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◇6. 図書館の仕事、広がる世界

家庭訪問を通してさまざまな人と出会い、絵本を届けていくなかで、わたしは図書館の別の業務にもかかわってみたくなった。そこで館長のメッテに相談してみると、児童書部門へ返却された本を本棚に戻す作業と、カウンターの簡単な業務をしてみてはと提案された。図書館大学の学生でもあったので、BOOK STARTの仕事に加えて週に2回程度シフトを入れてもらい、事務員さんや司書さんたちと同じカウンターに立つことになった。

デンマークの図書館では、返却期限を過ぎても本を返却しなかった場合、罰金が発生する。返却期限の5日前になると(事前に登録しておけば)携帯にSMSが届き「まもなく返却期限ですので忘れずに返却するように」とリマインダーが入るが、それを過ぎるとしばらく何も音沙汰がない。そして静かに罰金が発生する。返却日を7日以上過ぎてしまうと罰金の金額はグッと上がる。現在(2022年)のコペンハーゲン市の場合だと、始めの7日間は20クローネ(380円、1クローネ≒19円換算)、8日目からは120クローネ(2280円)だ。高い…。でも返却を忘れてしまう人は意外と多く、わたしが勤めていた当時はまだネット決済もできなかったので、カウンターへ支払いに来る人も多かった。

本を借りる以外にも図書館ではさまざまなサービスが利用できる。日本のコンビニのようにコピーやFAX、スキャンができるのも図書館だ。今はこれも完全にセルフサービス化しているが、わたしがいた当時(2009~2011)は受付でFAXやスキャンは利用料金を後払いする仕組みだった。この頃からすでにデンマーク国内にFAXを送る人はほとんどいなかったけれど、海外にFAXを送らなければいけない人はまだ時々いて、そんな人は図書館のサービスを利用していた。

こういった手続き以外にも本やDVD、CDのタイトルの検索や予約本の手続きなども、自分でできない人のために代わりにすることもあった。受付の横にはレファレンス担当の司書が座っているので、詳しい検索などはかれらの仕事。わたしはまだ学生だったのでこの業務はさせてもらえなかったけれど、司書さんと利用者さんの横で会話を聞きながら、対応を学ばせてもらっていた。

わたしが勤めていた図書館のある地域は、コペンハーゲンでも特に外国籍の人が多い地域だ。服装や聞こえてくる言語などからも、本当に多国籍の人が暮らしていることがわかる。外国人として現地の言葉が分からないと、自治体からの手紙や生活について、仕事の探し方について、どこに相談したら良いのかわからないこともあるからだろう、この図書館にはソーシャルワーカーも職員として常駐していた。アハメトというシリア出身でクルド人の彼は、アラビア語以外にもクルド語も話せたので、この言語を話す人々がよく相談に訪れていた。

ソーシャルワーカー以外にも無料の弁護士相談会が週に一度あったり、履歴書の書き方を教えてくれる時間があったりと、かなり生活に密着したサービスがあり、地域の人々がよく利用していたのも頷ける。

カウンターでそんな様子を見るともなく見ていたわたしだったが、図書館を利用している地域の人々もわたしのことをよく見ていた。「ちょっと聞きたいんだけど」と顔をのぞきこんで言ってくる人々の中には、「どうやってここで仕事ができるようになったの?」とたずねる人は少なくなかった。

同じことは司書のリレモアからも尋ねられた。ある日、図書館の事務室で世間話をしていると、デンマークに来てそんなに経たないのにどうやって図書館の仕事ができるようになったのかと彼女はわたしに尋ねた。リレモアは60代の司書で、若い頃カナダからデンマークに移住した女性だ。彼女の母親がデンマーク人であり、英語のアクセントがありながらもとても流暢なデンマーク語を話す。わたしが夫の親戚からBOOK STARTの仕事のことを聞いてここへ来たというと、「あぁ、なるほどね、やっぱりそういう入り口があると入りやすいわね」と納得していた。

外国人、とくにデンマークで育っておらず、成人してからここへ来たわたしのような移民がデンマークの図書館に入り込むのはなかなか難しい。どのぐらい難しいかというと、この図書館を含めてわたしはこのあと全部で4つの図書館で働くことになるのだけど、移民一世の同僚はひとりもいなかった。司書や職員のほとんどが白人のデンマーク人、ほんの少しだけスウェーデン人などの欧州人と、アハメトのような移民二世がいる程度。移民二世の人たちはこちらで育っているのでデンマーク語はネイティブだ。わたしのような完全によそ者がこの環境に入っていくには、何か特別な入り口、つまりコネがないとほぼ無理ということだろう。実際わたしも身内の紹介でこの仕事に就いたわけだし。

児童書の本を棚に戻す仕事をしながら感じたのは、そりゃ外国人にこの仕事は向かないだろうということだった。返却されてくる絵本や児童書を手に取っても、知っているものがほとんどない。幼い頃、母に毎日絵本を読み聞かせてもらっていたので外国の絵本もそれなりに知っているつもりだったけれど、デンマークの絵本はどれも知らないものばかりだった。どの表紙を見ても、子どもの頃の記憶につながるものはなかった。強いて言えばアンデルセンの「みにくいあひるの子」や「マッチ売りの少女」、でもその程度だ。

子どもの本を扱う仕事をしているのにさすがにこれではまずいだろうと、わたしは本を棚に戻しながら思い始めていた。知らなければ人に勧めることもできない。そこでとにかく手あたり次第に毎回4,5冊の絵本を持ち帰り、自宅で読んでみることにした。当時、娘がまだ2,3歳だったのも幸いし、夫に毎回デンマーク語で読み聞かせをしてもらってから、娘の反応や夫の感想をメモ。この絵本はつまらない、これはもっと同じシリーズを読みたい、これはまだ難しい、そんな短い感想を頼りにまた次の絵本を持ち帰る。そうして、まったく知らなかった世界にひとつひとつ明かりを灯すように「知っている」絵本を増やしていった。


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