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プルーストの『失われた時を求めて』の読み方

一応同志がいると想定して、今のところうまくいっているスタンスであったり、読みのコツであったりを話したいと思います。


『失われた時を求めて』

普通生きているとまず読まない、フランスの長大な純文学作品です。

なんで読まないかというと、、、


長すぎる(笑)。


一巻あたり500pくらいあって、筑摩書房版では10巻。

一日100p毎日読んでも、5000÷100=50日かかる計算。

最短で2ヶ月です。

文字も決して大きくはないので、僕は100p読むのに3時間くらいかかります。

一日3時間を読書にかけられますか?(笑)

おそらく読むのに半年位は必要な作品です。


かくいう僕も大学以来2回あきらめていて、今回3度目の挑戦中です。

3ヶ月位よんでいます。

でも今回はいくつか工夫しており、そのスタンスを守ることでなんとか継続できています。

では、そのスタンスの紹介に移ります。


①あらすじはネタバレ覚悟して読んだほうがいい

あらすじは読んだほうがいいと思います。

冗長な人物・風景描写の中で、力を抜くべきところと、本当に味わうべき大事なところが分からないので。

ネット上にも色々ありますが、最後までがっつりネタバレしているようなやつは興ざめなので、割とあっさりあらすじ紹介しているやつがいいのかなーと思います。

筑摩書房版は巻末にあらすじがあります。

ある程度のネタバレはありますが、読破した先人たちもあらすじを使わなければ読破できなかったから親切心であげているんです、きっと。

そう思って、この際力を借りましょう。


②引用や脚注にはほどほどに付き合う

会話の中で繰り出される古典の引用やヴィクトール・ユーゴーとかラシーヌ作品からの引用の数が多すぎるので、その辺明るくない人は脚注をさらっと目を通して、余裕があればWikipediaをみる位でいいのかなと思います。

多分ヲタク同士の会話の中で、

A「私アニメとか全然わからないんです~」

B「パターンレッド(非ヲタ)ってことね」

とか言ったり、

A「この赤い車速い!」

B「大佐専用だからさ」

と言ったりする感覚で、ポンポン古典の引用が出てくるので、疲れない程度に追いかけましょう。

ヲタ同士の会話の貴族verなわけです。

芸術作品への理解を確認しあうことで同質性を確認しているのです。

疲れたら引用は無視してもいい箇所はあります。

だって、ヲタ同士の上のような会話をいちいち調べる人がいますか?

調べなくても、まあそういう感じか、というレベルで雰囲気の確認くらいはできますよね。

それでいいのだと思います。

ある程度引用部は力を抜いて、細部の分析・解釈は仏文科の学生に任せましょう。


③無意志的時間の感覚を楽しみましょう

有名なマドレーヌのお話は、

「ある偶発的な経験が契機となって、過去の体験が間歇的に現在の時間感覚にも取り込まれていく時間の感じ方」

である無意志的記憶の感覚を表現した超有名なエピソードです。

例えば、、、

ある日鏡を前に髭を深剃りして血を流した男が、初めて女の子とデートをする日に、生えてきたばかりの髭を剃って同じように血を流したことを偶然思い出したとします。

そのときのデートの日のドキドキや多幸感はついぞ記憶の彼方に消えていたものの、「バアッ」とその無意志的記憶によって現在の自分に間歇的に取り込まれて、その記憶は、急に、偶然に、感覚と共に現在の自分とともに生きることになります。

このような、よくあるけれども進んで認識しようとはしない人間の重層的な時間の感覚の仕方を、プルーストはメタフォリカルに文章として定着させることに成功したのです。

この感覚は別の形を取りながら主人公によって何度も感覚されるエピソードです。

そして、私たちにも見覚えというか、感覚し覚えがあるけども、プルーストのマドレーヌの話がなくては理性ではっきりと認識できなかったぼんやりとした感覚だったかもしれません。

このマドレーヌのエピソードは比較的早い段階で出てくるので、読んだ感じを味わえるおいしいエピソードです。

この感じがわかったら、日常生活でその感覚がたまに現れる感じをリアルで楽しみましょう。

小説で主人公が感覚するものをリアルに追体験して物語にハマれるようになるかもしれません。


とりあえずコツとして紹介するのは以上とします。

まだいくつかあるので追記していくつもりです。



あとは徒然と。


この小説、僕は人生で読破したことがある人には一人しか会ったことがないんです。

仏文科の博士課程の人でした。

他は伝聞で、友達の塾の先生と村上春樹とかくらい?か。


正直まともに読んではいけない本だと思います。

現代社会に生きる以上、仕事の都合で他にも読みたい本があるだろうし、この本は一度手を付けたら数ヶ月は離れなれないと思ったほうがいい。

それに話の展開がひどくゆっくりなので、一度にある程度の量をガツっと読まないと前の内容を忘れてしまうし。

僕もかれこれ3ヶ月くらいかかって今半分。

そんなに早いペースではないけど、自分にはこのくらいかなーと思う分量で読み続けています。

それに、引用の量がすごい分量なので、それらについての勉強をしていたら一生かかっても読み終わることができない。。。

レトリックや背景を正しく把握しようとしたら大学に入るしかないのではないかとさえ思います。


でも、届けばいい人にだけ届けばいいというのでは、文学としては寂しくないか。大衆に裾野をもってこそというような気もする。

という思いもあって、今回こうした記事を書きました。


是非読んでみてくださーい。


p.s.

読破したらマドレーヌパーティーをする予定です。

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