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三文批評、あるいはベルトルト・ブレヒトの『三文オペラ』(3)(2006)

3幕 所有をめぐる争い
 
 ピーチャム
観客の皆様。ついにこういうわけで
メッキース氏が絞首刑にされる場面となりました
なぜってキリスト教徒の世界では
どこでも人間は決してお目こぼしはしてもらえないからです。
 
しかし皆様がこの芝居でも
どうせ同じことだろうと思われぬために
当方はメッキース氏を絞首刑にせず
別の結末を考えることにしました。
 
皆様にはせめてオペラの中ぐらいは
正義より温情が通じるところを見ていただきたい。
そこで皆様のご期待に応えて
これから女王の馬上の使者を登場させます。
 
 『三文オペラ』が活字として出版されたのは、初演から年月が経った1931年である。その後、版によって記述が少なからず異なるというおよそ20世紀の作品とは思えない現状がある。
 
 しかも、ブレヒト作品の中で、『三文オペラ』以上に著作権の問題に振り回されているものはない。翻訳者の岩淵達治によると、『三文オペラ』の上演に際して、ベルリンの壁崩壊以前は、東ドイツの遺産継承委員会が西ドイツでの上映を認めなかったし、統一後でも、上映権所有者ズールカンプ社と音楽著作権所有者のクルト・ヴァイル財団の間で訴訟合戦が絶えない。
 
 おまけに、クルト・ヴァイル財団は曲の使用料を高く設定し、曲の音程を変えることを許可しない。俳優は四苦八苦して合わないキーの声で歌うか、セリフにしてしまうかということが少なくない。『三文オペラ』は、こうした状況により、その上演自体が三文芝居となっている。
 
 ブレヒトの生前においても、この傑作は著作権の問題に見舞われている。ブレヒトはヴィヨンやキプリングの詩の翻訳をそのまま使っているが、これに関しては脇が甘かったと言わざるをえない。KL・アマーによるヴィヨン詩の翻訳を無断借用したせいで、新聞で謝罪した挙げ句、印税を二・五%支払い、和解している。その上、絶版状態のその訳詩集が再版され、この反ユダヤ主義者のために、序文を書くことになる。キプリングの訳詩の件では、幸いにも、翻訳したハンス・ライジンガーに打診していたおかげで、事なきをえている。
 
 著作権をめぐる問題は、『三文オペラ』が極めて20世紀的な創作の方法、すなわち集団的匿名に起因する点も少なくない。「嫉妬のデュエット」の二番をウィーンの著名な諷刺作家カール・クラウスが作詞しているように、これは集団的匿名の作品であり、古典的な意味でのオリジナリティは成り立たない。
 
 ブレヒトは才能に恵まれた一人の天才が芸術を生み出すという説を否定し、集団的匿名によって作品を制作する。トーマス・エジソンさながらに、何人かの協力者と共に、いくつかのプロジェクトを同時進行させる。ところが、ジョン・ヒューギーは、一九九四年、『ブレヒトの生活と虚偽』において、ブレヒトの作品の大半が周囲の協力者に負っていると暴露している。ブレヒトは協力者の研究成果を独り占めにして、1952年にノーベル医学・生理賞を受賞したセルマン・A・ワクスマンだというわけだ。
 
 確かに、『ハッピー・エンド』に関しては、台本はエリーザベト・ハウプトマンが執筆し、歌詞だけブレヒトが書いたというのが定説になっているが、ヒューギーの説は信憑性に乏しいとされている。プライオリティ探しに躍起となるより、ブレヒトの創作における集団的匿名性の新しさを見るべきだろう。
 
合唱
聞け、誰か来る!
女王の使者だぞ、馬にまたがって!
ブラウン 戴冠式のこの佳き日に女王陛下はメッキースを恩赦された。(一同、歓声をあげる)彼を貴族となし──(歓声)──マーマレルの城館と年金一万ポンドを与えよと命ぜられ、新婚の夫婦に女王は有難き祝辞を賜わった。
マック 助かった、助かった!わかっていたさ。危険が迫りゃ救いも近い。
ポリー 助かった、愛しのメッキースは助かった。幸せよ。
ピーチャム夫人 これで一切ハッピー・エンド。人生はこんなに簡単。女王様が救いの手をのべりゃ。
ピーチャム だから、すべてあるがままにしておこう。そして、うたおう、今お見せした貧乏人の歌を。本当の世界では、救いの神は来ない。ひどい末路だぜ。踏みつけあうのがオチさ。だからあまり不正を追求するな。
全員
不正をあまり追求するな
この世の冷たさに遭えば
不正もやがて凍りつくさ
考えろ、この世の冷たさを。
 
 集団的匿名性同様、従来、ブレヒトの演劇はかなり詳細に論じられてきたものの、「三文性」はあまり省みられていない。ブレヒトにとって、三文性は極めて重要である。『三文オペラ』から派生した『三文小説』や『三文裁判』など執筆しているけれども、彼は知名度を獲得する以前から三文性をとりあげている。
 
 1927年、ブレヒトは文芸誌が募集した懸賞抒情詩の審査員を務めていたが、感傷や欺瞞、世間知らずというカタルシス的姿勢に辟易とし、『でかした、鉄の男』に賞を与えている。それはスポーツ新聞に掲載された自転車競技のチャンピオンを讃えるグリーティング・カードのメッセージである。ブレヒトの三文性はベンヤミンの「アウラ」の消滅に対応する異化効果である。
 
 三文性は、近年、ブレヒトから影響を受けていないと思われる映画人たちによって認められ始めている。東西冷戦構造が崩壊し、ナショナリズムや原理主義が世界を席巻するカタルシスの時代が到来する。その状況に対する異化効果として三文性が用いられるようになっている。
 
 クエンティン・タランティーノは『パルプ・フィクション』という文字通り三文性を強調した映画を撮っているし、ロバート・ロドリゲスはロード・ムービーとヴァンパイアという不思議なコンビネーションの映画『フロム・ダスク・ティル・ドーン』を発表している。また、ティム・バートンは「史上最低の映画監督」エド・ウッドをめぐる『エド・ウッド』を彼の映画のスタイルを援用して製作している。マイケル・ムーアに至っては、『華氏911』において、ウサマ・ビン・ラディンとジョージ・W・ブッシュ政権との『三文オペラ』まがいの関係を描いている。
 
 ブレヒトの作品には娯楽性があるのに対し、彼の後継者たちからはそれが失われているケースが少なくない。他方、これらの映画人は、ブレヒトと同じように、高いエンターテインメント性を保持している。ポストモダン以降、一元的アイデンティティの不在に伴い、カタルシスが復活したため、ブレヒトを意識していなくとも、三文性が感情移入を妨げる異化効果として注目されたのである。
 
 これまで述べてきた定義づけの試みは、もっとうまく提出されるべき課題にほかならないが、最後に、いまいちど立ちかえると、観客の意識は戯曲それ自体であることが明白になるだろう。── それは、飢容を前もって戯曲と結合させる内容、そして戯曲そのものにおけるこの内容の生成、つまり、戯曲が例の自己認知──その姿とその存在は戯曲にあるが──のあとに生みだす新しい結巣、そうしたもののほかには、観客が意識をもたないという本質的な理由にもとづくのである。ブレヒトは正しかった。つまり、演劇というものが、自己のあの不動の認知非認知にかんする、「弁証法的」でさえある注釈である、ということ以外の目的をもたないとすると、──あらかじめ観客は音楽を知っていることになる。それは観客の音楽なのだから。反対に演劇があのおかすことのできぬ姿をゆり動かすこと、人をまどわす意識という空想的世界のあの不動の領域たる動かざるものを動かすことを目的とする場合、戯曲はまさしく観客における新しい意識の形成と生産、──あらゆる意識と同様に未完成ではあるけれども、あの未完成そのもの、あの距離の征服、あの無尽械の現実的な批評行為によって動かされる、意識の生産と形成なのである。しかも戯曲はまさしく、新しい観客、つまり芝居が終わるとき演じはじめ、芝居を完成させるためにのみ──ただし実人生においてだが──演じはじめる俳優をつくりだすものなのである。
(ルイ・アルチュセール『「ピッコロ」、ベルトラッチーとブレヒト』)
 
 『三文オペラ』はブルジョア批判のモダニズム芸術の一種として登場したが、ポストモダン以降の芸術のプロトタイプと言ってよい。モダニズム芸術には奇抜さや難解さが見られ、似非知識人ならびに新聞やラジオといったメディアがその意味を解説しなければならない。ところが、文化産業が発達するにつれ、モダニズム芸術をブルジョア的あるいは退廃的と糾弾する全体主義的な当局同様、彼らは、次第に、検閲者と化す。芸術家は文化産業の下請けであり、芸術家自身も自粛し、産業における役割を果たそうとする。その結果、形骸化した芸術が生産されてしまう。それはソフトな全体主義とも言うべき商業主義体制における芸術の運命である。
 
 しかし、三文性を帯びた作品であれば、似非知識人やメディアの解説を必要としない。三文性はお約束事である。それはカタルシスを拒み、笑いを喚起させる。マッカーシズムの嵐が吹き荒れた一九五〇年代、三文性を前面に押し出したポップ・アートが勃興したのも、そのためである。極端な商業主義に抵抗し、オルタナティヴたらんとすれば、『三文オペラ』に近接せざるをえない。九・一一以降のメディアが自粛に走り、ネオ・マッカーシズムが渦巻く世界において芸術表現をしようとするなら、なおのことそうであろう。
 
 演劇は楽しみ以外の自己証明を必要としないが、楽しみを絶対に必要とする。演劇は、弱い(単純な)喜びと強い(複雑な)喜びを与えることができる。後者は、偉大な劇作品に見られる。性行為が愛の歓びのうちに絶頂に達するのと同じように喜びが頂点に達するのだ。それらの喜びはさまざまに枝分かれし、瞑想により豊かに、より矛盾を秘め、結果も豊かである。演劇は観客を驚かせなければならないが、これはありふれた事柄を異化する技術によって行われる。このような技術は演劇が弁証法的唯物論を利用することを可能にする。弁証法的唯物論では物は物の形が変わり、物自体と調和しない場合にのみ存在する。これは、人間の社会生活の表現手段である感情、態度、意見にも同様に当てはまる。
(ブレヒト『演劇のための小思考原理』)
 
 そうした三文性のいきつくところは、先に挙げた映画が示している通り、茶番性である。三文性は茶番の意義を再認識させる。茶番はカタルシスを引き起こさない。『三文オペラ』のみならず、ブレヒトの多くの作品に茶番嗜好が見られる。ブレヒトは、『三文オペラ』以上の情熱を傾けて、連作劇『第三帝国の恐怖と悲惨』の中でナチ政権下のプチブルが恐怖に怯えて生活している様子を描いているが、そこで寄席風の安っぽいコントなどの手法を用いている。
 
 ブレヒトの演劇理論を最も具現しているのは茶番であって、『三文オペラ』はそれが最初に顕在化した作品にほかならない。「でも今日のところは もう面倒だから これでやめておこう どうか俺を許せ ただでかいハンマーで 面を引っぱたけ 後は忘れてやる 俺も許してもらおう」(「メッキースがすべての人に許しを乞うバラード」)。
 
 正しい道化は人間の存在自体が孕んでいる不合理や矛盾の肯定からはじまる。警視総監が泥棒であっても、それを否定し揶揄するのではなく、そのような不合理自体を合理化しきれないゆえに、肯定し、丸呑みにし、笑いという豪華な魔術によって、有耶無耶のうちにそっくり昇天させようというのである。合理の世界が散々もてあました不合理を、もはや精根つきはてたので、突然不合理のまま丸呑みにして、笑いとばして了おうというわけである。
 だから道化の本来は合理精神の休息だ。そこまでは合理の法でどうにか捌きがついてきた。ここから先は、もう、どうにもならぬ。──という、ようやっと持ちこたえてきた合理精神の歯を食いしばった渋面が、笑いの国では、突然赤襌ひとつになって裸踊りをしているようなものである。それゆえ、笑いの高さと深さとは、笑いの直前まで、合理精神が不合理を合理化しようとしてどこまで努力してきたか、そうして、到頭、どの点で兜を脱いで投げ出してしまったかという程度による。
 だから道化は戦い破れた合理精神が、完全に不合理を肯定したときである。即ち、ごうり精神の悪戦苦闘を経験したことのない超人と、合理精神の悪戦苦闘に疲れ乍らも決して休息を欲しない超人だけが、道化の笑いに鼻もひっかけずに済まされるのだ。道化はいつもその一歩手前のところまでは笑っていない。そこまでは合理の国で悪戦苦闘していたのである。突然ほうりだしたのだ。むしゃくしゃして、原料のまま、不合理を突きだしたのである。
 道化は昨日は笑っていない。そうして、明日は笑っていない。一秒さきも一秒あとも、もう笑っていないが、道化芝居のあいだだけは、笑いのほかには何もない。涙もないし、揶揄もないし、凄味などというものもないし、裏に物を企んでいる大それた魂胆は微塵もないのだ。ひそかに裏に諷しているしみったれた精神もない。だから道化は純粋な休みの時間だ。昨日まで営々と貯めこんだ百万円を、突然バラまいてしまう時である。惜しげもなく底をはたく時である。
 道化は浪費であるけれども、一秒さきまで営々と貯めこんできた努力のあとであることを忘れてはならない。甚しく勤勉な貯金家が、エイとばかり矢庭に金庫を蹴とばして、札束をポケットというポケットへねじこみ、血走った眼付をして街へ飛びだしたかと思うと疾風のようにみんな使って、元も子もなくなってしまったのである。
 道化の国では、ビールよし、シャンパンよし、おしるこもよし、巴里の女でもアルジェリアの女でもなんでもいい。使い果たしてしまうまで選り好みなしにO・Kだ。否定の精神がないのである。すべてがそっくり肯定されているばかり。泥棒も悪くないし、聖人も善くはない。学者は学問を知らず、裏長屋の熊さんも学者と同じ程度には物識りだ。即ち泥棒も牧師くらい善人なら、牧師も泥棒くらい悪人なのである。善玉悪玉の批判はない。人格の矛盾撞着がそっくりそのまま肯定されているばかり。どこまで行っても、ただ肯定があるばかり。
 道化の作者は誰にも贔屓も同情もしない。また誰を憎むということもない。只肯定する以外には何等の感傷もない木像なのである。憐れな孤児にも同情しないし、無実の罪人もいたわらない。ふられる奴にも助太刀しないし、貧乏な奴に一文もやらない。ふられる奴は散々ふられるばかりだし、みなしごは伯母さんに殴られ通しだ。そうかと思うと、ふられた奴が恋仇の結婚式で祝辞をのべ、死んだ奴が花束の下から首を起こして突然棺桶をねぎりだす。別段死者や恋仇をいたわる精神があるわけじゃない。万事万端ただ森羅万象の肯定以外に何もない。どのような不合理も矛盾もただ肯定の一手である。解決もなく、解釈もない。解決や解釈で間に合うなら、笑いの国のお世話にはならなかった筈なのである。(略)
 一言にして僕の笑いの精神を表わすようなものを探せば、「近松の音は、ざざんさあ」という太郎冠者がくすねた酒に酔っぱらい、おきまりに唄いだすはやしの文句でも引くことにしようか。「橋の下の菖蒲は誰が植えたしょうぶぞ。ぽろおんぽろおん」という山伏のおきまりの祈りの文句にでもしようか。それ自体が不合理だ。人を納得させもしないし、偉くもない。ただゲタゲタと笑うがいいのだ。一秒さきと一秒あとに笑わなければいいのである。そのときは、笑ったことも忘れるがいい。そんなにいつまでも笑いつづけていられるものじゃないことは分かりきっているのである。
(坂口安吾『茶番に寄せて』)
〈了〉
参照文献
今村仁司編、『現代思想を読む事典』、講談社現代新書、1988
岩淵達治、『ブレヒト』、紀伊国屋新書。1994
坂口安吾、『坂口安吾全集』14、ちくま文庫、1990
ルイ・アルチュセール、『マルクスのために』。河野健二他訳、平凡社ライブラリー、1994
ミハエル・トス、『ブレヒト』、柴田耕太郎訳、現代書館、1998
ベルトルト・ブレヒト、『三文オペラ』、岩淵達治訳、岩波文庫、2006
エルンスト・ブロッホ、『この時代の遺産』、池田浩士訳、三一書房、1982
ヴァルター・ベンヤミン、『ヴァルター・ベンヤミン著作集』9、石黒英男編、晶文社、1971
『世界の文学』69、朝日新聞社、2000
『ブレヒト戯曲全集』全8・別1、未来社19982001

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