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【『逃げ上手の若君』全力応援!】㊲高師直・師泰兄弟に護良親王、諏訪神党三大将に麻呂(まろ)…事態急展開で登場人物を再確認してみる

 南北朝時代を楽しむ会の会員の間でも話題騒然の週刊少年ジャンプ新連載『逃げ上手の若君』ーー主人公が北条時行、メインキャラクターに諏訪頼重! 私は松井優征先生の慧眼(けいがん=物事をよく見抜くすぐれた眼力。鋭い洞察力。)に初回から度肝を抜かれました。
 鎌倉時代末期から南北朝時代というのは、これまでの支配体制や価値観が崩壊し、旧時代と新時代のせめぎあいの中で、人々がそれぞれに生き方の模索を生きながらにしていた時代だと思います。死をも恐れぬ潔さをよしとした武士が〝逃げる〟という選択をすることの意義とは……?
〔以下の本文は、2021年10月31日に某小説投稿サイトに投稿した作品です。〕


 『逃げ上手の若君』第37回は、これまで作品に登場したキャラクターたちが、きたる「大戦おおいくさ」に向けて、どのように関わっていくのかが見えるような展開になっていました。
 今回のこのシリーズでは、今後の展開のネタバレにならないように注意しつつ、登場人物やその口から出たセリフについて整理していきたいと思います。

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 まずは高師直もろなお師泰もろやす兄弟です。尊氏とともに京都におり、後醍醐天皇の「建武の新政」の体制の中にあります。
 最初に登場した時の師直は、〝めちゃくちゃ悪人面あくにんづら!〟と思いましたが、なんだか今回は〝足利家の絶対執事(笑)〟としてのすごみとカッコよさが感じられました。

高師直 こうのもろなお
?‐1351(正平6/観応2)
 南北朝時代の武将。室町幕府の初代執事。一時期上総、武蔵守護。師重の子。法名道常。官途は三河権守、一三三五年(建武二)武蔵権守、三八年(延元三/暦応一)から武蔵守。元弘の乱で主足利尊氏とともに挙兵。建武政府下では雑訴決断所、窪所くぼどころに属して足利尊氏の代官的役割を果たした。南北朝時代に入ると将軍の執事、また直轄軍団長としての師直の活動はめざましく、三八年に北畠顕家、四八年(正平三/貞和四)には楠木正行を敗死させて南朝側に痛手を与えた。
〔新版 日本架空伝承人名事典〕

 古典『太平記』では、兄・師直は高貴で美しい女性に目がなく、弟・師泰は寺社に対してえげつないことをしたといったことが、面白おかしく描かれています。また、特に師直については、女性にだらしない(『太平記』中に、美しい人妻の入浴をのぞき見するシーンがあります)ことにプラスして、イケメン青年武将とされる楠木正行(正成の嫡男)や北畠顕家を討ち滅ぼしたといったところで、女性歴史ファンにはおそらく不評な武将です。とはいっても、戦にはめっぽう強く、有能であったことは確かですから、男性目線では魅力的な武将だと思います。

 この師直が、赤穂浪士の仇討事件を題材とした江戸時代中期の浄瑠璃に吉良上野介きらこうずけのすけ義央よしなかの代りに敵役として登場した。〔新版 日本架空伝承人名事典〕

 古典『太平記』でのイメージが江戸時代の人たちの妄想を掻き立ててしまったのか、違う面で有名になってしまった人でもあります。
 『逃げ上手の若君』では、松井先生がきっと〝スゴ・コワ・カッコいい〟師直と師泰を描いて、名誉挽回を図ってくれる気がしています。

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 次いで、護良親王と足利尊氏です。
 この二人については、本シリーズの第15回で護良親王の側より、ひとつ記事を書いております。

 古典『太平記』全四十巻での序盤の山場は、後醍醐天皇をめぐっての護良親王と足利尊氏との対立、護良親王の悲劇と言っても過言ではないと思います。

 鎌倉に送られて足利直義の「掌の中」に置かれた護良親王は、直義の「計算」によって短い生涯を終えることになります(直義のこの「計算」については現代でも評価の分かれるところですが、護良親王のみならず、多くの人間の運命を変えてしまいました。しかしながら、その「計算」を引き起こさざるをえなくなったのには、これから時行と頼重が起こす「大戦」が関わります)。

 第37話の、護良と尊氏のやり取りには戦慄を覚えました。
 なぜ護良だけが尊氏が化け物であるのかを見抜いているかについて、それは護良がかつて高僧(宗教者)であったからではないかと、先にも考えを述べました。この時代においては、宗教的な修行によって能力を得た人間は、今自分が生きて生活している世界だけでない世界との往来が何らかの方法で可能になり、現実世界にいながらは、一方では神仏(かつて雫が見ていた、牡丹たち聖獣なども含まれるかもしれません)、一方では天狗などといった妖怪の類として、この世とあの世とのつながりの部分が〝見える〟までになるのではないかと推測しています。
 護良には、尊氏の内部に潜む「全部よこせ 全部」という本性が、他の人とは違ってあのような魔物のような形で見えてしまい「びくっ」となったのでしょう。ーー尊氏の中に何らかの要因で邪悪なものが入り込んでしまったために尊氏が化け物となったのか、それとも、尊氏の中に潜む人間としてのネガティブな因子ーー魔と称したりしますーーの一つである〝欲望〟が肥大化して、魔物に見えるのかはわかりませんが(私は、これまでの松井先生の作品のテーマからすれば、後者である気がしています)、足利尊氏というキャラクター、松井先生の作品史上でも、最強最悪の敵となるかもしれません。

 さて、護良のセリフの中で「《《二番目の》》改革者」という言葉が登場し、「秦」と「漢」という中国の皇帝らしきキャラたちでの説明がありましたが、これは秦の始皇帝を最初の改革者と見立て、その秦の暴政に対して立ち上がった項羽と劉邦、そして最終的には漢の初代皇帝となった劉邦をイメージしてのものかと思います。
 「秦」に後醍醐天皇を擬した上で、劉邦に敗れて散りながらも最期まで気高くあった項羽、気のいいオッチャンな雰囲気で周囲を取り込みながらじわじわと項羽を追い詰めて「漢」を打ち立てた劉邦にそれぞれ、護良と尊氏の立ち位置の暗示もしているのだと思いました(古典『太平記』においても、そのあたりを意識して、物語上の両者の人物設定がなされているようです)。

 限られた紙面で多くの情報をくどくならずに盛り込んでいく松井先生、やはり漫画の天才ですね。

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 最後は、我らが北条時行と諏訪頼重です。

 第11話でも登場した「諏訪頼重直属の郎党 諏訪神党三大将」、かっこいいですね。ーー海野幸康《うんのゆきやす》、根津頼直《ねづよりなお》、望月重信《もちづきしげのぶ》の初全身カットでの登場です!

 第35話で、小笠原貞宗が時行を詰問する中で、「孤次郎と称す者は祢津氏の一族 そこに控える亜也子とやらは望月氏の庶子と裏が取れておる」「どちらも信濃に古くから栄える名門の血筋」というセリフがありますが、そうか、弧次郎も亜也子も、時行に釣り合うような子たちをやはり頼重は選んでいたのかと納得しました(雫も頼重の娘ですし、玄蕃もお下劣ではありますが、風間氏は諏訪氏の血筋を引く一族であるようです)。
 「いつも「暇か!」ってくらい絡んで来るのに 裏では着々と準備を進めてくれている」と時行は頼重を評していますが、このようなところにもその一端が見られます。

 このシリーズの第11回でも、三大将の彼らが滋野氏(滋野一族)であることについて触れましたが、『世界大百科事典』の「海野氏」の項目には、「平安後期から近隣の望月・禰津と並び称されていたとされる」とあります。
 また、櫻井彦氏の『信濃国の南北朝内乱』の中には次のようにありました。

 (滋野氏は)九世紀後半に信濃介や信濃守に任じられるものがあらわれたことから、信濃国と関連をもつようになったらしい。
 信濃国には多くの牧が所在し、寛弘六年(一〇〇九)には貢馬こうばの進上があったことが知られ、この貢馬の処置を命じられた「善言朝臣」という人物が滋野氏と推定されている。信濃国に下向した滋野氏が牧と強いつながりを持つようになり、牧の管理者であった望月氏や禰津氏などとの婚姻関係が形成されたと考えられている。

 ※牧(まき)…牛・馬・羊などを放し飼いにする土地・施設。まきば。ぼくじょう。
 ちなみに源頼朝との関係を修復するため、木曽義仲が頼朝のもとに嫡子を送った際に同行させた有力武将のなかに、海野・望月の滋野一族と諏訪氏がみえている。滋野氏も多くの信濃武士と同様、鎌倉幕府創期には冷遇されたものと思われ、そうした立場も裏返しとして、北条家との関係を密接なものとしていったと考えてよいだろう。

 なるほど、諏訪氏同様、「諏訪神党三大将」も、北条氏寄りの一族たちだったということです。

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 最後に、「麻呂(まろ)」登場です(笑)。
 彼のことは、先にあげた『信濃国の南北朝内乱』には次のように記されていました。

 建武政権下で信濃国の国司に任命されたのは、清原真人きよはらのまひとという人物であった。彼については、官位では従七位上相当とされる大学寮の職員「書博士しょはかせ」の肩書をもつ下級役人であったこと以外には情報がなく、その実像を知ることはできない。しかし、国司に就任すると、望月重直の娘や市河助房に所領や所職を安堵しており、職務を遂行した記録が残されている。
 ※「真人」は名前ではなくかばねで、天武天皇の時代(六八四年)に制定された八色やくさの姓のうちの一つ。よって、清原真人の実名は不詳である〔鈴木由美氏の『中先代の乱』を参照しました〕。

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 史実としての「大戦」を知る私としては、若干の興奮とともに、ひとつの結末へと向かっている緊迫感をより強く覚えています。
 しかし一方で、〝しょせん少年漫画だよね〟と言わせないような仕掛けで、史実を大きく逸脱することもなく、松井先生が大どんでん返しを構想しているのではないかという期待もあるのです。
 そのくらい、時行と、彼を支えた諏訪頼重と諏訪大社、諏訪神党には隠された秘密があると思うからです。

〔櫻井彦『信濃国の南北朝内乱』(吉川弘文館)、鈴木由美『中先代の乱』(中公新書)を参照しています。〕


 私が所属している「南北朝時代を楽しむ会」では、時行の生きた時代のことを、仲間と〝楽しく〟学ぶことができます!


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