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イノベーションとエンジニア(2012)

イノベーションとエンジニア
Se aven Satow
Sep. 10, 2012

「現代は工学の時代であり、エンジニアの時代であり、科学技術の時代であると言えよう」。
中嶋秀人『社会の中の科学』

 激化する国際競争の中で、日本企業が成長していくには「イノベーション(Innovation)」が欠かせない。この意義を広く知らしめたのは、カール・マルクスの『資本論』にも言及があるものの、やはりヨゼフ・アロイス・シュンペーターだろう。

 シュンペーターは、『経済発展の理論』において、イノベーションの特徴として次の五つを挙げている。

新しい財貨の生産
新しい生産方法
新しい販路の開拓(既存であることは問わない)
原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得
新しい組織の実現(独占的地位の形成または独占の打破)


 イノベーションは、一般的に、技術・製品の革新と捉えられがちだが、シュンペーターはもともと「新結合」と呼んでいたのであって、方法論の改革による生産力の増大や新供給源、産業・財政の上での機構の変化を指している。イノベーションは経済の進歩に有益なものであって、それとは無関係な「発明(Invention)」とは違う。

 歴史を振り返れば、従来のやり方が革新される現象は無数に認められる。けれども、イノベーションは資本主義の発達と共に、科学と技術の融合として出現してきた発想と考えるべきだろう。

 科学と技術は別々の道を歩いている。定義自体が科学史・科学哲学の立場表明となりかねないが、前者が自然哲学的知識、後者は熟練技能と見なせる。長らく、科学が技術より上とする認知が支配的である。科学に携わった知識人の名は後世に伝わるけれども、技術にかかわった職人ではそれは稀である。ローマの水道工事に関する『建築書』を著わしたマルクス・ウィトルウィウス・ポッリオはそうした例外の一人だ。ただし、その生涯は今も不明のままである。

 科学と技術が融合するのは産業革命の後期に入ってからである。電気や化学の工業化には、熟練技能では不十分で、科学の高等教育を受けた人材が不可欠である。この分野は、もともと、アカデミズムでの研究の中で発達しており、科学の高等教育への導入が遅れていた英国の産業覇権は後期産業革命から凋落していく。

 インテリが科学を技術に応用する。加えて、職人が科学を獲得する。こうした科学と技術の融合によって生まれたのがエンジニアという新たな存在である。彼らは科学に基づく技術を扱う。

 もっとも、エンジニア育成も、変化がゆっくりとした時代には、スキル習得で十分事足りる。戦前の日本お大学の造船科で「鋲の打ち方」を講義していたくらいだ。しかし、変化が急激であるなら、むしろ、原理的理解が必要となり、リテラシー学習が必須である。造船のエンジニアは流体力学の基礎を学ばなければならない。

 エンジニアの仕事は、要約すると、科学技術に関連する設計である。設計には新規デザインだけでなく、点検や補修といった保守も含まれる。エンジニアリングの発想で行われる革新がイノベーションである。それは、企業における活動をシステムとして捉え、その設計の変革だと言える。

 さらに、インターネットの普及に伴い、オープン・イノベーションも起きている。ネット自体がまさにその代表例である。ウェブが設計思想を変えている。

 イノベーションやエンジニアリングは、科学が社会にそれまでになく直接かかわるようになった状況に支えられている。脱原発には各種のイノベーションが欠かせないが、それは社会エンジニアリングの設計思想変更に及ぶ。市民が科学リテラシーを学習してその方向に動いている。今、イノベーションの結果を享受する時代から、自分もその過程に参加する時代へと変わりつつある。
〈了〉
参照文献
中嶋秀人、『社会の中の科学』、放送大学教育振興会、2008年
森毅、『数学的思考』、講談社学術文庫、1990年
J・A・シュムペーター、『経済発展の理論』上下、塩野谷祐一他訳、岩波文庫、1977年

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