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健康スポーツと東京五輪(2016)

健康スポーツと東京五輪
Saven Satow
Oct. 24, 2016

「1に運動、2に食事、しっかり禁煙、最後にクスリ」。

 2020年に東京で五輪が開催される予定です。けれども、すでに超高齢社会に達し、さらに高齢者の人口比が大きくなると予想される日本で、競技スポーツ最大の国際大会が開かれると言うのはちぐはぐです。競技スポーツは本質的に若年層が中心だからです。

 超高齢社会にとって最大の関心事の一つが健康です。高齢者であっても競技スポーツを楽しむために、普段から健康に気を使う人もいます。ただ、競技スポーツの人口は若年層が中心です。日本では多くの競技スポーツが根付いています。その中には世界的にもトップ・レベルの種目もあります。

 けれども、糖尿病を始めとする生活習慣病の人口比が上昇し続けています。競技スポーツは必ずしも中高年以上の健康増進に寄与しません。引退後に見る影もなく体形が変わってしまったトップ・アスリートも少なくありません。また、感動したり、興奮したりする観客にもBMI25以上と思われる中高年がかなり見受けられます。競技スポーツの成長がそのまま超高齢社会の健康増進につながるわけではありません。大金を投じた競技スポーツの国際大会の開催が膨らみ続ける社会保障費を減らさないのです。

 実は、日本人の1人当たりの1日平均摂取カロリーは終戦直後以下、もしくはそれ並みです。1946年は1903kcalです。1975年にはピークの2188kcalに達し、80年以降は減少傾向に転じます。2004年に19022kcalと終戦直後を下回ります。さらに、2008年には1898㎉と低下、近年でも終戦直後程度です。

 その一方、糖尿病の患者数は急増しています。1955年の患者数を1とすると、2007年には40です。およそ50年間で40倍に増加しています。これは遺伝要因だけで説明できません。摂取カロリーが減っているのに、糖尿病患者が増えている主な理由として考えられるのが運動不足です。競技スポーツが盛んになっているのに、運動不足の人が増加しています。狭義スポーツは、ですから、必ずしも健康増資に寄与するわけではないのです、

 スポーツは「競技スポーツ」と「健康スポーツ」に大別できます。両者の違いについて簡略的に解説しましょう。

 「競技スポーツ」は勝利や順位、記録向上のため、心身を最大限に鍛え、高度なパフォーマンス能力を追求します。限界に挑戦し、達成感や生甲斐などの効用の最大化を求めます。運動自体が目的です。

 競技者層は熟達度に応じてトップ・アスリートを頂点にピラミッド構造をしています。その目的上、人口構成は若年者が中心です。一般市民にとって非日常的娯楽で、見るスポーツです。

 競技スポーツの発展にはすそ野の広さが必要です。1960年のローマ五輪において、ニュージーランドが陸上種目で全般的に好成績を挙げます。その理由は市民が陸上に親しんでいたからです。市民ランナーの姿が街の日常的光景です。これを各国が取り入れ、競技者人口の増加を図ります。

 競技者人口の効果は人材の育成だけにとどまりません。関連産業・事業も成長させます。また、競技スポーツへの公的助成の際にも、民主主義国家である以上、民意の理解が必要です。

 競技スポーツに対応する医療がスポーツ医学です。これはトップ・アスリートを対象に、効果的トレーニング法や怪我の予防・治療、リハビリなどを研究・実践します。その知見を一般市民に応用するトップダウン型の普及過程をたどります。主眼は健康増進ではなく、パフォーマンス向上です。

 日本では1964年の東京五輪をきっかけに、政府が国民の運動習慣の調査・啓蒙に取り組みます。子どもの体力測定はその一例です。しかし、それは必ずしも健康との関連を科学的に検討する者ではありません。近年、過労死・過労自殺が相次ぎ、メンタル・ヘルスへの関心が高まっています。けれども、競技スポーツはメンタル・ヘルスには寄与できていません。

 ただし、競技スポーツにおいて見落とされる特徴があります。それは権利としてのスポーツです。競技スポーツは参加資格を規定しますから、その条件がしばしば差別とつながります。人種や性別、セクシャリティ、障碍などによって競技から排除されてきた歴史があります。参加する権利が競技スポーツでは社会的に問われるのです。

I’m worrying everyday
I could be anorexic
I’ll have to get into shape
Can't seem to find the right charge
Your mother she might be a swimmer
Your father must have been a vaulter

Don’t put me in skates
Ping pong I’m no great shakes
People say I’m weak
Can’t even hold her tight
You’re the star of the poolside
Your streamline curve I can’t abide

I’ll be a good sport
Be a good sport
I’ll be a sports man

I’m not sleeping these days
Maybe insomniac
Quench my thirst Flesh and Blood
I’ve got this craving for you
Your brother they ca, him Batman
Your sister we know she’s Wonder Woman

I’m seeing sundays
II could be apoplectic
The whole family gets in shape
Under the floodlights
People tell me I’m not strong
I can’t seem to find the right charge

I’ll be a good sport
Be a good sport
I’ll be a sports man
(Haruomi Hosono “Sports Man”)

 一方、「健康スポーツ」は心身の健康の回復・維持・増進を目指します。「生活の質(QOL)」、の向上を求めるものです。それ自体からも快感を得ることもありますが、運動は主に手段です。

 健康スポーツは、ウォーキングのように、概してエクソサイズの拡張です。もっとも、競技スポーツから派生したものもあります。ジョギングが代表です。逆に、健康スポーツから競技に発展したものもあります。障碍者スポーツは、もともと、リハビリを長続きするために考案されたものです。競技と健康の両スポーツを完全に分けることは困難です。そのため、手段と目的の機能から捉える必要があります。

 ライフ・スタイルの変化に伴い、活動による熱量消費が激減します。また、無理や緊張、微妙な調整が強いられる労働・生活環境によってストレスが増大しています。さらに、長寿化により高齢者人口が増加、医療や介護など社会保障サービスを利用する機会が多くなっています。こうした背景の下、幸福に生きたいという願いから健康が重要な関心事と社会的に認知されます。

 よりよいQOLを得るためですから、これは一般市民にとってするスポーツです。見ているだけで健康データは改善しません。熟達度が問われませんので、ピラミッド構造を形成しません。中高年にも多く、日常的習慣の「生涯スポーツ」です。子どもの成長や障碍者の運動機能の向上、高齢者のアンチエイジングなど広い領域をカバーし、エリートのいない「ユニバーサル・スポーツ」だと言えます。参加資格の制限がありませんから、原理上、誰もがすることができるのです。

 健康スポーツの普及には、増加し続ける社会保障費の抑制という財政上の理由もあります。予防は治療よりもコストがかかりません。けれども、それは、健康増進という個人の幸福追求が結果として社会全体の効用が増すということです。お国のために運動をしろという発想ではありません。個人の健康指向が財政の持続可能性につながるのです。

 QOL向上としての健康ですから、運動だけで達成できません。生活習慣全般から改善する必要があります。食事や睡眠なども含まれます。医療もスポーツ医学と別の見方が求められるのです。

 それがスポートロジーです。主に一般市民を対象に、生活習慣を含めた運動の健康への影響を研究・実践します。生活習慣病の予防・治療、要介護につながる高齢者の転倒・骨折防止、認知症やうつ病といった精神疾患の改善が具体的用例です。

 運動が健康によいことは古代より知られています。けれども、それは経験則であって、エビデンスに基づいているわけではありません。科学的根拠もなしに、競技スポーツに興じれば健康によいという意見は精神主義の域を出ません。

 もちろん、健康スポーツは競技スポーツを否定するものではありません。そもそも競技スポーツにしろ、健康スポーツにしろ、社交の楽しみもあります。スポーツは人間関係を広げ、強くします。社会関係資本を蓄積する作用はスポーツの重要な機能です。競技か健康かに関わらずスポーツは社会に不可欠です。

 競技スポーツやスポーツ医学の意義は社会に認知されています。しかし、競技スポーツに偏重していることは確かでしょう。メディアで活躍するスポーツ評論家は競技スポーツ関連のことばかり語ります。その競技スポーツは若年層が中心です。人口構成の現状を考慮するなら、それは必ずしも健康的ではありません。

 健康スポーツは運動習慣に立脚します。非日常的人間の限界に挑戦してきたトップ・アスリートであっても、運動をやめれば、あっという間に健康が損なわれます。健康は運動を含めた日常的な生活習慣によって増進されます。それを目指す健康スポーツは生涯スポーツです。健康スポーツの定着の上で競技スポーツが展開されるのが健康的です。

 2020年に予定される東京五輪をめぐりさまざまな問題点が噴出しています。こういう公共的なイベントは立候補に際して意思決定過程の透明性とコンセンサスの形成が重要ですが、それは招致関係者がそれを怠ったことにつきます。これでは開催に向けて人々がまとまることなどできません。反対論の中に、少子高齢化がより進む日本で開催して、その後の負担が巨額になるのではないかというものがあります。財政の持続可能性に対する懸念です。競技スポーツは健康スポーツの基礎の上に今や捉えられなければならないのです。

前へ並え
右 向け 右
左 向け 左
休め
気を付け
回れ右
ブルマー
トレパン
トレシャツ
ハチマキ
腕を胸の前に上げて
ケイレンの運動

Raise your arms up your head
Bring them down to shoulder height
Keep them straight and bend your elbows
Let your arms hang loosely down
With your back turned to the sunshine
Bend your body from the waist
Swing your arms right and left
And before you know it you'll be twitching

両手を上げて
その手を横に
第一関節、力を抜いて
体を倒して
左右に振って
もう一つおまけにまた振って
ケイレンの運動

体操 体操 みんな元気に
ケイレン ケイレン
ケイレン ケイレン ……
(Yellow Magic Orchestra “Taiso”)
〈了〉
参照文献
田城孝雄他、『健康長寿のスポートロジー』、放送大学教育振興会、2015年

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