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【『逃げ上手の若君』全力応援!】(122) 足利家の完璧執事・高師直の屈辱発言に憤る足利一門の超エリート・斯波家長の少年らしい純粋さと裏腹のエグさに潜む危うさとは…!?

 南北朝時代を楽しむ会の会員の間でも話題騒然の週刊少年ジャンプ新連載『逃げ上手の若君』ーー主人公が北条時行、メインキャラクターに諏訪頼重! 私は松井優征先生の慧眼(けいがん=物事をよく見抜くすぐれた眼力。鋭い洞察力。)に初回から度肝を抜かれました。
 鎌倉時代末期から南北朝時代というのは、これまでの支配体制や価値観が崩壊し、旧時代と新時代のせめぎあいの中で、人々がそれぞれに生き方の模索を生きながらにしていた時代だと思います。死をも恐れぬ潔さをよしとした武士が〝逃げる〟という選択をすることの意義とは……?
〔以下の本文は、2023年8月25日に某小説投稿サイトに投稿した作品です。〕


 『逃げ上手の若君』第122話は冒頭からいろいろな意味で破壊力の半端ない展開に驚きの連続でした。
 斯波家長の回想は、中先代の乱での鎌倉陥落後のものですが、鈴木由美氏の『中先代の乱』では以下のように記された段階かと思われます。

 直義は、成良親王と鎌倉にいた尊氏の嫡子義詮を連れて東海道を西へ向かう。駿河手越河原(静岡県静岡市駿河区)で伊豆・駿河の時行方と戦闘になるが、直義はやっと勝利し、鎌倉時代からの足利氏の分国である三河に到着した。
 彼はそこにとどまり、成良親王は京へ向かった。直義は三河で兄尊氏との合流を待つこととなる。

 ※成良親王…後醍醐天皇皇子。母は阿野廉子。北条氏滅亡後、征夷大将軍となる。建武三年(一三三六)一一月、北朝の光明天皇即位に当たり東宮に立てられたが、のち足利尊氏に毒殺されたといわれる。一説に「なりながしんのう」とも。嘉暦元~興国五年(一三二六~四四)

 そしてここで、「よくぞ生きてた…」と泣きじゃくる尊氏と微妙な表情の直義をよそに、尊氏親衛隊のごとき家臣たちと直義を頂とした足利一門との亀裂がすでに入り始めていた(この構図は、従来から言われてきていることのようです…)ことを、松井先生は家長の視点で描いているのですね。ーーう~ん、見事の一言。そして、前回私が抱いた疑問の答えも示されていました。

 「奴らは清廉実直な直義様とは相容れない 足利の天下が盤石になればいずれ排除にかかるでしょう

足利家の品格を重んじた足利直義のあり方を一門のエリートである斯波家長は支持した
(対する高師直と佐々木道誉らのやり取りが下世話(…なのに背景がファンタジックで(笑))

 どうやら家長は、本気で直義の身を案じており、それ以上の野心はなさそうなのがわかりました。「足利一門」の超エリートとしての家長の自負と自覚が、一門を重視する直義のあり方、物事に筋を通す直義の政治姿勢と一致しているのが真相だったみたいです。さらに『逃げ上手の若君』のおいて、さわやかさが微塵も感じられない家長なのですが、二年前に「僕の未来を僕より真剣に考えてくれる人に… 忠誠を誓わぬわけがない」(第91話『直義1335』)と涙したあの気持ちに、少年らしい純粋さは凝縮されているのだと思いました。
 生意気だけれども、それを表には出さずに一途で真面目な家長、キュンですね!……あ、でも、「尊氏様の子を我々に依存させ 関東武士に都合のいい傀儡とする それを我々元・関東庇番衆の我々の基本方針とします」としますと言って中指立てているのを見たら、〝やっぱコイツ、エグいわ…〟と、少しゲンナリです。
 義詮はあまり好きではない私ですが、それでも、幼子をだまして自分に依存させるなんて、手段を選ばなすぎです。とはいえ、この家長の振り幅はキャラとしては魅力的であり、顕家や時行をこれからどう揺さぶるのかは見ものです(顕家が家長には苦しめられたというのは、キラキラお公家様の顕家にとって「雑草汁」みたいなエグいのは受け入れられない体質だったから?…なんて想像してしまいます(笑))。

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 「恥を知れ斯波」「足利一族の名門ぞろいの関東庇番も見掛け倒し」「しょせん関東の田舎侍だ」「直義様も思いのほか不甲斐ない

 顔色一つ変えずに、家長(孫二郎)にこれだけ畳みかける高師直、迫力ありますね。これはいずれ『逃げ上手の若君』でも描かれることと思いますが、尊氏でさえ将来、「師直・師泰がてい、主従の義を忘れて」とか「尊氏をいやしうす」(『太平記』)とか言ってブチ切れますので、家長をして危機感を抱かせるに足る発言でしょう。
 ※賤しうす…軽んじる。

 ところが、「人妻は?」をここで入れ込んできたのには、どうにも笑いが止まりませんでした。
 『逃げ上手の若君』では、近年研究が進んで再評価された高師直の事績や人物像が反映されて〝スゴ・コワ・カッコいい〟師直なのですが、『太平記』や江戸時代の文芸の影響で、高師直と言えば女好きの〝エロ執事〟の印象が支配的でした。特に「人妻」の部分は、塩谷判官の妻のエピソードがインパクトを生かしてのことではあるのですが、こんなところに旧時代の師直像をもってくるとは、松井先生おそるべしです。
 興味のある方は、本シリーズの以下の回をご覧ください。

 ちなみに、師直の「人妻は?」に対して「もちろんいますよ」と答えているのは、赤松円心の次男の赤松貞範のようですね(虎柄の上着と、胴の部分の丸に名前の一字というのが、第111話(「インターミッション1336①」)で登場した円心と通じるデザインです)。彼は、中先代の乱を収めるために関東に下った尊氏軍に加わっていたということです(父の赤松円心や佐々木道誉は、尊氏に従った西国武士の代表格です)。

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 さて、肝心の時行たち逃若党の活躍を記さないで終わるわけにはいかないですね。
 その前に顕家の軍議で、南部師行の隣には美女通訳さんがいて、顕家の作戦を逐一通訳している様子がしっかり描かれていたので、前回の疑問がこれまた解決しました。しかしながら、これでは通訳さんがやられたらマズいのではないかという新たな疑問も生じています(ツッコミばかりでスミマセン)。
 本題の時行たちですが、めったに表情を変えない雫が顕家に対して「ふーん」という顔付きをしてしまうくらい、その成長ぶりが見受けられました。そして敵は、「護良親王を倒した男」とかほざいて調子づいている淵辺義博とは!(なお、淵辺はこれ以前の戦いで、直義を守って亡くなっているという記録があります)。
 時行の「|破軍鬼神仏刀《ぐんやぶりきしんぶっとう》」は、中先代の乱の最終局面で諏訪頼重を敵の囲みから奪った時の興奮をそのままに、亜也子の「|四方獣切通《よものけだものきりとおり》」は、今川範満の戦いぶりを参考に、弧次郎の「|正義殺廻転斬《せいぎごろしかいてんぎり》」は渋川義季との死闘から得た動きを、それぞれにこれまでに得た技や武器に加えています。ーーこれには、戦って敗れた相手に対する敬意もが込められているのを私は感じ取りました。中先代の乱で散っていった関東庇番衆たちのいずれもが、武士としての誇りを胸に、向き合った相手への称賛を惜しまずにいたのを思い出します(今川範満については、正気を取り戻すことができました)。
 家長のことが好きでも、私が彼にどこか危うさを感じてしまう理由は、このあたりにもあるのかもしれません。

〔鈴木由美『中先代の乱』(中公新書)、亀田俊和『観応の擾乱』(中公新書)、『太平記』(岩波文庫)を参照しています。〕


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