見出し画像

5パラグラフ・エッセイと英語教育(2024)

5パラグラフ・エッセイと英語教育
Saven Satow
Jul. 06, 2024

「用件は便箋一枚に書け。初めに結論だ。理由は二つ、三つ箇条書きにせよ。この世に三つでまとめきれない大事はない」。
田中角栄

1 英語入試改革
 近年、高校・大学の入試問題の改革が進められている。特に注力されているのがスピーキングの導入である。英語教育は「読む」・「聞く」・「書く」・「話す」から成り立っている。しかし、従来の入試では「話す」がうまく組みこまれていない。グローバル化により英語を使ったコミュニケーションがこれまで以上に必要になる。世界と対等に渡り合っていくためには、「話す」力を強化して自分の考えを相手に伝達することが不可欠だ。おおよそこういう認識の下、政府をはじめ関係者は入試改革に躍起になっている。

 しかし、グローバル化社会で活動できる英語力を教育したいなら、まずは「5パラグラフ・エッセイ(Five Paragraph Essay)」を学習カリキュラムに取り入れるべきだろう。これは英語の作文の基礎で、英語における読み書きはこれを前提にしている。少なくとも従来の中等教育では5段落エッセイを十分に扱っていない。

 フィクションを除く今日の英語の散文は、一般的に言って、5パラグラフ・エッセイに則って記されている。実用文から新聞コラム、報告書、TOEFLの問題、学術論文、チャットGPTの回答に至るまでこの形式に基づいている。発祥の地アメリカでは小学校高学年から学び始め、中学校に入ると、作文術として本格的に学習する。このフォーマットを共有しているため、読む場合でもそれを踏まえて目を通す。5段落エッセイが散文のリテラシーに含まれているので、そこから外れた散文は例外的である。

 どれだけ流暢に英語を使えても、この書式を踏襲していなければ、意思疎通や情報共有も難しい。『天声人語』を代表に日本の随筆の英訳を読んだ英語圏の人々が「話の筋道が論理的でない」とか「主観的な体験の印象だけが綴られている」とか「レトリカルで何を言いたいのかわからない」とか「冒頭の主張と結末の結論が違う」とかいう反応をすることがよくある。これは日本的エッセイの構成が5段落エッセイと異なっているからだ。かつてなら、それは文化の違いで済ませられたが、今ではそうはいかない。英語はもはやイギリス人にゃアメリカ人だけのものではなく、世界中の人々のものだからだ。グローバル化社会における英語教育の改革に取り組むなら、5パラグラフ・エッセイのカリキュラムへの導入を真っ先に進めるべきだ。その意義について論じてみよう。

2 5パラグラフ・エッセイの構造
 5パラグラフ・エッセイは日本の中等教育において十分に扱われないので、一般的な知名度は高くない。だが、5段落エッセイは非常に明快な構造をしており、理解することが容易である。全体は序論・本論・結論の三部構成で、それぞれ1段落・3段落・1段落が当てられるため、5パラグラフ・エッセイと呼ばれる。名が体を表わしているので、予備知識がなくても、おおよその姿は想像できるだろう。こういったわかりやすい構造がこのアルゴリズムを世界的に浸透した要因と思われる。

 5パラグラフ・エッセイは機能的に秩序立てられ、一般的な構成は次の通りである。

1  序論 (Introduction)
 ・フック (Hook)
  読者の関心を惹くための文
 ・背景情報 (Background Information)
  テーマやトピックに関する簡単な説明
 ・主題文 (Thesis Statement)
  エッセイ全体の主張や目的を示す文

2 本論 (Body Paragraphs)
(1)パラグラフ1 (First Body Paragraph)
 ・トピックセンテンス (Topic Sentence)
 この段落で扱う第1のポイントの提示
・サポート (Supporting Details)
  例や証拠、説明などでポイントを補強
・トランジション (Transition)
  次の段落へのスムーズな移行を促す文
(2)パラグラフ2 (Second Body Paragraph)
 ・トピックセンテンス (Topic Sentence)
  この段落で扱う第2のポイントの提示
 ・サポート (Supporting Details)
  例や証拠、説明などでポイントを補強
 ・トランジション (Transition)
  次の段落へのスムーズな移行を促す文
(3)パラグラフ3 (Third Body Paragraph)
 ・トピックセンテンス (Topic Sentence)
  この段落で扱う最後の主要なポイントを提示
 ・サポート (Supporting Details)
  例や証拠、説明などでポイントを補強
 ・トランジション (Transition)
  結論へのスムーズな移行を促す文

3 結論 (Conclusion)
 ・再確認 (Restate Thesis)
  主題文を言い換えて再確認
 ・要約 (Summary of Main Points)
  本論で述べた各ポイントの簡潔なまとめ
・最終的な考え (Final Thought)
  論じた印象や残された課題、今後の展望など読者への問題提起

 5パラグラフ・エッセイはこういった機能を持った要素によって構成されている。それは動線に沿った作文システムである。

 5段落エッセイは機能作文で、これを知っていると、論述が書きやすいし、読みやすい。序論で主張し、それを本論において三つのポイントから反論を想定して論じ、結論でその流れを要約する。ボディのポイント数は三つが最低限なので、これ以上増えることもある。また、表現が違ったとしても、イントロダクションとコンクルージョンの主張内容は同じである。いかなる大著であったとしても、この構成に従っているので、要点をつかむことは難しくない。主張だけなら序論の冒頭でわかるし、要約を知りたければ、結論に目を通せばよい。機能的に標準化されたフォーマットであり、名文とは言えなくても、論理的にわかりやすく文章を書いたり、要点を把握して読んだりするには有用な作文術である。

 英語が国際共通語の地位を獲得したことには、アメリカ合衆国のさまざまな分野における世界的影響力が関連しているだろう。ただ、5パラグラフ・エッセイが作文の世界標準化した理由は、その機能的構成が大きい。履歴書や申請書、領収書などの実用文は書式が定型である。書く人も読む人もそれに沿って情報を送受信している。また、実用文では明確に情報伝達するために、名文ではなくシンプルな文体で記述する。凝ったレトリックが理解できない非ネイティブ・スピーカーであっても、5段落エッセイの実用的書式を共有していれば、読み書きを通じて意思疎通が容易にできる。

 5パラグラフ・エッセイは機能的な要素によって構成されたシンプルな構造のシステムであるため、相互理解が容易である。このアルゴリズムに従えば、異なる背景の人同士であっても、意思疎通や情報共有が容易になる。訴えたい首長があったら、補強するための各機能の文を配置して文章を構成すれば、説得力のある作文ができる。また、読む人も論理的に組み立てられた論述なのかこの流れに沿って確認することができる。5段落エッセイは、序論で示された主張が三つの論点を根拠に正当化されて結論に到達する円環構造をしている。英語の世界共通語化という事情だけでなく、こうした把握しやすさ事態がワールドワイドの普及を後押ししている。

3 5パラグラフ・エッセイの特徴
 5パラグラフ・エッセイが教育カリキュラムへ導入されたのは第二次世界大戦後である。それにはスプートニク・ショックが影響している。1957年、ソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功、アメリカは科学技術分野での遅れを自覚、教育改革を急務とする。これは自然科学のみならず、作文教育にも及ぶ。その際に選ばれたのが5パラグラフ・エッセイである。その理由は大きく三つある。

 第一のポイントは論理的思考向上の必要性である。アメリカは、スプートニク・ショックにより、科学や数学、工学、技術といったステム(STEM)分野での強化を痛感、これに伴い、基本的な読み書き能力や論理的思考力の向上も重要視する。その際、論理的な文章構成を学ぶための効果的な手段として教育カリキュラムに5パラグラフ・エッセイを取り入れる。

 第二は標準化された教育への適合性である。ショック後、アメリカでは全体的な学力の向上を図るために、標準化されたカリキュラムと評価方法が導入される。また、各分野が固有の論述形式を持っていたのでは、相互の意思疎通が難しく、知識も断片化する。標準カリキュラムに沿って教員が指導し、生徒も学習することで、教育の質は全般的に上がり、異なる分野間のコミュニケーションも容易になる。5パラグラフ・エッセイの形式は、明確な構造と評価基準を提供するので、教育の標準化に適合的である。

 第三は批判的思考力の強化である。冷戦期、アメリカは科学技術に限らず、社会全体での知識と教養の向上を目指している。それには批判的思考力を育てるための教育が重要であり、5パラグラフ・エッセイはその一環として活用される。この形式は、主張を立て、反論を想定し、それを論理的に補強して結論を導く。そうした過程を通じて、生徒の批判的思考力を養うことを促す。

 これが5パラグラフ・エッセイの特徴である。その有効性は月に有人ロケットを到達させることを思い浮かべればよい。まず、目的実現に向けた計画を論理的に立てる必要がある。ただ、さまざまなリスクもあり得るので、批判的思考も要る。のみならず、巨大プロジェクトなので関連分野も広範囲に亘り、その間の意思疎通や情報共有も不可欠だ。そうした要請に応えられる作文教育が5段落エッセイである。

4 日本の作文教育と5パラグラフ・エッセイ
 英語教育で5パラグラフ・エッセイに触れなくても、国語の作文学習でそれに類することを学んでいれば、生徒もその形式を習得できているだろう。ところが、日本の中等教育ではこういった作文術をほとんど教えていないため、大学に入学してから、論文執筆のため、アカデミック・ライティングを学ぶことになる。大学入試に出題される小論文は子の下準備で、読書感想文と違うことを学習する程度だ。

 日本の作文教育における最も中心的なフォーマットはその読書感想文である。これは小学校低学年から習い始め、児童生徒を対象とした読書感想文コンテストも数多く開催されている。この作文が学校教育で扱われるようになったのは、5段落エッセイ同様、戦後のことである。スプートニク・ショックの2年前に当たる1955年、青少年読書感想文全国コンクールが始まったことをきっかけに学習カリキュラムに取り入れられ、現在に立っている。

 この読書感想文という作文フォーマットは5パラグラフ・エッセイと発想が全く異なっている。それは読書感想文コンテストの求める作品像からも明らかである。

 1955年に始まった青少年読書感想文全国コンクールは2024年に70回目を迎える。同大会は、第70回の開催に際して、「応募要項」において開催趣旨について次のように述べている。

◇子どもや若者が本に親しむ機会をつくり、読書の楽しさ、すばらしさを体験させ、読書の習慣化を図る。
◇より深く読書し、読書の感動を文章に表現することをとおして、豊かな人間性や考える力を育む。更に、自分の考えを正しい日本語で表現する力を養う。

 この二項目は読書感想文の特徴を要約している。それは、具体的に言うと、次の三点として挙げることができる。

 第一に主観的印象である。「読書の感動を文章に表現する」とはそういうことだ。は文学作品を鑑賞しても、論拠を示すことなく、自分の印象を記すだけで済む。作品のテーマ・拝啓、作者の意図、登場人物の心理、情景描写などを読み取ることが求められるが、自分の考えを客観性を意識して補強する必要がない。作品を読んで抱いた主観的印象を綴ればよい。そこには批判的思考が欠落している。

 第二が修辞性の強調である。主観的印象に至る過程を論理的に明示することより、感情豊かな修辞性によって描くことが求められる。5段落エッセイのような秩序立てられた構成はなく、構造は曖昧である。わかりやすい文章を書くように教師から指導されるが、それは論理的というより、難しくない文章を指す。伝えたい内容を明確にして、論旨を整理、できるだけ日常語に近い語彙を用い、短い文で記すことの指南だ。自分の印象を読者の理性が理解するようにではなく、感性が感動するように訴える。「自分の考えを正しい日本語で表現する」読書感想文はロジックではなく、レトリックが評価される作文である。

 第三が読書体験を通じた学びである。「豊かな人間性や考える力を育む」読書感想文は本を論じるのではなく、その読書体験による精神的成長を告白する作文だ。本を読む前と読んだ後で自分がどれだけ変わったかを欠き、それを読者に共感してもらう。これが主眼で、本に対する意見を述べるものではない。

 読書感想文は批判的思考に基づく書評ではない。それは読書体験を通じた精神的成長や学びという主観的感慨を感情豊かなレトリックで描く私小説である。この特徴はすでに述べた5おあらグラフ・エッセイとまったく異なっている。

 読書感想文という作文術を習得していても、英語の散文の読み書きには役に立たない。教育全体の改革という戦略的思考からカリキュラムに導入された5パラグラフ・エッセイと比べて、読書感想文は汎用性が低い。このフォーマットを使用して理科や歴史の自由研究のレポートなど書きようがない。作文教育の改革という戦術的思考の産物でしかない。日本語でさえこうなのだから、こういう読書感想文に慣れ親しんだ生徒が英語で作文を書いたとしても、予備知識がなければ、5パラグラフ・エッセイのようなものになり得ない。英語で作文の読み書きをするには、5パラグラフ・エッセイの理論を学習する必要がある。

5 貧しさを踏まえて
 グローバル化社会に対応するため、日本では高校・大学入試を始め英語教育の改革が進められている。けれども、英語の作文の基礎である5パラグラフ・エッセイについて中等教育で十分に扱っていない。世界ではこれを前提に英語の読み書きが行われ、意思疎通や情報共有が実践されている。日本の英語教育も本格的にカリキュラムに導入すべきだ。

 5パラグラフ・エッセイは序論・本論・結論の三つの部分から構成されている。序論で提示した主張を三つのポイントから本論で補強し、その流れを要約した上で自説の正当性を確認する。すべての要素はそうした円環構造を成り立たせる機能として配置される。

 また、5段落エッセイは修辞性ではなく論理性を指向し、意思疎通や情報共有しやすい標準化された様式を持ち、批判的思考に基づくという特徴がある。このアルゴリズムは英語の作文教育の基礎で、汎用性が高く、フィクションを除く散文の多くに利用されている。英語が共通語となっているため、異なる背景の人たちの間でもそれが使われている。5パラグラフ。エッセイは世界的に共有されている。

 確かに、日本でも作文教育は行われている。しかし、その代表は読書感想文で、読書体験を通じて得た主観的な学びを修辞性豊かに書く私小説である。5段落エッセイと発想が根本的に違う。英語教育に採用しなければ、5パラグラフ・エッセイの読み書きは習得が困難である。

 従来の英語教育は、5パラグラフ・エッセイを取り上げないまま、読み書きの学習・指導を行っている。その作文術を踏まえていない試験問題で高得点を取ったとしても、生徒の英語の読み書きの実力があるとは言い難い。そうした過去の反省に基づく改革のはずだが、5段落エッセイに関する改革者たちの関心は高くない。「話す」重視の方向性を見る限り、日本の英語教育はネイティブ・スピーカーのようになることを目指しているように思える。しかし、これは世界における英語という言語の位置づけを見誤っている。

 英吾は今日の世界の共通語である。それはその言語がネイティブ・スピーカーだけのものではないことを意味する。第二言語として学習した人たちは凝ったレトリックを用いず、文法の基本を守り、誤解の少ない語彙や表現の文章を個性的な発音で「話す」。しかし、これがコモン・イングリッシュである。ネイティブ・スピーカーのそれをローカル・イングリッシュにすぎない。

 コモン・イングリッシュは豊かな言語ではない。禁欲主義的で、むしろ、貧しい。だからこそ、日本語としての豊かな表現を指向する読書感想文と違い、5パラグラフ・エッセイはこういう英語の世界に適合している。しかも、これが利用されているのは散文の読み書きだけではない。非ネイティブ。スピーカーは、英語で重要な内容を話す時、この構成を利用している。「話す」際にも役立つというわけだ。日本の英語教育に必要な認知行動は5パラグラフ・エッセイが体現する精神である。
〈了〉
参照文献
宮本陽一郎、『英語で読む大統領演説』、放送大学教育振興会、2020年
Susan S. Johnston, “Keys to composition: A guide to writing for students of English as a second language”, Holt Rinehart & Winston, 1985

『青少年読書感想文全国コンクール』、
https://www.dokusyokansoubun.jp/


この記事が参加している募集

#読書感想文

191,896件

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?