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2-8. サウジの経済改革 ビジョン2030とは?

【3行まとめ】
・サウジは、市場規模と成長性から有望視されているが、政府の不透明性が高く、企業は投資をためらっている。次期皇太子は、ビジョン2030の旗のもと、経済・社会改革を急速に進めているが、課題は山積み。

・産業育成を阻む壁:政府の不透明な規制 
 前項で業種別に述べたように、サウジの市場の魅力は、その市場規模と成長性にあります。JETRO発行のレポート、「リヤドスタイル」によると、サウジに進出している日系企業89社のうち、約80社がサウジの魅力を「市場規模と成長性」と答えています。

 他方、サウジの課題については、約80社が同様に、「法整備の不透明性」「各種手続き等が遅い」と、政府の不透明な規制について指摘しています。

 先日、サウジの王族が突然リッツ・カールトンに拘束されて、政府に財産を差し押さえられましたが、このような政府による突然の変更が頻繁にあっては、民間企業の予測可能性が低くなり、設備投資をためらわせてしまいます。

 産業育成のためには、規制の緩和や透明化によって、企業の予測可能性を高めることが不可欠でしょう。

・専門人材の育成が課題
 もっとも、産業だけがさらに成長したとしても、その企業が採用したいと思えるような高度な人材がいなければ、サウジ人の雇用には結びつきません。
 
 先程、初等中等教育の立て直しについて言及しましたが、その後は、成長産業に応じた専門人材の戦略的な育成が重要になると考えられます。

 石油・石油化学産業には工学部の学生を、製造・小売・物流・観光・金融業には経営学の学生を、建設には建築学部の学生を、医療には医学部の学生を、政府の運営に法律学・経済学部の学生をそれぞれ戦略的に育成する必要があります。

 有望産業から逆算した高度人材の育成が重要になってくると言えるでしょう。

 現在も、産学連携の取り組みによって、大学生を企業の施設で研修を受けさせるなど、高度人材育成を行っているのですが、せっかく企業が人材育成を行っても、優秀な人材は高い給与で政府や軍に引き抜かれてしまっているのが現状のようです。

・国家的成長戦略プロジェクト:ビジョン2030
 次期国王と目されているムハンマド皇太子は、こうしたサウジ経済の問題点について、強く認識しており、現在、ビジョン2030の掛け声のもと、さまざまな政治・経済改革を矢継ぎ早に進めています。

 サウジの女性運転免許の解禁や、映画館の解禁など、サウジの改革について、最近いろいろとニュースになっているのは、こうした大きな流れによるものです。

 ビジョン2030には、GDPに占める民間部門の割合を40%から65%に引き上げたり、労働力に占める女性の割合を22%から30%に上げることなど、野心的な数値目標がいろいろと記載されています。

 この数値の裏を返すと、現在では、GDPに占める公的部門の割合が6割もあったり、労働力に占める男性の割合が8割もあったりと、サウジの現在の問題を映し出しています。

ビジョン2030に掲げられた野心的な目標。今後の実行が課題。画像の出典は、JETRO発行のリヤドスタイルより。

ビジョン2030は、某コンサルの総力を結集して策定されたとされている。サウジの成長戦略なのにもかかわらず、なんと日本語版も存在する。

・財政改革:財政赤字削減に向けて
 ここまで、労働市場を中心に、経済の現状と改革について論じてきましたが、最後に経済の写し鏡である財政について言及して、経済の項を締めくくりたいと思います。

 原油価格の低迷により、石油収入が減少する一方、政府の歳出は拡大を続ける一方であり、2016年の財政赤字は870億ドル(約10兆円)とGDPの12%相当の水準に達しています。

 こうした巨額の財政赤字を削減するため、政府は石油以外の歳入の確保に努めています。まず最初に手をつけたのは、 外国人への課税やビザ手数料の値上げなど、国内の反発を招きにくいような、財源の確保でした。
 
 しかし、それでも赤字幅は埋まらず、これまで、たばこ税の増税、砂糖税(炭酸飲料に対する課税)、電気・水道・燃油料金など公共料金の値上げなどが次々に行われました。さらに、2018年からは付加価値税の導入が予定されています。

 これまで、「税金をとられないから政治には口出しをしない」との暗黙の了解のもと、サウード家による君主制が続いてきましたが、財政が厳しくなり、大盤振る舞いもできなくなってきた中、国民の不満がいろいろなところにたまりやすくなってきています。

 歳出面では、2016年9月に、国民の3分の2を占める公務員の給与の削減に踏み込みましたが、国民の反発が強く、2017年4月には給与削減を遡って取り消すことを発表しました。

 公務員給与の削減については、世論の反発に配慮した形ではありますが、騒げば政府は方針を変えるという前例を作ってしまう結果になりました。

 外貨資産保有高は5,400億ドル(約60兆円)と、まだ政府の資金繰りが危うくなるような情勢ではありませんが、財政赤字削減と不満のガス抜きの両立を行うため、慎重な綱渡りが続いています。

編集後記
 いつもお読みいただきありがとうございます。内政の経済の項が長くなってしまいましたが、次回からはサウジの社会や文化に注目していきます。サウジの暮らしぶりなどをわかりやすく伝えられればと思います。

 「サウジアラビアをわかりやすく」と題して初めたnoteですが、想像していたよりも多くの方に読んでいただき、とてもありがたく存じております。
 
 「わかりやすく」というのは、ともすれば短絡的な見方であったり、誤解を招くような表現になりかねないので、責任を感じながら執筆に勤しんでおります。

 以前、こちらの記事で、「サウジには人物画のような美術は一切発展しておりません。イスラム教においては偶像崇拝が禁止されているためです」と記載したところ、近年では、少しずつ肖像画が発展し始めていることが読者の方からのご指摘でわかりました。

 訂正してお詫び申し上げます。読者の方から、貴重なお写真もご提供いただきましたので、ご覧いただけますと幸いです。

 こうしたやりとりの中で、わかりやすくかつ正確なサウジ情勢を発信していければ本望です。皆さま、今後ともご指導のほど、よろしくお願いいたします。

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(写真は、ビジョン2030公式ホームページより。)