見出し画像

ハッチポッチチャンネル翻訳篇(2)(2023)

3 HAIKU
「はい、ハッチポッチチャンネル」。
「始まるよ」。
「さあ、今回は『翻訳』の2回目ですね」。
「前回は、結局、前振りだけで終わってしまいましたので」。
「他人事のように言わないでください。あなたが話が長いので、結局、中身に入る前に終わってしまったんじゃないですか~」。
「そうでしたねー、椎名悦三郎先生のように『すみじみと反省しております』」。
「椎名悦三郎先生と言っても、見てる人はもう誰もわかんないから、そんな余計なことしなくていいの!」
「寂しい話ですね、昭和は遠くになりにけり」。
「もう放っておきましょう。前回少しだけ触れたんですが、NHKがウクライナの俳句のニュースを伝えてたんですね。要するに、ウクライナに俳句の愛好家の人たちがいまして、日本の俳人の方々と、例えば黛まどかさんとかと交流しているっていうんですね」。
「戦時下のウクライナで?」
「そうです」。
「そのウクライナの人たちは日本語で創作してるんですか?」
「違うんです。記事の主人公の方はロシア語ですね。この俳句のニュースは、その~、ソース言語指向かターゲット言語指向かよりも、ちょっと複雑なんですよ」。
「へー」。
「とりあえず、そのニュースを聞いてから、この話をします」。
「じゃあ、読み上げソフトに読んでもらいましょう。われわれが話すより聞きやすいですし。だいたい、まあ、私視覚障碍があるんで、活字が読めないんですね。だから、普段から使ってるんで。読み間違いがあるかもしれませんが、そこは後から訂正すればいいんで」。
「この記事少し長いですよ」。
「だから、全部は流さない。後ろは切る」。
「そう」。
「読み上げ速度は標準、つまり真ん中よりほんの少し早いだけ。普段私が使ってるレベルですね。どうせ倍速視聴とかされるから、速度を上げすぎると、聞き取れなくなるから」。
「倍速も慣れですけどね」。
「そう。倍速倍速って騒いでるけど、俺に言わせれば、お前ら、視覚障碍者の読み上げソフト使っているとこ聞いたことあんのかって思うね」。
「カセットテープンの『キュルキュル』って早送りの感じで聞いてるよね」。
「そう。昔のラジカセの、ガッチャンと押すボタンのタイプの、再生と早送りを同時に押すと流れる速度の音声ね。あれで視覚障害者は聞いてる」。
「ざっと読むことができないからでしょ?」
「そう。全盲の人にとって文章はデジタルじゃなくて、アナログなわけだよ。ななめ読みができないから、最初から聞かなきゃいけない。そしたら、時間が足りなくなる。同じ情報を入手するにも不利なわけだよ」。
「慣れると、あれで聞こえるようになるんだものね」。
「でも、視覚障碍者も小津安二郎の映画を倍速で聞きたいとは思わない。あれは表現だから。たんに情報を仕入れるだけなら、倍速でいいけど、付加価値の大きいものは標準でないと面白くない」。
「映画も倍速する人もいる」。
「それは付加価値を味わえない馬と鹿の区別がつかない人。ついでに言うとさ、出版関係の人でさ、あの~、活字の本の方がブックデザインもいいし、肌触りもあるし、電子書籍よりいいって活字の本を擁護する人がいるけど、そんなことわかってるって!活字本は歴史があるんだからさ。そうじゃなくて、活字だから読めない人がいるんだよ!その人たちにとっては電子書籍が必要なんだよね。文学とか思想とかはさ、少数派や虐げられてきた人の声をくみ上げることがあるわけだけど、ハード面は全然なってない!相変わらず縦書き中心だしね、本も雑誌も。縦書きは視覚障碍や読書障害には読みにくいんだって!中国だって横書きだよ。縦書きは論語とかの古典だけ。読書障害の人は、一文字ずつ読めるように、定規みたいの当てて前の字を隠して読んだりするんだよね。縦書きはしんどいんだよね。自分には敏感だけど、他人には鈍感っていうかさ。活字だから読み書きができない、活字障害っていうかそういうものがあるんだよ!その点、青空文庫はいいねー!わかってらっしゃる!」
「まあまあ抑えて、抑えて」。
「ちょっと感情的になっちゃったなー(苦笑)」。
「講談社や河出で仕事してたでしょ?あの時、どうだったの?」
「あの時?横書きだよ。ワードをメールの添付で送るから」。
「縦書きじゃないの?」
「横書きだよ。原稿は。原稿用紙で書いてらっしゃるベテランは縦書きだったでしょうけど、俺は横書き」。
「横書きでもかまわないわけ?」
「もらった原稿を差、出版の方で、TeXとかのマークアップ言語でテキストファイルに書くわけだよ、印刷するための組版として。今はどうかわかんないけど。だから、新人賞に投稿する新人相手だけ、縦書き要求は。でも、世の中には諸般の事情から、作品内容の場合もあるけど、横書きの方がいい人もいるので、それに合理的配慮したらってことさ」。
「でも、ゲラは縦書きだったんじゃない?」
「そう、縦。校閲の直しが入ったゲラがPDFで送られてきたわけよ、編集から。あんなもん、画像だから。『俺、弱視で中心視野欠損だから、PDFだと見えないよ。読み上げソフト使えるのでないと、わかんないよ』って言ったらさ、『え!どうしましょう?』って言うから、『どうしましょうって、どうにもならないんでしょ?』って言ったら、『はい』って言うからさ、しょうがないから、お前さんに頼んでやってもらったじゃない?覚えてるだろ?」
「覚えてる。びっくりした。ワードは校正書き記せるのに、なんでこんなことやってんだろうって思った」。
「まあ、ああいうのは職人技だから、昔ながらのやり方を通すのもわからんことはない。ただね、全般的に配慮が欠けてると思うにね、文学の読み書きには眼の悪い人がいることを前提にしてないって言わざるを得ないんだよね」。
「ところで、文学ついでに、今ここで話していること、つまり会話をそのまま書いたら私小説になるんじゃない?」
「いや、アナトミー」。
「何それ?」
「文学ジャンル論では諷刺の別名。プラトンの対話篇を思い出せばわかるけど、あそこでしゃべっているのはそれぞれ思想の記号なわけ。だから、一種の諷刺」。
「最近、そんなのあまり見ないね、気のせいかな」。
「これ、知的なジャンルだから。知性主義的。80年代には対談や鼎談、シンポジウムが人気で、そういう本がずいぶん出てた。あの頃はオシャレで知的でなければならない時代だから。そうね〜、漱石の『二百十日』なんか、これよ。全編会話だらけ」。
「なるほどね。それはそうと、早く読み上げさせましょう」。
「そうですね」。

4 クライナ 地下壕から詠む 平和の句
「ニュース記事のタイトルは『ウクライナ 地下壕から詠む 平和の句』です。配信は2023年3月3日 11時43分です」。
「さっき聞いた時、『地下壕』を『ちかほり』と読んでました。そういう読み間違いがありますが、常識的知識があればわかるはずですからね。このソフトは人間の裁量的理解を前提にしてますから、人間なんですからいちいち目くじらを立ててはいけません。では、スタートです」。

「地下壕に 紙飛行機や 子らの春」
戦闘が続くウクライナ、避難した地下壕(ごう)の中で、1人の若い女性が詠んだ句です。いまだ攻撃が絶えない中、5-7-5の短いフレーズに託された平和への祈り。今、日本に届けられています。
(京都放送局 記者 海老塚恵)
京都の神社に世界から俳句が
去年11月、京都の梨木神社に180もの俳句が展示されました。
世界40か国から寄せられ、英語やフランス語などで詠まれた句には、平和へのメッセージが込められています。
展示のきっかけは、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻でした。
企画した俳人の黛まどかさんは、展示に平和への願いを託していました。
黛まどかさん
「俳句は世界でいちばん短い文学です。でも、小さな詩が大きなかたまりになり、そして大きな言霊になって、争いを止める一助になればいいと思います」
ウクライナからの俳句
この展示に、今もなお戦闘の続くウクライナから、俳句を送った人がいます。
ウラジスラバ・シモノバさん(23)です。
14歳の時、病気のため入院していた病院で、江戸時代の俳人、松尾芭蕉や与謝蕪村の俳句について書かれた本に出会います。
短い句の中に複雑な思いや情景が込められていることに深く感動したウラジスラバさん。
その日から、およそ10年にわたって俳句を詠み続けてきました。
ところが、22歳の去年2月、ロシアが軍事侵攻を開始。
当時、ウラジスラバさんは、ロシアとの国境に近い、ウクライナ東部のハルキウに住んでいました。
明け方の午前4時、爆弾の音で目を覚まし、すぐさま両親と愛犬とともに、地下壕に避難します。
そこから、地下での生活が始まりました。
ウラジスラバさん
「はじめは十分な食料もなく、満足に横になり眠るスペースすらありませんでした。地下壕は人がいっぱいで、みんな恐怖にかられていました。過酷な時間でした」
近所の家族と肩を寄せ合い、身を守る生活。
それでも無邪気に遊ぶ子どもたちの姿に、ウラジスラバさんは心を打たれたと言います。その光景を句にしたためています。
「地下壕に 紙飛行機や 子らの春」
ウラジスラバさん
「俳句を詠むということは、私にとって、日記を書くことに似ています。自分の生活が地下壕に移った時、俳句を詠むことで戦争の記憶や感情を、自分なりに受け止めようとしたんだと思います。この日々を句として詠むことで、後に世界の人たちにも共有できると思ったんです」
「HAIKU」とは?
梨木神社には、ウラジスラバさんをはじめ、世界各国から俳句が寄せられました。
この海外の俳句とはどのようなものなのでしょうか。
俳句は、アルファベットで「HAIKU」とも表されます。
松尾芭蕉や小林一茶などの俳句が海外の言語に訳される中、徐々に広がりを見せていきました。
最大の違いは、5-7-5のリズムが、「音節」で示される点です。
例えば、ウラジスラバさんが詠んだ句。
「地下壕に 紙飛行機や 子らの春」
英語では、
Children are playing
Flying their paper airplanes
In the bomb shelter.
この句を音節に分けると、
Chil/dren/ are/ play/ing(5)
Fly/ing/ their/ pa/per/ air/planes(7)
In/ the/ bomb/ shel/ter.(5)
必ずしも「季語」を含まなくても、季節を感じさせる言葉があればいいともされるほか、5-7-5でなくても、近い形で韻を踏んでいればよいとする人もいるということです。
ウクライナでは子どもたちに俳句を教えている学校もあるということで、世界でファンを増やしています。
俳句に込めた思い
ウラジスラバさんが日本に送った句の言語は、ウクライナ語ではありません。ロシア語です。
育ったハルキウでは、かつてロシア語のほうがよく使われ、ウラジスラバさんもロシア語を使ってきました。
今や、ウクライナでは「敵性語」とも言えるロシア語。
ウラジスラバさんも、話す言語はウクライナ語に変えました。
しかし俳句を学ぶため、ウラジスラバさんが目にした本は、すべてロシア語で翻訳されたものでした。
ウラジスラバさんは、複雑な思いを抱えながら、ロシア語で軍事侵攻下での生活や思いを句として詠んだと言います。
ウラジスラバさんには夢がありました。
みずからの俳句集を作りたいという願いです。
黛さんに、俳句とともに、この思いを込めて、メールで送信しました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?