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アダルトチルドレンの暗闇から抜けるために - 過去記事まとめ【1/3】

以前のブログで書いてきたアダルトチルドレン(AC)関係の記事を、三回に分けて掲載します。渦中にいらっしゃる方のご参考になりましたら幸いです。

(1)以前の私のように苦しんでいる方へお伝えしたいこと

昨年11月に上記で取材していただいてから、ACに起因する暗闇からサバイブした経験を、外に出していくことにしました。
ありがたいことに、これまで「救われた」という声をたくさんいただき、私自身がさらに救われました。それによって、この人生でのミッションを発見することができました。


(2)実在の人物の生還例が何よりも大事

ブログでACについて書き始めた当初は、「こんなもの誰が読むんだろう」「こんな暗い話は誰も望んでいない」と疑心暗鬼でしたが、始めて半年強の間に、思いもよらぬ色々なことに繋がりました。

ACによってマイナスからのスタートを余儀なくされ、しかも40歳にもなって何も成し遂げていない、と長年自分に価値を見出せず苦しんできたのですが、この経験こそが自分が語るべき宝になるのだと、ブログを書き続けることで気がつくことができました。


(3)独りで立ったら自由になれた

こちらは、最近、ACの苦しみから抜け出るために私には一番効果的なことだったと気がついたことです。

それまで、私は自分のあらゆる選択に自信が持てず、周りのカリスマ的存在に次から次に精神的に依存を続け、他人の価値観に振り回されてますます自分を見失っていくという悪循環に陥っていました。

しかしあるとき、自分の足で踏み出すことを決意しました。恐怖と戦いながら一歩踏み出してみると、そこに待っていたのは、素晴らしい心の自由でした。


(4)傷の深さや大小は関係ない

「私の方が大変だった。あなたの不幸なんてたいしたことがない」と言われて考えた事です。

傍目からは、私は何の問題もない家庭に育っていたように見えていたと思います。そんな私は「悩む権利、苦しむ権利が自分にはない」とずっと負い目を感じていましたが、それは間違いでした。

そもそもそんな権利なんてものは、誰かに付与されるものではないのです。自分が死ぬほど苦しんでいるのであれば、苦しむ権利は誰にも剥奪できません。堂々と苦しんで良いんだと気が付いたときに、トラウマ寛解の一歩を歩み出せたのだと感じています。


(5)不幸を張り合うことの不毛さ

前出の記事とも一部被りますが、「不幸比べの不毛さ」についてです。
そんなことにエネルギーを使わず、負傷者同士、手を取り合って安全な場所へ退避し、傷を癒し合うことにエネルギーを注ぐ方がはるかに生産的です。

ACとして受けた傷は、大人になって社会と対峙することになった時、最も大きな問題となって立ち現れてきます。過去にこだわるのではなく、自分の未来のために、この問題に正面から向き合う必要があるのです。


(6)親を赦す日

親との関係はその人にしかわからないものなので、人にあれこれ言われる筋合いはなく、自分の心に従うべきだと考えています。
許せないという方は、無理して許す必要はないでしょう。
でも「もうそろそろ赦してもよい」と思える時がきたら、自分のために、憎しみから自由になってもよいのかもしれません。


(7)鉄欠乏から起こる鬱もある

鬱症状が、鉄欠乏性貧血に起因している場合があります。私は1年間治療して、ものごとをポジティブに捉えられるようになりました。
精神的な治療ももちろん効果的ですが、もし極度の貧血なら、この物理的な治療を試してみるのも一つの手です。


(8)苦しみのど真ん中にいる方へ

アダルトチルドレンやADHDでうまく生きられないことに、甘えだとか、根性がないとか、色々と言う人がいます。
でも、これは死人が出るほどのことで、我慢や努力でどうにかなるものではありません。
今渦中にいる方には、「死ぬな」とだけ、お伝えしたいです。







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