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銀河皇帝のいない八月 ②

4. 完全人間

「おい、ネープ……」

 足を引きずりながら戻ってきた人猫が言った。
「!」
 人猫の言葉がわかる! その声はやや甲高いが、大人びた男性の物言いだった。
「お前も見てたろ? 皇帝は死んじまったぜ。あるじがいなくなっちまったら、お前もお役御免だろ。とっとと引き揚げろよ」
 ネープと呼ばれた少年は人猫に向き直った。
「そうはいかない。お前たちが奪った種子を取り戻すのも、自分の使命だ」
「なるほど……だがその娘は関係ねえだろ。あらためて相手してやるから、その子は解放してやれよ」
「それも無理だ。むしろ彼女の問題を解決する方が優先だ。邪魔はするな」
 少年は槍を人猫に向けて言い放った。
「何の問題だ? この子をしょっぴこうってのか? ここは帝国領外だぜ。ネープだろうが元老だろうが、法典をたてに原住民を裁くことなんか出来ないはずだ!」
 原住民……黙って聞いていると、自分が未開の僻地に住む遅れた人種扱いされているような気がする。

「ちょっと待ってよ……」
 どうにか落ち着きを取り戻した空里は、二人の議論に割って入った。
「何の話かわからないけど、友達がさっき爆発したところにいたの。どうなったのか確かめに行きたいんだけど……いいでしょ?」
「ああ、いいともさ。あんたは自由だ。好きにこの星を歩き回る権利がある」
 先に応えたのは人猫だった。
「あんたは自由だ。誰にも邪魔はさせないぜ。俺がついてる……」
 そう言うと、人猫は空里に近づき……
 そのままどうと空里の足元に倒れ込んだ。
「ちょっと!」
 忘れていた。人猫は手傷を負っていたのだ。
「大変、手当てしなくちゃ!」
「それが、あなたの望みですか?」
 少年……ネープが空里に問いかけた。
 何を言ってるのだろう? 私の望みだったらかなえてくれると言うのかしら? 空里はそうであって欲しいと念じながら、語気強く返答した。
「そうよ! お願い、この子の手当てを手伝って」
 ネープの身体が、ガチャリと音を立てた。
 見ると、少年は二本の足で立つ普通の人間の姿になっている。腰から後ろ、機械の馬の部分が分離したのだ。
 ネープは人猫を抱き抱えると、あたりを見回し、部室棟の方へ歩き出した。
 分離した機械の馬も勝手に着いてくる。その脚は馬の足というよりも、伸縮自在の触手に近い。歩く様はさながら金属製のクモかタコだ。
「これ……ロボットなの?」
 空里の問いにネープは答えた。
「キャリベックです。メタトルーパーの人造馬ですよ」
 敬語を使ってる……言葉の意味は全然わからなかったが、敬語は空里の不安感を多少やわらげた。

 人猫を抱えたまま、ネープは階段を昇って部室の一つに足を踏み入れた。
 ソファに人猫を横たえると、ネープは冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して、傷の周りを洗い出した。空里は救急箱を探そうとしたが、あっという間にネープに先を越された。まるで勝手知ったる人の家だ。
「何がどこにあるか、全部知ってるみたいね」
「簡単な観察と推測です」
「……完全人間には簡単な、だよな」
 人猫は意識を取り戻していた。
「完全人間……」
「そうだよ。完全人間で、皇帝のメタトルーパー……もっとも、皇帝を護るという一番大事なお役目に失敗したところを、さっき見ちまったけどな……うっ!」
 きつく包帯を巻かれて人猫はうめいた。
「助かる?」
「大した傷ではありません。倒れたのは体力の消耗と暑さのせいです」
 空里は「手伝って」と言ったが結局手当はネープが一人で済ませてしまった。
「どうして俺を助けるんだい?」
 人猫が空里に問いかけた。
「わかんない……わかんないけど、あんまりひどいことが起きすぎて……」
 ミマ……どうなっただろうか……
「少しでも、ひどくないようにしたかったのかも……ひどくないってどういうことかもわからないけど……何言ってるのかしらね、私」
「…………」
 人猫はただじっと空里の顔を見つめていた。
「俺は、シェンガだ」
 出し抜けに、自己紹介された。
「私は……アサト。遠藤空里」
「長い名前だな……」
 そういうと人猫は目を閉じた。
 空里はほうっと息をつき、自らも目を閉じた。
 どこからか、心地よい涼しい風が吹いてくる……あの子、ネープがエアコンをつけてくれたようだ。もうちょっとだけ、このまま休ませて……
 そしたら、ミマのところに行って……

 はっと気づくと、部室には西日が差し込んでいた。

 人猫……シェンガはまだ眠り続けているが、ネープの姿はどこにもない。
 空里は部室棟を出て、夕暮れ時の校庭に立った。

 誰もいない……

 あたりに残された破壊の跡を除けば、穏やかな夏の夕方だ。校門のあった場所に開いた大きな穴からは、まだうっすらと煙が立ち上っている。
 ミマや級友たちがどうなったか確かめたかったが、もうどうするにも時間が経ちすぎた……それに、あの穴をのぞいたら見たくないものを見ることになるような気がして怖い……

 どうしよう……このままうちに帰ろうか……
 家はどうなっただろうか? 母さん、父さんは? 
 急に寂寥感がこみ上げて、空里の視界が涙ににじんだ。

 何かの歌にあったように、涙がこぼれないよう天を振り仰ぐ……すると、校舎の屋上で人影が動いているのに気がついた。
 ネープだ。
 帰りたいけど、その前に誰かと話したい……それが異常な現れ方をした正体不明の少年でも……
 空里は無人の校舎の階段を昇り、少年の元へ向かった。

 屋上への入り口は普段しっかり施錠されているが、今その鉄製のドアは恐ろしい力で蝶番から引きちぎられ、外に倒れていた。
「あらあら……」
 ネープは空里の方をちらっと見て、すぐ手元の仕事に注意をもどした。一瞬、目があっただけでも、やっぱり息を呑むほどの美しさだ……
「何してるの?」
 美少年は傍の機械馬、キャリベックに繋がった道具を片付け始めた。
「状況を確認してました。あまり芳しくない……」
「そうなの……ねえ、一体この騒ぎは何? あなたたちはどこから来たの? さっき私の問題がどうとか言ってたけど、何の用があるの? わかるように説明してくれるとありがたいんだけど」
 ネープはちょっと考え、キャリベックをとんと叩いた。
 その機械は四本の触手で空里の背後へ歩いてくると、しゃがみ込むように本体を屋上の床に下ろした。
「かけてください、アサト」
 はじめて名前を呼ばれた……シェンガとのやりとりを聞いてたのか。
 男の子に下の名前呼ばれるの、何年ぶりだろう……自分でもおかしいほどしおらしい態度でキャリベックの本体に腰を下ろす。

 そして始まったネープの話は、そんな物思いとは裏腹に剣呑でとてつもないモノだった。

「あなたが殺した男は、銀河帝国皇帝ゼン=ゼン・ラ二〇四世だったのです。そして今、あなたがその皇位継承者として第一位の位置にいるのです」
「……ふうん」


5. 銀河皇帝の後継者

 空里がそのあまりに現実感のない言葉の意味を大体において正しく理解するまで、ネープは根気強く同じ説明を繰り返しながら話し続けた。
 大体において、彼の話はこうだった。

 突然現れた謎の機械軍団、シェンガら人猫、そして目の前の美少年は、遥か宇宙の彼方の国、銀河帝国から来たのだった。

 この銀河系には、数万の文明惑星からなる銀河帝国が存在し、この地球は辺境の領外に位置している。
 その支配体制の頂点に立つのが、銀河皇帝。
 空里が倒した男、ゼン=ゼン・ラ二〇四世だったというのだ。

 銀河皇帝がこの地球に降臨したのは、シェンガたちミン・ガンを追ってのことだった。ミン・ガンは、帝国でも最も恐るべき戦闘種族と言われる猫型人類の一族だった。そのミン・ガンが帝国における自分たちの権利を拡張するために、皇帝の所有物である、ある物を強奪し逃走したのだ。
 それだけなら皇帝が自ら出陣する必要はなかったのだが、彼には盗品奪還の他にもう一つ動機があった。
 新しい軍隊の試験運用である。
 皇帝はとある惑星で〈ゴンドロウワ〉と呼ばれる軍隊を発見していた。遥か昔に滅亡した伝説の古代文明が残した、強力な人造人間の軍隊である。それを十数年かけて整備、再起動し、自らの手駒とすることに成功していた。皇帝はその戦力を試し、その脅威を帝国中に知らしめるための戦いの機会をうかがっていたのだ。
 そんな時に起こったミン・ガンの反乱は、好機と言えた。
 唯一の問題は、ゴンドロウワ全軍がその性質上ただ一人の指揮官、すなわち皇帝自身の命令しか受け付けない点だった。だから皇帝は自らミン・ガン征伐に乗り出したのだ。
 そして、この地球に降臨し……

 ここで、現地住民である少女に射殺いころされた……

銀河帝国法典ガラクオドは、銀河皇帝の後継者は皇帝自らが指名した者か、あるいは帝国元老院が指名した者を優先するとしています。唯一の例外が、皇帝との決闘など直接の戦闘に勝利し、皇帝を敗没させた者なのです。つまり……」
「つまり……私?」
「そうです。あなたは現時点で皇位継承権保有者として第一位にあります」

 空里はめまいを感じた。
 今朝まで部活をやめるやめないでウジウジ悩んでいた一介の女子高生に、数万の惑星とその住民……恐らく兆を数えるだろう……の頂点に君臨する支配者の座が用意されているというのだ。
 なんでこんなことになるのやら……

「シェンガは……ミン・ガンたちは一体何を盗んだの?」
「これさ」
 いつの間にかシェンガが空里の背後に立っていた。
 ベストのポケットから何かを取り出して、空里に差し出すとその掌にのせた。ネープの目が鋭く細まる。
星百合スターリリィの種だよ」
 それは、一見ただの鉱物のカケラだった。水晶のように透き通ってはいるが、キレイでもないし特に値打ちのあるものには見えない。
星百合スターリリィは宇宙に咲く花だ。もちろん本物の花でも植物でもない。一種の鉱物から出来ているが、大きいものは小惑星くらいの大きさになる。不思議なのは種子から成長して、ユリの花そっくりの形になることだ。その花が、空間を歪めて星と星の間をつなぐのさ」
 ネープが話を引き取った。
「星百合のあるところ……それが銀河帝国なのです。星百合がつなぐ超空間路リリィウェイを通って、星間連絡網が作られ、帝国に属する惑星国家がそのゲートと星百合を管理している。星百合を手に入れることは、帝国内に新しい領土を手に入れることなのです」
「それを……あなたたちが盗んだの?」
「盗んだんじゃない。この種子はもともと俺たちの星である〈水影〉の軌道上で発見されたんだ。それを帝国が理不尽に接収したんだ。だから奪い返してやったのさ」
「見解の相違ね……」
 シェンガは空里の正面に回ると、熱心さをあらわにして語りかけてきた。
「なあ、さっきの話だが、もしあんたが皇位を継いで銀河皇帝になってくれたら、この種子の持ち主もあんたの腹ひとつで決まるんだ。これを俺たちに返してくれたら、すべてのミン・ガンは命をかけてあんたに従うぜ。それも末代の子々孫々に至るまでだ」
「そんなこと……」
 空里はすがるようにネープを見た。
「あなた次第です。決断は早い方がいい。あなたは今はまだ皇位継承候補者の一人ですが、継承の意思を私に示してくだされば、ただ一人の皇位継承者になる」
「すぐ即位ってわけにいかないのか?」
 シェンガがネープに問いかけた。
「〈即位の儀〉を行う必要がある。この状況ではそれもかなりの難題だが……」
「もし断ったら? 地球をこのままにして、あなたたち皆、黙って帰ってもらうわけにいかないの?」
「そうなると……あなたは帝国と公家……皇帝の一族にとって復讐の対象となるだけです。そして、私もあなたを護ることは出来ない」
「引き受ければ護ってくれるの? 私を……」
「私には皇帝同様に、皇位継承者を守る義務があります」
「ここは帝国領外だぜ? 原住民への復讐なんて許されるのかよ」
 また原住民て言った……この猫は……
「もちろん、領外での武力行使は皇帝の専権事項だ。本来なら何人も彼女に手を出すことは出来ない。ただ……」
「ただ?」
「公家が……ラ家が法典を度外視して、元老院ともぶつかる覚悟で動き出したら話は別だ」
 シェンガが人間臭い腕組みをしてうなった。
「ラ家か。あいつらならやりかねねえなあ」
「その……やりかねない人たちがやるかもしれない見込みって?」
「半々、です」
 空里はがっくり肩を落とした。
 なんとも微妙なフィフティフィフティの賭けにのせられてしまった……

 あたりはすっかり薄暗くなり、空には大きな月が出ていた。
「わかった……とにかく今日はもう、うちに帰る。一晩考えて明日返事するから。またここに来ればいいでしょ? 待っててくれる?」
「いや……」
 ネープがにわかに緊張を見せ、後退りした。
 と、キャリベックがいきなり立ち上がり、滑り落ちた空里は尻餅をついた。
「もう……遅いようです」

 ネープが指し示した薄暮の空から、見覚えのある蛾のような影が近づいて来ていた。


つづく

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