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◇8. コペンハーゲンの図書館に日本語の子どもの本を届け続けた日々のこと

BOOK STARTの仕事と図書館のカウンター業務、児童書の整理をしながら、デンマークの図書館で少しずつ仕事を習得していたわたしは、2011年1月に2人目の子どもを出産した。その後は小さな子どもたち2人を育てながら翌年大学に復帰して修士論文を書かねばならなかったこともあり、仕事と論文を掛持ちする自信もなかったことから、出産直前に引き継ぎ書を書いて退職した。その後の1年間は予想通り育児でバタバタの生活となった。

それでも絵本との関係は続いた。息子が1月に生まれて数か月が過ぎたある日、日本人の友人からコペンハーゲン中央図書館には外国語の児童書がたくさん所蔵されていること、でも日本語の児童書はないという話を聞いた。同じ頃、わたしたちはコペンハーゲンでも日本語の絵本が借りられるような仕組みが作れないかと話していた。子どもを育てながら自分でたくさん日本語の絵本を購入し娘に読んできたけれど、同じような日本人は他にもいるはずで、皆がそれぞれ購入するよりも、図書館のように借りられる場所があれば良いのにとその可能性を探っていたところだった。そこで友人が中央図書館の司書さんに相談し、もしわたしたちで本を集めることができれば蔵書として図書館に所蔵してもらえないかとたずねてみたところ、関心をもってくれた様子だった。

たまたまわたしが図書館大学の学生であったことも幸いした。大学で専門的に学んでいたことが親近感や信頼につながったのかもしれない。蔵書となる児童書が、デンマークの公共図書館の選書基準である "aktualitet, alsidighed og kvalitet" つまり時代に合っていること、偏りがなく多様な側面を含むものであること、そして質の高いものであることを判断できるのならという条件で、寄贈書を蔵書として受け付けてくれることになった。

公共図書館が外部から寄贈書という形で蔵書を受け入れることは決して一般的ではないと聞いていたので、この決定にはとても驚いたし、友人と手を取り合って喜んだ。その後はまだ生まれて数か月の息子をベビーカーに乗せて図書館を何度も訪問し、司書さんと細かな打ち合わせをした。寄贈本が集まった際には、カタログに登録するために必要な書誌情報の翻訳をして届けに来ると約束し、お互い「楽しみにしていますね!」と言い合って別れた。

満を持して、わたしたちのプロジェクトは動き始めた。「デンマーク・コペンハーゲンの公共図書館にあなたの大好きな絵本を寄贈しませんか」というフレーズとともに、プロジェクト〈えほんのたね〉の経緯と本の寄贈方法を明記したホームページを立ち上げた。

SNSなどを通じ、このプロジェクトに関心をもってくれた日本の人は多かった。送料の負担があるにもかかわらず、多くの人々が日本から大切に読んできた絵本や新しく購入した思い出の絵本・児童書をデンマークまで贈ってくれた。


友人とわたしの住所宛てに届けられるたくさんの絵本や児童書。それぞれが人々の思い出の詰まった作品たちだった。日本からたくさんの人々が子どもの頃に読んだ本、読んでもらった本、あるいは自身の子どもと読んだ本への温かな気持ちを、外国に暮らす子どもたちにも感じてほしいと願っていることが伝わってくる。そのことに改めて感動した。子どもの本というのは人々のそんな思いをこんなに遠くまで運んでくれるのだ。一冊ずつページをめくりながら、この本たちをデンマークに暮らす日本にルーツのある家族や子どもたちにしっかり届けたいという思いが高まる。

息子が昼寝をするたびに友人と会議をしながら、少しずつ書誌情報をパソコンに入力していく。タイトル、著者名、出版者、発行年月から、対象年齢、キーワード、要約文など、すべてをデンマーク語で入力するのは意外と時間のかかる作業ではあったけれど、一冊ずつ仕上げていく過程がただただ楽しかった。入力を完了したものから図書館に届けに行くと、担当の司書さんが受け取り図書館システムに再入力していく。ブッカー、バーコードとICタグが本に貼られると、本は少しずつ本棚に並んでいった。

友人もわたしも夢中で作業をした。途中で加わってくれたもう一人の仲間とともに3人でローマ字表記の難しさに悪戦苦闘しながら、一冊ずつ書誌情報を作成していった。そして2年以上かけて、わたしたちは350冊以上の寄贈書を受け取り、図書館へ届けたのだった。


新しくできた日本語棚。コペンハーゲン中央図書館

一冊もなかったところから2年で350冊以上の日本語の児童書がコペンハーゲン中央図書館に蔵書として登録された。デンマーク日本人会やSNSを通じて、わたしたちはデンマークに暮らす日本語を話す家庭にこの嬉しいニュースを伝え続けた。

えほんのたねプロジェクトを続けているあいだに、わたしの育休は明け、大学に復帰する日がきた。1歳と4歳の子どもを育てながら修士論文をなんとか書き上げて8月に無事大学を修了。その後、この図書館の児童書部門で6か月研修生として働けることになり、勤務時間にも書誌情報を少しずつ作成していった。

「児童書部門に日本語の本が入ったからかな、日本人らしき人が最近増えてるよ」

同僚のドーテは嬉しそうに報告してくれた。ドーテは友人が声をかけた児童書部門の司書だ。彼女が日本語の寄贈書を図書館の蔵書として受け入れることを前向きに検討し上司にかけあってくれたことから、このプロジェクトは実現した。たくさんの本を一冊一冊システムに登録し、本棚に並べてくれたのも彼女だった。

日本語の児童書はコペンハーゲン市の図書館に登録されたが、デンマークでは全国の図書館が所蔵している資料を貸し借りできる相互貸借システムがあるため、全国どこからでも相互貸与のためのホームページ(bibliotek.dk) 上で予約し取り寄せることができた。このシステムのおかげか貸出は走り始めからかなり好調だった。数か月ごとに貸出データを調べていたドーテは、

「日本語の本すごいね!英語の次に外国語の児童書では貸出数が多いよ」
と驚きながら報告してくれた。

あちこちに暮らす日本人や日本にルーツのある人々が、日本語の絵本と児童書を地元の図書館まで取り寄せて読んでくれている。その実感を現場で感じさせてもらえたこともとても嬉しかった。こうして〈えほんのたね〉は多くの人々の思いによって発芽し、花を咲かせていった。

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