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小説 プログラミングVBA #1

今日でこの現場は最後。
明日からは、エクストラシステムで開発補佐として働くことになっている。
僕はある一定期間システム開発案件のある企業に通い、プログラミングをするSESという仕事をしている。
開発案件が終了すると次の現場を探すという繰り返しだ。

VBAプログラマーなので、金融系の企業の案件が多い。
今日を最後に後にする現場も某信託銀行だ。
この現場にはちょうど2年いた。
SESとして常駐しているプログラマーの雇用形態はいろいろだ。
顧客企業から直接契約している会社つまり元請の正規社員と契約社員。元請からの委託で仕事をもらっている孫請けの正規社員や契約社員。元請や孫請けから委託で仕事をもらっているフリーランスといった具合だ。

20年ちょっと前に銀行の大合併があったみたいだが、その頃ほどではないにしろ、最近、銀行間の統合話をよく聞く。
僕が常駐している現場にもその波はやってきたのだ。
銀行どうしの業務提携にともない、大規模なリストラが行われた結果、僕みたいな常駐SEが大量にバッサリ切られたのだ。
当然人数を減らす場合には元請の社員以外から始まる。
僕は孫請けにあたる会社の契約社員だったためリストラ対象の一人だった。

今の時代、プログラミングができれば、引く手あまたな風潮があるけれど、プログラミング言語によって事情は異なる。
JavaやPythonなどの報酬は悪くない。それに比べるとVBAプログラマーの報酬は一般的にJavaやPythonの8掛けってところだ。
でも、僕は素早く開発でき多くのビジネスパーソンの実務を効率化できるVBAが好きだ。

そんなわけで、次もVBAプログラミングができる仕事を見つけなければならない。
所属している会社が次の案件を手配している一方で僕自身も自ら次の仕事を探していた。
何もしなくても、次の現場は契約社員として所属している会社が探してきてくれる。それは、僕が現場で働くことで、その報酬の何割かが会社に行くからだ。僕をいくらで契約し、そこからどれくらいピンハネされているかは知らないけど。
そういう事情であるので、所属会社と僕のつながりは単純だ。案件を取ってくるのは会社で開発をするのは契約社員である僕というドライな関係でしかない。
自分で案件を見つけることができれば、いつもなら会社にピンハネされる分がなくなるから好都合だ。
ちなみに、契約社員であることも特にこだわっているわけではなく、金融機関に出入りするにはフリーランスはNGだから、社員という体裁をとっているにしか過ぎない。実質的には僕はフリーランスつまり個人事業主と変わらない。

先日、以前同じ現場でお世話になっていた先輩のNさんに、仕事を探していると相談してみた。
いろいろと情報をもらったのだが、その中に月額報酬100万円の求人があることを知った。
Nさんもその会社の面談を受けたのだが、ダメだった。
Nさんはその会社のことをNさんの知り合いから教えてもらったらしく、その知り合いの方も面談の結果不採用だった。
その会社の求人はどこにも載っていないうえ、月額報酬100万円という怪しさはあるのだが、ホームページは存在していて、取引先企業のページを見ると誰でも知っている企業が並んでいるのでまともな会社ではありそうだ。

Nさんにどんな面談だったのか聞いたら、あるシステム要件を提示されて、Nさんならどう実装するかを問われたとのこと。
Nさんなりに、提示された要件を満たせる実装を提案できたのだが、面談結果は不採用だった。

僕もその会社にイチかバチかチャレンジしてみようと思い、ホームページでメールアドレスを確認し、そのアドレスにVBAプログラマーとして面談希望のメールを送った。
当然必要になるだろう履歴書はそのメールに添付しておいた。

メールには、
『以前御社に面談された私の知人から伺いました。求人はお見掛けしていないのですが、御社は業務アプリケーションの開発を手掛けていらっしゃり、私のスキルがお役に立つかもしれません。』
というようなことを書いた。

翌日、人事担当から面談候補日時が提示されたメールが返ってきた。
とりあえず、書類選考は通過ってことか・・・。

面談当日。
その会社、エクストラシステムは八丁堀のオフィスビルの一室にあった。
エクストラシステムの入居している402号室の前までたどり着き、扉の前にある電話の受話器を取った。
「18:00に面談のお約束をしております、片倉です。」
「お待ちしておりました。少々お待ちください。」

扉が開く。
女性が案内してくれた。
「どうぞ。こちらにお掛けになってお待ちください。」
通された部屋は、402号室のとなりの403号室だった。
その部屋には大きなテーブルが1つと、そのテーブルを囲むかたちでイスが6脚。
ほどなく、ノックがあり、40歳前後と思われる男性が現れた。
「お待たせいたしました。当社エクストラシステムでエンジニアをしております、桜木です。」
「よろしくお願いいたします。」
桜木氏の名刺にある肩書にはチーフエンジニアとあった。
簡単な社交辞令を交わし、面談が進んだ。
Nさんが言っていたように、あるシステム要件が提示され、あなたならどう実装しますかとの質問があった。
僕はその問いに対してスラスラと答えることができた。
面談の最後。
「片倉さんから、何かご質問はありませんか。」
ずっと知りたかったことを聞いてみた。Nさんの情報にもホームページにもない情報。
「御社の社員は何名くらいいらっしゃるのですか。」
「当社のプロパー社員は社長ひとりです。社長以外は業務委託契約です。業務委託社員として、エンジニアの私と総務担当のAの2人がおります。」
「3名で会社を回されているってことですか。」
「そうです。」

面談の帰り、頭をフル回転させたあとの興奮と、自分の経験に根差した受け答えができた手ごたえを感じていた。
意外とイケるんじゃないかっ!
エクストラシステムは小さなシステム開発会社で、取引先には有名企業がずらり。きっと案件がたくさんあるし、桜木氏ひとりでは人手が足りないはず。
どこにも求人情報はないのは、求人している手間暇も人手もなかっただけ。
でも、人手は必要なはず。その証拠に、面談希望のメールにもすぐ返事がきたし、忙しいはずのたった一人のエンジニアである桜木氏みずから面談してくれたのだ。見つけたぞ、ブルーオーシャン。
自宅が近づくにつれ、期待が確信へ変わっていった。

翌日、総務担当のAさんから不合格メールが届いた。
なぜだ!!!!
一瞬、茫然自失したが、次の瞬間、原因を聞かずにはいられない思いが心を占拠した。

一般的に不採用になった理由は明らかにされないし、聞かないという暗黙のルールがある。

しかし。

結果は不採用ながら、僕は面談で詰まることなく受けごたえができた。
僕の不採用の理由を聞くことで、エクストラシステムが求めている能力を知りたかった。
いや、それよりも、月額報酬100万円に求められるプログラマーというのはどういうものかを知りたいというのが本音だ。

ダメもとで、面談時にもらった桜木氏の名刺にあるメールアドレスにメールを送ることにした。


桜木様

先日はお忙しい中、面談のお時間をいただきまして誠にありがとうございました。
面談結果はすでにご連絡いただいております。
結果を覆らせようという意図はございません。
ただ、後学のために教えていただきたいことがございます。

社会の一般常識として、採用結果に関しては通知を受け取ればそこで終了なのは心得ております。
不採用理由を問合わせるということは極めて非常識で自分勝手な行為であります。
そこを承知の上でメールいたしました。どうかご容赦ください。

恥ずかしながら、自分自身では面談では詰まることなく、具体的に発言できたと手ごたえを感じておりました。
したがって、面談結果にも自信がありました。
その前提として、面談の結果よりも自分が発言したプログラミングの実装方法について自信がありました。
面談内容のほとんどは、ご提示されたシステム要件に対しての設計方法や実装方法だったと記憶しております。
その部分が不合格であるということは、私がプログラマーとして問題があることを意味します。
私はプログラマーとしてこれからも成長するために努力を惜しむつもりはありません。
誠に勝手なお願いではございますが、簡単なご助言で結構ですのでフィードバックをいただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。
片倉

翌日返事が返ってきた。
最初と最後は柔らかい文章でまとめられていたが、核心部分は鋭く脳ミソに打撃を食らわせる内容だった。

・・・・・・
片倉さんの実装方法は基本に忠実ではあります。決して間違っていないです。
片倉さんのような実装方法は極めて標準的です。実際にその手法で開発された何万というシステムが世界中で稼働しています。
しかし、そのような実装方法で作られたシステムは、レガシーシステムとして企業の大きな負担になっています。
当社はそのようなシステムを作り替えたいというお客様の要望に応えるのがサービスの1つなのです。
片倉さんがお答えいただいたような実装方法で開発されたシステムのリライトおよびリプレースを請け負うのが当社の事業です。
片倉さんのような実装方法を根本から作り直し、保守性と拡張性に優れたシステムに生まれ変わらせるです。
そのような腕がある方であれば当社でぜひ腕を振るっていただきたいのですが、そうでなければ残念ながらマッチするという判断に至りませんでした。
・・・・・・

今、社会的にプログラミングに注目されている時代。
プログラミングが義務教育で取り入れられることが決まっている。
オンラインのプログラミング学習サイトが話題だ。

プログラミングといっても、様々な言語や分野がある。
プログラマーといっても、レベルの幅が広い。
レベルの幅は収入の幅でもある。
高給を得ているプログラマーがいる一方で、高給でないプログラマーがいる。
高給を得ているプログラマーは割合的に少数派だ。
僕の実感では、高給取りの腕の良いプログラマーは生き生きとしている。何かオーラがある。
対して、並のプログラマーからはオーラは感じられない。
オーラの正体はつかみどころがないが、楽しそうかどうかといういうことが関係しているように思える。
楽しいにもいろいろあるが、技術的なことに関して刺激を受け楽しんでいるようだ。

書籍やWebで学習するだけではたどり着けない何かがあるように思える。
桜木氏は間違いなくトップレベル層に位置するプログラマーだ。
やみくもにハードワークをすればたどり着くといったレベルではない。
情報が溢れている世界でも、すべての情報が手に入るわけではない。

桜木氏の近くにいて、腕を盗みたいと思った。
オーラを発しているプログラマーにはそうでないプログラマーにはない何かがあるはずだ。
それが何か知りたい。
自分もその境地に足を踏み入れたい。
ここは食い下がるべき時だ。
これを逃すと、今までと代わり映えのしない現場に舞い戻ってしまう。そして、歳だけ加算されていく。

桜木氏のメールに返信した。
長いメールは失礼だから、長くならないように、でも、覚悟がしっかり伝わるように書いた。
開発工程で避けては通れない単調な仕事を引き受ける提案をした。
金融機関のシステム開発の経験が多く、几帳面な書類作りは得意な方だし、その点も強調しておいた。
報酬は無給でもよいという覚悟も記した。

桜木氏からはすぐ短い返信がきた。
『では、設計書やテストの証跡といったドキュメント周りの要員ということで、社長に相談してみます。』

数日後、エクストラシステムと業務委託契約を結んだ。
そしてそれ以来、桜木氏のプログラマーとしての腕のすごさを見せつけられることになる。

入門レベルのVBA本では決して扱ってないテクニック。
上級者向けのテクニックはネットで検索すれば断片は拾えるが、その情報だけでは現実社会のビジネスをサポートする実用的なアプリケーションはとても作れない。

桜木氏はいろんな手札を使いこなして、ひとつのアプリケーションを作り上げる。
誰でも知っている手札に見たことがない手札を組み合わせて。

--つづく--

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