialisms; its humor; its music. How ironic that the Negro, who more than any other people can claim America’s culture as his own, is being persecuted and repressed, that the Negro, who has exemplified the humanities in his very existence, is being rewarded with inhumanity.(引用③)

初めの一文を翻訳ソフトに翻訳させると「アメリカは黒人文化に深く根ざしています。その口語、そのユーモア、その音楽」と続いていきます。

引用
①油井正一『ジャズの歴史物語』角川ソフィア文庫、平成30年
②ジャズ批評85『ソニー・ロリンズ大全集』、ジャズ批評社、1995年
③ソニー・ロリンズ『フリーダム・スイート』OJC-067(RLP-258)

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