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【『逃げ上手の若君』全力応援!】⑥亜也子ちゃんの怪力と諏訪の黒曜石と……小笠原貞宗登場

 南北朝時代を楽しむ会の会員の間でも話題騒然の週刊少年ジャンプ新連載『逃げ上手の若君』ーー主人公が北条時行、メインキャラクターに諏訪頼重! 私は松井優征先生の慧眼(けいがん=物事をよく見抜くすぐれた眼力。鋭い洞察力。)に初回から度肝を抜かれました。
 鎌倉時代末期から南北朝時代というのは、これまでの支配体制や価値観が崩壊し、旧時代と新時代のせめぎあいの中で、人々がそれぞれに生き方の模索を生きながらにしていた時代だと思います。死をも恐れぬ潔さをよしとした武士が〝逃げる〟という選択をすることの意義とは……?
〔以下の本文は、2021年3月6日に某小説投稿サイトに投稿した作品です。〕

 『逃げ上手の若君』で恐れ入るのは、松井先生と編集部がしっかりと取材をして作品を構成されているであろうことが伺えることです。

 ところで、怪力デカ娘の亜也子ちゃん、かわいいですね。私も小さい頃から背が高かったので、親近感がわきます。
 そして、こんなかわいい女の子が、投石でウサギを赤い霧にしてしまうなんて……それこそ、少年漫画ならではの〝設定〟だと思いますよね。

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 しかし、12世紀の前半に成立したとされる説話集『今昔物語集』の中には、怪力の美女が登場します。大井光遠(おおいみつとお)という力士の妹だという人物なのですが、がっしりとした兄とはちがってスレンダーな美人だったと語られています。
 その妹が強盗に襲われた時に、兄はまったく助けに入らなかったのを、急を告げた従者が不審に思います。ーーそれもそのはず、妹は強盗に刀を突き付けられて泣いているのかと思いきや、顔を隠していた左手を急に差し出して、目の前にとっ散らかっていた〝激硬い〟矢竹の二、三十本ばかりをバリバリと次々に指で押し砕いてしまったのです。強盗は、びっくり仰天!
 〝彼女が本気出したら自分がやられる!〟
 あっけにとられる強盗に対して光遠は説明します。
 〝妹は俺の倍は力がある。お前の腕をねじ上げて肩を突き破るのなんてわけもない。女だからって力士になれないのはつくづく惜しい。お前もこうして生きてて幸運だったねえ……〟
 強盗は泣き出してしまい、そのまま追放されました。
 大井光遠は、公的な記録類にも名前が残されている、甲斐国の有名な力士だということです。妹の話は実話なのか……といえば、皆さんはどう思いますか?
 私は多少は〝盛って〟いたとしても、実話だと思っています。現代でも、レスリング競技などで兄弟姉妹が活躍しています。軍記物語などでものすごい身体能力の人たちが登場しますが、オリンピックや世界選手権で活躍するアスリートを見るたびに、それは偽りではないと私は思っています。

 また、諏訪大社上社の祭神であるタケミナカタは、国譲り神話の中で、アマテラスの使者であるタケミカズチに相撲で勝負を挑んだ神様でもあります。ーー力士と怪力にはゆかりのある土地=諏訪でもあるのです。
 ※国譲り神話…出雲の支配者であるオオクニヌシが天孫降臨に先立って、その支配権をアマテラスに委譲する物語。『古事記』『日本書紀』などに記されていますが、このことは追々このシリーズでも触れねばなりません。

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 また、諏訪を特徴づける物(「諏訪名物」)として、〝黒曜石〟が圧倒的な存在感を放っていました。

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 『諏訪市史』にはこのように記されています。

 諏訪市域周辺は、全国でも屈指の黒曜石の原産地が集中する。星ヶ塔《ほしがとう》、星ヶ台(下諏訪町)、和田峠一帯(和田村)、星糞峠《ほしくそとうげ》(長門町)などがあり、いずれも旧石器時代から原石採取の対象となっていた。これらは諏訪湖付近から10キロメートルと離れておらず、一日程度で十分往復できる距離であったと思われる。この原産地での黒曜石の採取は、一般には露頭やそこから崩落して流れ、転石となったいわゆる〝ズリ〟がひろわれることが多かった。ただし、縄文後期~晩期にかけては、あたかも鉱山のように、黒曜石の産出地点にたくさんの穴をあけ、計画的に黒曜石の採掘をおこなった跡も見つかっている。
 このように縄文人にとって、絶えず需要と供給が求められていた黒曜石は、石器の原料として重宝されていた。それは、ガラス質の持つ加工のしやすさや、刃物として狩猟道具など、高度な殺傷能力の求められる道具類にうってつけであったためである。

 縄文中期に関東地方の遺跡から出る石鏃などの狩猟具は、信州産の黒曜石を選んで作られていることが多いということです。
 頼重の娘・雫が、黒曜石の岩塊を「神様の刃」というのも道理で、鉄器の前に狩猟に用いられていたその石の産地は、諏訪であったのです。
 ※石鏃(せきぞく)…石のやじり。木や竹の柄につけて、狩猟具・武器として使用。日本では縄文・弥生時代に盛んに用いられた。

 諏訪には、石や自然の現象に対する原初的な信仰も数多く存在します。それらも順を追って今後取り上げていければと思っています。
 
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 ちなみに、第6話の最後で登場した小笠原貞宗ですが、南北朝時代を楽しむ会の代表の方から、弓矢の名手であると記録にも残っていることを聞きました。不気味な尊氏の右目、異常な視力を持つ貞宗ーー尊氏と尊氏の郎党の異能力に対して、時行とその郎党たちが『週刊少年ジャンプ』のコンセプトである「友情」「努力」(智恵や勇気)によってどのように「勝利」するのか……これからも目が離せません。
 そうした史実もしっかりと押さえてキャラクター設定をしている、松井先生の才能はやはりすごいです(尊氏の人間離れした〝笑顔〟も、おおらかだったという尊氏の特徴をとらえた異能力として設定しているという……)。

 ところで、歴史的にも小笠原氏は諏訪氏の宿敵であり、お互いに信濃の覇権をめぐってのその執念にはすさまじいものがあります。

 『諏訪市史』には、こうあります。

 (諏訪)神党の人々は小笠原貞宗にたいしすくなからぬ怨念をいだいていた。小笠原氏もかつては北条氏の家臣あるいはそれに近い立場にありながら、最後の段階で北条氏を見捨てて足利高氏方に走り、いまやこの国の守護となって旧北条氏領を多く獲得し、その討伐にあたっていたからである。

 諏訪氏を盟主とする神党系武士の大半は、小笠原氏を裏切り者の侵入者としてつよく敵視した。その背景には怨念のみならず、旧北条氏領の分割をめぐっての問題や、自己所領の保全・回復をめぐる熾烈な対立があったにちがいない。

(また諏訪氏には、諏訪の地から離れられない呪縛があります。諏訪氏にしたら、後から来ておいて無神経な奴らだという気持ちもあるのだと思いますが、それはまた別の機会に……)。

 諏訪推し、頼重LOVEの私なので、『逃げ上手の若君』で小笠原貞宗が出てきたら、なんとなくムカムカしてしまいました。ですが、松井先生が頼重はかっこよく描いているけれども、貞宗はちょっとキモッて感じだから、今はとりあえずは許すか……となっています(小笠原押し、貞宗LOVEの方はどうぞご容赦くださいね)。

〔ビギナーズ・クラシックス日本の古典『今昔物語集』(角川ソフィア文庫)、諏訪市史編纂委員会『諏訪市史 上巻』を参照しています。〕


 Facebookの投稿で本記事について補足をしました。


 私が所属している「南北朝時代を楽しむ会」では、時行の生きた時代のことを、仲間と〝楽しく〟学ぶことができます!



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