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エネルギーの民主化運動(2011)

エネルギーの民主化運動
Saven Satow
Jul. 03, 2011

「個人的な怒りの力で無関心を社会参加へ変えよう」。
ステファン・エッセル(Séphan Hessel)『怒りなさい!(Indignez-Vous!)』

第1章 脱原発時代の到来
 今や脱原発はエネルギーにおける民主化運動である。原発事業は政官財学報の利権のペンタゴンによって成長している。3・11以降、一般も広くからくりを知り、その社会性と倫理性に欠けた姿に驚き、呆れ、怒りを爆発させる。この体制は独占と呼ぶだけでは十分でない。独裁である。民主主義がそこにはない。

 彼らは原発の安全性へ疑問を投げかける専門家を迫害したにとどまらない。社会心理学者が唖然とするほど集団的浅慮に囚われている。1990年、東北電力女川兼視力発電所建設所の阿部壽・菅野喜貞・千釜章が「仙台平野における貞観11年(869年)三陸津波の痕跡高の推定」を学術誌『地震2』43号に発表する。これは女川原発2号機の設置許可申請のために実施された調査の一環である。同1号機の建設申請の際には、史料を検討して想定される津波の高さを3.1mとしている。ただし、総合的な判断により、女川原発の敷地は高さ14.8mの位置に選定される。その後、古地震の調査法が進歩し、それをとり入れた2号機の調査では、数値が大幅に訂正される。想定される津波の高さは、実に、9.1mである。これを算出したのは反原発の立場の研究者ではなく、建設しようとしている当の東北電力の関係者である。ところが、東京電力はこの研究成果を無視する。2011年3月11日、福島第一原発は津波の直撃を受け、レベル7の事故へと至っている。もっとも、女川原発がそうならなかったのはラッキーだっただけである。女川を襲った津波の高さは13mであったが、1mも地盤沈下したため、わずか80cmの差で直撃を免れている。

 なるほど、地域や国家に利益をもたらす企業や産業に対して批判を加えにくいというのは、何も日本の原発関連だけとは限らない。そういう組織と社会正義を実践しようとする人物との戦いは映画でよく見られる。スティーブン・スピルバーグ監督の出世作『JAWS』もそうした文脈から見ることができる。

 しかし、今、人々が感じているのは、エネルギー分野で、自分たちが井の中の蛙にすぎなかったという恥ずかしさである。3・11以後、マスメディアは堰を切ったように世界のエネルギー事情や国内の研究について報道し、それに接した人々は愕然とする。日本のエネルギー政策は惨めなまでにだらしない。各国の政府は脱原発のエネルギー政策に意欲的にとり組んでいる。一方、日本の専門家・起業家も代替エネルギーに関する挑戦的な研究・開発を続け、また地熱発電など分野によっては国内企業がすでに世界シェアの多くを持っているのに、それを生かしていない。多くの企業がエコ・エネルギー市場で世界と渡り合えるだけの潜在的力を有しながら、国の原発推進政策を忖度して、それを封印している。日本は、原発に依存しすぎていたために、世界のエネルギー政策の流れからすっかりとり残されている。

 自然エネルギーを開発し、自給どころか、その輸出にとり組んでいる国も少なくない。いずれの国も、エネルギー資源を輸入に依存していると、電力供給が不安定になることを悩み、純国産とも言うべき自然エネルギーへとシフトしたものの、紆余曲折があったが、現在では軌道に乗り始めている。

 人口一人当たりの電力消費量が世界一なのは長らくアイスランドである。しかし、同国の発電の中心は水力と地熱であり、温室効果ガスの排出が多いわけではない。人口30万人の島国であるが、潜在的に先進国平の均的な消費量で600万人分が利用可能である。この豊富な発電力を背景に、同国は電気の輸出を行っている。それは莫大な電力を必要とするアルミニウム産業の誘致である。実は、アイスランドの人口一人当たりの電力消費量が高いのはこの工業の反映であり、電気の間接的な輸出の数値である。

 また、スコットランドはオークニー諸島に強烈な潮力と風力の資源を有している。欧州全体の25%が集中していると言われる。スコットランドのブルー・エネルギーは北海油田に匹敵する富の源泉である。同国は潮力や波力、風力を生かして国内需要の倍以上を発電し、それを他国に直接輸出しようと試みている。

 スペインは風力を始めとする自然エネルギー発電が主力である。天候をコンピュータで予測し、電力供給を制御している。不足に悩むどころか、すでに安定供給が達成されている。過剰分はフランスやポルトガルに輸出している。エコ・エネルギーの伸張のきっかけとなったのが左派の社会労働党政権による原発政策の見直しである。現在でも課題がないわけではないが、エネルギー問題を自分のこととして考え、官民上げてとり組むという民主主義の成熟をもたらしている。

 さらに、域内での戦争の危機が事実上なくなったEU諸国を中心に、2011年7月1日付『朝日新聞』の「電力の選択5」によると、欧州・地中海世界をまたぐ巨大な送電網構想が進められている。太陽光や太陽熱、風力、潮力、水力など各国がそれぞれの事情に応じた得意の自然エネルギーの発電を国境を越えて送電網でつなぎ、コンピュータで予測・制御して電気を行き交わせる。電力不足に陥りそうになったら、ノルウェイの水力発電、別名「ジャイアント・バッテリー」がそれを補う。エネルギーめぐって紛争が耐えなかった時代が遠くなりつつある。

 自然エネルギーに積極的なのは欧州だけではない。中国の風力発電設備容量は2010年末現在4200万キロワットに達し、世界一である。原発増設にばかり注意が向きがちだが、以前から中国は再生エネルギー開発に力を入れており、その成長は目覚しい。太陽光発電設備に関して、世界の半数を生産している。同国の風力発電だけで関西電力の層発電容量を上回る。今後もさらに増設される予定である。その関西電力は、2010年3月10日、中国の有限事業組合である広西百色ドンスン水力発電所と風力発電会社、華能寿光風力発電有限公司から計49万トンの二酸化炭素排出権を購入すると発表している。

 日本は、資源に恵まれていないのだから、自給率を上げるためにも準国産資源である原子力発電を増設すべきだという意見は、たんに石油を前提していたにすぎない。むしろ、日本は自然エネルギーが豊富である。自然に恵まれていると自慢しながら、それを利用することも工夫せず、ただ眺めるだけである。四方を海に囲まれ、おまけに近海に強力な黒潮が流れている。河川や沼地も多く、火山活動も活発である。電力の最大の消費地である東京も決して捨てたものではない。東京の緯度はモロッコとほぼ同じで、夏は高温多湿で、冬は低音低湿である。公団住宅は、冬季でも晴天の日には南向きの部屋に1日4時間の日照があることが条件となっているが、これをクリアできる欧州の主要都市はない。年間を通して、比較にならないほど東京には日射量がある。しかも、代替エネルギーに関する各種の技術力も高い。発電だけでなく、さらなる省エネ・節電のテクノロジーも期待できる。決断さえすれば、秘めたるエコ・エネルギーの潜在能力が顕在化し、電力の効率的な使用法を発展し、世界を驚かせることも可能である。この有望市場への新規参入が相次ぎ、原発とは比較にならないほどの幅広い雇用が創出されるだろう。

第2章 今こそ民主主義を!
 渡部恒三民主党最高顧問は,2011年5月30日付『朝日新聞』の連載記事「神話の陰に」において、「おれが政治の世界に入った頃にはもう原発は安全だ、日本は原発で高度成長していくんだというのは、賛成、反対以前の『国策』だったんだ」と吐露し、自らの追従姿勢を今や恥じている。国策は国家目標達成のための産業・インフラ等整備への保護政策を意味する。戦前、国策と共に成長したのが財閥である。民主主義の復活・強化の妨げになる財閥は解体され、意欲的な起業家が登場し、彼らが戦後日本の顔として世界を席巻する。ホンダやソニーはその一例である。脱原発はこの財閥解体に相当する。

 日本の原発は著しく閉鎖的な電力産業の体質と結びついている。戦時下に誕生し、戦後も存続したり、廃止された後に復活したりする制度法律、体系が数多く見られる。源泉徴収や終身雇用、一県一紙制など枚挙にいとまない。「四〇年ごろまでに試みられた制度や法律、体系が戦後になってかっちりとしたシステムになって枝葉を伸ばし、現在に至っている。これはセ昭和恐慌から平成までの大まかな流れだ」(森毅『いまにして思えば三〇年代が時代の転換期だった』)。電力事業もその一つである。

 1938年4月、第一次近衛文麿内閣が電力国家統制三法案、すなわち「電力管理法案」・「日本発送電株式会社法案」・「電力管理に伴う社債処理に関する法案」を公布する。電力管理法に基づき、国内のすべての電力施設を国家が接収し、日本発送電株式会社によって管理・運営させる。電力業界は、この国家管理の動きに、激しく反発する。中でも、「電力王」松永安左エ門東邦電力社長は軍部に追随する官僚を「人間のクズである」と罵倒している。しかし、軍部や政府からの圧力に抵抗しきれない。41年の配電統制令によって、配電も全国を北海道・東北・関東・中部・北陸・近畿・四国・中国・九州の九つの配電会社が行うようになる。大戦後、50年公布の電気事業再編成令と公益事業令により、51年5月、日本発送電の設備と配電会社の供給区域をほぼ引き継ぎ、九つの電力会社が誕生する。この体制が現在まで維持されている。

 日本の電力会社は発電・送電・配電をすべて独占している。先進国において、こうした形態は存在しない。発送電分離の意義はすでに一般にも知られている。ただ、見逃されているのが配電事業である。現在の電力会社の地域独占の区域は、戦時中の旧配電会社のそれを引き継いでいる。ちなみに、いわゆる道州制もこの区分であり、論者が統制ではなく地方主権と言っていることは憤飯物だ。東京電力の原発が東北電力管内の福島や新潟に立地しているのも理解できるだろう。発電所から電気を送るのが送電、最後の変電所から家庭や事業所、工場などの末端に度解けるのが配電である。配電変電所から配電線で末端まで電気が運ばれるが、トランスから各家庭の取付金具までを特に引込線と呼ぶ。ここまで電力会社の財産である。引込線から家庭に入ってきた電線は電力量計、いわゆるメーターを通って分電盤へと届き、そこからそれぞれに配線される。このメーターは電力会社が使用量を検針する目的で設置している。消費者がメーターから自分で情報を得て節電に役立てることはできない。配電事業は、末端を管理するので、確実に利益を上げられる。配電事業の開放はその地域独占の根幹を揺るがす。

 電力会社にとって配電事業がいかに重要であるかは、沖縄電力がよく物語っている。沖縄電力は、54年2月に沖縄を統治するアメリカ民政府の一機関として発足した琉球電力公社を前身としている。配電事業は民間会社が担当している。72年5月、本土復帰後、同公社の業務を引き継ぎ、政府と沖縄県を出資者とする特殊法人が設立される。発送電業務を主体とする沖縄電力と配電業務を担う配電5社が併存している。配電事業は民間で十分に利益を出せ、それを組みこめなければ、電力公社の民営化が難しい。76年4月、前者が後者を吸収合併して発送配電の一貫体制を確立、88年10月、民営化が実現している。

 こうした独占体制に、政府による厳しい監視・管理が必要とされる核が組みこまれると、それが癒着と利権の溜まり場になることは眼に見えている。政官財界は、日本学術会議が打ち立てた「公開・民主・自主」の原子力の平和利用三原則をないがしろにし、電力供給の手段であるはずの原発がそれ自体で目的化する。ブレーキのないダンプカーのごとく原発政策を推進していく。「原子力の平和利用」は「原子力の利権利用」へと変容する。それを象徴するのが熊谷太三郎である。この熊谷組の二代目社長は、62年7月、福井を地盤に自民党の参議院議員となり、科学技術庁長官と原子力委員会の委員を勤め、もんじゅの建設を猛烈に推進する。若狭湾沿岸に原発を誘致し、その建設で抽象ゼネコンの熊谷組は準大手に成長し、自身も北陸一の金持ちに成り上がる。この原発長者の尽力により、47都道府県の中で可住地面積41位の福井県に商用炉が国内最多の13基あり、若狭湾沿岸は「原発銀座」と呼ばれているほどだ。こんなうまい話をみすみす見逃す手はない。利権のペンタゴンは原発以外の選択肢をあれこれ言い訳をしてつぶしてきていく。それはエネルギー政策における民主主義の衰退の過程である。

 フクシマはこうした歴史の流れの中で起きている。このシビア・アクシデントはエネルギー政策における権威主義体制の帰結である。にもかかわらず、政府や電力会社、政治家がそれを自覚していない。

 2011年6月26日、軽罪産業省は、定期検査で停止中の九州電力玄海原子力発電所の2・3号機の再稼働をめぐり、佐賀市で県民7人を招いて説明の場を設け、地元ケーブルテレビ・インターネットで生中継する。出席者を選んだのは、国が委託した広告会社である。原子力安全・保安院の黒木慎一審議官らが電力各社に求めた緊急安全対策の概要などを説明し、それと県民との質疑応答を合わせて90分間が用意されている。質問は1回1分、回答は2分以内である。コンセンサス会議の時代だというのに、こんなことをしている。

 会場の周辺では、わずか7人を理由も曖昧なまま選んだことを始めとし、この説明甲斐が茶番であると多数の人々による抗議活動が展開される。それどころか、終了後に、広告会社があざとく選んだはずの参加者からも不満が噴出する有様である。にもかかわらず、古川康佐賀県知事は報道陣にこうした説明会を評価するコメントを述べている。この元自治官僚は、27日、安全対策などに関する県民向け説明会を7月4日以降に数百人規模のホールで県が主催開催すると発表したものの、29日、海江田万里経済産業相との会談後、「安全性の確認はクリアできた」と話し、再開を容認する姿勢を示している。

 これがフクシマを招いた体質である。現代民主主義社会においてやってはいけないことのオンパレードだ。彼らはコンセンサス形成のための熟議、すなわち民主主義的プロセスを儀式に変えてしまっている。ジョン・デューイは、『民主主義と教育』において、「民主主義とは、たんなる政府の形態ではない。一つの集団生活の形式であり、相互の経験を各員が共同に理解し合うような生活形式である」と言っているが、およそこの定義に合致しない。市民のパブリック・エンゲージメントがまったく考慮されていない。民主主義への逃げ腰の姿勢がフクシマを引き起こしたという認識が皆無である。

 今回の福島第一原発事故をめぐって、官邸や政府、東電による事故発生の際の記者会見等のクライシス・コミュニケーションの不備が市民から怒りを買っている。クライシス・コミュニケーションはコミュニケーションの階層構造の最上層に位置する。これは、デイリー・コミュニケーションが土台となる最下層として、その上にそれぞれサイエンス・コミュニケーション、リスク・コミュニケーション、クライシス・コミュニケーションという四層の階層で構成されている。専門家と市民の間でデイリー・コミュニケーションが行われ、信頼関係が構築されていなければ、クライシス・コミュニケーションは成立し得ない。

 この説明会はリスク・コミュニケーションの場である。専門家がリスクを率直に明示し、市民がそれを踏まえた上で、今後を考える。こういうリスクがこれだけの確率で想定されているかに触れず、安全性だけを訴えるのはPRというものだ。デイリー・コミュニケーションもサイエンス・コミュニケーションも普段はおろそかにしていて、当然、それがうまくいくはずがない。

 科学技術に関する専門家と市民のコミュニケーションで重要なのは、前者による後者への正確な情報の伝達でだけではない。市民は正確な情報を聞くのみならず、それに関して話し合うことを望んでいる。どんなに正しくても、専門家の話を聞いているだけでは嫌なのであって、自分たちにも言わせろというわけだ。市民は、横や双方向を含めた多様なコミュニケーションを通じて、抱いている不安や意見を相互に交感し、その情報の妥当性を吟味し、納得して判断した行動をしたい。6月26日の説明会はこれがまったく考慮されていない。市民にただただ不満が募っただけである。

 しかも、知事が再稼動の容認を発表した後に、県民に向けた説明会を再度実施するというのは、どう見ても、たんなる儀式でしかない。エネルギー政策について従来は他人事として考えていたけれども、自分の問題として市民が議論しようとしているのに、その機会を奪うのは、民主主義を冒涜する行為だ。3・11以後、市民が意思決定の過程に参加し、同時に責任も負う時代を迎えていることを自覚している。エネルギー政策に関するパブリック・エンゲージメントを認めようとしないとすれば、それは3・11を他人事と考えている証である。

 地震・津波・原発事故・風評被害に見舞われた福島県はもう決意している。2011年6月27日、佐藤雄平福島県知事は県議会で、「原子力に依存しない社会を目指すべきだとの思いを強く持つに至った」と「脱原発」の姿勢を表明する。「県民は日々、放射線の不安にさいなまれ、子どもも安心して学校に通えないなど、原発の安全神話は根底から覆された」とし、「多くの県民が原子力依存から脱却すべきだという意見を持っていると考えている」と語っている。同県の有識者委員会も、6月15日、復興ビジョンに「原子力に依存しない、安全・安心で持続的に発展可能な社会づくり」を目指す「脱原発」の理念を盛り込む方針を決定している。

 脱原発を地域の活性化につながると考える知事も現われている。平井伸治鳥取県知事は、太陽光発電で2020年までに県内総生産150億円、雇用1100人を増やす目標を掲げている。また、嘉田由紀子滋賀県知事は、電力会社から購入していた電力の半分を地域エネルギーに転換すれば、1000億円の収入が地元企業に回せると国会議員に訴えている。脱原発は地方に活性化のための多くの選択肢、すなわち可能性を提示する。J・ブライスは「地方自治は民主主義の学校である」と言ったが、脱原発がその教材となっている。

 脱原発は今や日本の民主主義の試金石である。なしくずしの現状維持に未来はない。腹をくくれ!
〈了〉
参照文献
菊池誠監、『電気のしくみ小事典』、講談社ブルーバックス、1993年
高橋和夫、『改訂版国際政治』、放送大学教育振興会、2004年
武田譲、『新訂バイオテクノロジーと社会』、放送大学教育振興会、2009年
森毅、『年をとるのが愉しくなる本』、ベスト新書、2004年
Séphan Hessel, “Indignez-Vous! “, European Schoolbooks Limited,2010


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