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アドラー心理学は「勇気くじき≒外的コントロール」と考えれば選択理論と合体できる?‼【選択理論を何でもありで学ぶメルマガ9号】

アドラー心理学は選択理論心理学と考え方が90%前後似ているというのが、両方の心理学を学んだ筆者(私)の感想である。どちらの心理学も、個人が「生きる力」として生涯使える「心の土台」として頼もしい。

ところで、アドラー関連の一般読者向けの本をかなりの数を読んできたが、「全体論」「目的論」「劣等感」「劣等コンプレックス」「勇気づけ」「ほめるな、叱るな」「課題の分離」「共同体感覚」などの概念について、自分のことに引き直して、自分を具体例にして、身の丈で理解しようとしても、腹に落としきれないところがある。

そういうときに、選択理論のレンズを通して、複眼的に、これらの概念を考えてみると、わかりやすくなるときがある。この点について、つい最近、「勇気くじき≒外的コントロール」と考えればわかりやすくなるのではないか、と思い当たった。

そのきっかけとなったのが次の本で、アドラーの全体像とエッセンスが、著者自身を具体例にして、わかりやすくまとめられている。

さて、「勇気づけ」はアドラーの中心的な概念であるが、本人が「人生の課題に立ち向かう勇気」を持てるように勇気づける、ということである。一方、「勇気くじき」は本人の「人生の課題に立ち向かう勇気をくじく」というものである。

他方、選択理論の基本概念である「外的コントロール」は、本人の行動を外側から思い通りにコントロールしようとする(こちらの正解を本人に押し付けようとする)ことで、代表的な行動として、「批判する、責める、脅す、ガミガミ言う、文句を言う、罰する」などがある。

アドラーの「勇気づけ」は、本人を信頼し、本人の自己価値を承認し、自信や自己肯定感をもたらすので、選択理論では「本人の力・自己価値の欲求の充足を促す行動」になる。

一方、「勇気くじき」は、本人を信頼せず、本人の自己価値を否定し、自信を喪失させ、自己肯定感を低めるものであり、「本人の力・自己価値の欲求を阻害する行動」になる。

このように考えると、個人として、二つの心理学を日常で実践するレベルでは、「勇気くじき≒外的コントロール」と考えてよいのではないか。

これと逆に「勇気づけ」は、「人生の課題に立ち向かう勇気」を本人にもたらす行動であり、これは本人の前向きな「行動の内的コントロールの意識」を強化するものといえよう。

以上をまとめると、「勇気くじき≒本人に対する外的コントロール」「勇気づけ≒本人の内的コントロールの促し」となる。また、「勇気づけ」はアドラーが重視する「共同体感覚(他者信頼、他者貢献、自己信頼、よき一員の意識)につながる行動」でもある。

このように考えると、アドラー心理学(勇気づけ、共同体感覚を重視)は、選択理論(人は自分自身の外的コントロールの心理を排して、本人の行動は本人自身が内的コントロールしているという意識を強く持つべしとする)と、最も重要な基本概念のレベルで合体しやすくなると思われる。

そして、これらの基本概念のレベルで、二つの心理学がほとんど類似していると捉えられると、「個人の日常生活における実践」では、二つの心理学の考え方や技法をミックスさせて、より強力な活用をすることができるのではないだろうか。

ついては、今後もさらに、この二つの心理学の類似点についての検討を進め、個人の実践において、技法のミックスやいいとこどりができるところを見つけていけるようにしたい。

(記事は以上です)


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