【『逃げ上手の若君』全力応援!】(162)動乱の世をその個性をもって生きる人間である高師直に対して北畠顕家も「敬意」を払っている……
「女をもて!!」「余は高貴なおねえさまがほしい!!」
北畠顕家に化けた玄蕃のセリフがオゲレツすぎて、これ本人にバレたらまずいのでは?などと心配してしまった『逃げ上手の若君』第162話でしたが、さすが高師直、「時行の狐」の存在は織り込み済みですね。
今回は、全編がほぼ雫と師直の頭脳戦ゆえにネタバレさせるわけにもいかないのと、歴史的な事実や物語などをあまり紹介できないので、メモ風にいくつかのことを記してみたいと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「分捕切捨! 最速で顕家にたどりつけ!」
「分捕切捨」は第151話(「般若坂1338」で登場した用語です)。その際は松井先生がわかりやすい解説をストーリーに組み込んでいらしたので、忘れてしまったという方はぜひそちらを確認していただきたいのですが、私もその時は詳しく触れなかったので、余裕のある今回で補足したいと思います。
分捕(ぶんどり)
合戦のとき、戦場で敵を殺し、首を取り、さらに、身につけていた甲冑や武器を取ることをいう。分捕高名ともいわれている。一般的にいって、武具は消耗品であり、しかも合戦が日常的な戦国時代にあっては供給が需要に追いつかず、いきおい、武器・武具の補充が分捕によってなされるという側面もあった。また、分捕るということは、敵の首をあげてからでないと分捕ることができないことから、分捕った品が、敵の首を取ったことの証拠品ともなったのである。そのため、武器・武具だけではなく、采配や軍配、さらに母衣(ほろ)・旗・馬験(うまじるし)なども分捕られた。こうした分捕った品を添えて首実検の場に臨んでいるということが多くみられる。なお、敵の首を取ったことを大将へ注進したときの文書を分捕頸注文といい、これは、軍忠状の一種である。〔国史大辞典〕
「切捨」には、「戦場などで、人を切り、そのままに打ち捨てておくこと。」〔日本国語大辞典〕という意味があります。
辞書を引いただけでははっきりは述べられないのですが、「分捕切捨」での項目はなく、「分捕」単独の用例が十三世紀初めの『平家物語』などに見られるのに対して、「切捨」の用例の初出がさらに二世紀くらい後の用例となっていました。そうでなくとも、「敵の首を取ったことの証拠」を「打ち捨てておく」という、二つの相反する概念を一緒にしたシステムを採用した師直は、やはり合理主義者と言って間違いない気がしました。
亀田俊和氏の『観応の擾乱』には、師直の所領の少なさを指摘して「土地にさほど執着を持たなかっただろう」と記されています。「『太平記』には、師直が「おれはこれほどの美女(源頼政が上皇より拝領した女性)は国の10ヵ国ばかり、所領20~30ヵ所を代わりに献上してでも賜りたいものだ」と言い放った逸話が出てくる。彼にとって、所領は女性よりも価値が低い存在であったらしい」とあります。
合理主義者は見栄っ張りではなくて、衣食住は不足がなければそれでよく、現実的に自らにとって利のあるものを好むのかもしれませんね(興味深い補足をすると、亀田氏は「細川氏が、自らの守護分国に膨大な所領を集積して強大な勢力を築いたあり方とは対照的である」としています)。
歴女にはあまり人気のない高師直ですが、私は嫌いではありません。『逃げ上手の若君』の高師直は、やっていることと顔は怖いけれども、動乱の時代を生きる一人の人間として大変魅力に描かれていると思います。合理性が卑怯と言えばそれまでかもしれませんが、北畠顕家はそうは思っていないようです(「小賢しく陰湿で爺臭い」として一喝した斯波家長に対しても、顕家は「敬意」を払っていたと思います)。
「存分に舞おう 師直」
その言葉を受けて太刀を構える師直の表情には、顕家の「敬意」が十分に伝わっているように私には思われました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『逃げ上手の若君』のアニメ第1話を先ほど見ました。OPとEDがかわいらしかったし、色がついて動いて(しゃべって)いるキャラクターや鎌倉の街並みに感激でした。アニメ開始を記念して『逃げ上手の若君』だらけになっていた渋谷の写真を何枚か掲載して、今回は終わりにしようと思います。
〔亀田俊和『観応の擾乱』(中公文庫)を参照しています。〕
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?