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子育てと仕事との両立 #3 産後編

子育てと仕事との両立について、書いてみたいと思います。
私は今(2020年5月)41歳です。起業して4年目、フリーランスとして活動しています。娘はもうすぐ8歳の小学生です。そして、シングルです。

#3 産後編(2012年6月~)※私、33歳、娘0歳


ついに、産まれてきた!


病院にいる間は、助けてくれる人がいるから、ぼーっとしていたけど、この病院を一歩出たら、私はこの子を自分で育てていかないといけない。だって、私には、帰る実家はないし、主人と暮らしている家に帰るしかないのだから。

皆さんは、女性は子どもを産んだら、即、母親になれると思っていますか?
私は、なれなかったです。男女なんて、母親、父親なんて、大して変わらないと思います。

あんなふにゃふにゃで壊れそうな人間を、今まで抱っこなんてしたことないし、母乳なんてあげたことはないし、泣くばかりの子が何を考えているのかなんて、私にはわからない。

女性だからわかる、母親なんだからできるなんて幻想で、女性も男性も、父親も母親も、最初は同じラインだと思っています。

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自分と他のお母さんを比べてしまう

私は、母子別室の病院だったので、一日何度か、母乳を与えるタイミングで、子ども達のいる部屋に行くのですが、そこで、他のお母さんの振る舞いを垣間見るのです。

「○○ちゃん~。いい子ですね~。可愛いわね~。」
「よく飲めましたね~。偉いね~。」

そうやって、他のお母さんは、何度も何度も赤ちゃんに声をかけながら、母乳を上げたり、体重を計ったり、おむつを替えたりしているのです。

私にはできない。
恥ずかしくてできない。

やっぱり私だけ、母親の感覚が備わっていないと思いました。

でもね、後からわかったことですがそうやって、赤ちゃんに声をかけたり、余裕がある人は、みんな2人目、3人目のお母さんでした。

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退院して、主人と暮らす家へ

私は、出産から4日後、主人と暮らす家へ戻りました。

仕事はあんなにできたのに、赤ちゃんのお世話はどうしていいのかわからない。そして、誰にも聞けない。

泣く子をどう泣き止ませたらいいのかわからない。
母乳をどう与えたらいいのかわからない。
いつ寝れるのかもわからない。

33歳でいい年なのに、仕事以外のことは本当に何もわからず、何をどうしていいのかさっぱりわからない、そんな不安しかない中で、私の子育ては始まりました。

そして。


出産して2週間経った日

私は、主人に「離婚しよう」と言われたのです。

理由は、仕事から帰ってきて晩御飯の用意ができておらず、掃除も何もできていない状態で、子どもが泣いていてうるさかったからです。


こんな生活を想像していなかったと言われました。


私もだよ。
私も、想像していなかった。


産む前に未婚で育てる覚悟ができていたら、もっと強くなれたかもしれない。でも、あの時は、産後間もない状態で、メンタルも弱っており、不安しかない中で、産まれて2週間の子どもを連れて、実家にも帰れないのに、どこへ行けば良いと言うの?と、泣きました。


泣くことしかできなかった。


あんな涙を流したのは、人生であの時、ただ一度です。
悔しさと不安と、絶望と。
自分の弱さに、悲しくなりました。

そして、この世に、こんなにも非情な人間がいるのだと、そして、それを跳ねのけて、飛び出す勇気のない自分の無力さに絶望したのです。

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産後1ヶ月の時の私のフェイスブックより:

子を産んで、一ヶ月が経ちました。毎日、初めてのことに悩み、新しい発見に驚き、時は目まぐるしく過ぎ去ります。そして、自分もこうやって育ててもらったんだと、知りました。愛くるしい私の子は、月の色をした髪の毛で、つむじが二つあります。

2か月後:

気がつけば、8月。
蕁麻疹が出て、うんざり。暑くて、汗疹も痒いし。
毎日の生活にも慣れてきて、同じことの繰り返しに飽き気味。
閉鎖された生活って、楽。だけど、ストレスがたまる。
外に出れば、それはそれで、違ったストレスがあるんだけど。
主婦って、何を楽しみに毎日生活してるんだろう。
専業主婦の楽しみ方が知りたい。
しかしながら、仕事と家事と育児を全部完璧にこなすのも、大変だろうな。
どうやって、するんだろうか。とか、色々考える余裕が出てきた。
子の寝顔を見ている時が、今、一番幸せ。

子どもの寝顔を見ていると、何も考えなくて良いから、”一番幸せ”だったんだろうね。

主人の離婚宣言の後、私は、義両親に間に入ってもらい、食事や子育てのサポートを受け、主人をなだめてもらい、私は義母から女とはこうあるべきと、いわゆる3歩下がって主人に仕えるという世界を教えられ、理不尽さを感じつつも従うことによって何とか離婚は免れました。

その代わりに、私は、「自分らしさ」というものを失いました。

振り返って思うこと

41歳。今、振り返って思うことは、私は、離婚を言い渡されたあの日から、主人を見る目が変わり、義両親には申し訳ないけれど、どうしても許すことができませんでした。

何事もなかったように、その後、数年一緒に暮らしましたが、やっぱりあの日の出来事がしこりになって、うまくかなかったんだろうなぁと思います。

あの日から、私は、母親として、強くならないとダメだ。

どんな状況に置かれようとも、私が子どもを守り、育てなければいけない。自分がどうであれ、家庭がどうであれ、仕事がどうあれ、子どもには安全と安心、そして、幸せを与えないとという一心で、子育てをしています。

仕事も家庭も、子育ても大事。
すべてをやり遂げたいけれど、どれも100%では、難しいように思います。だから、子どもを最優先に守る手段を持ちつつ、自分の中で重要度の整理が必要です。仕事も家庭も変わりはいるけれど、子どもの親はあなたしかいません。

全12回くらいでまとめようと思っていますので、続きは次回。
ここまで、読んでくださってありがとうございました。


お気持ちありがとうございます。娘と元気に楽しく生きていくために使わせていただきます。