【殺人企業~実録・裏社会の人間との闘いの日々~】第三章:暗雲➁事故
第二節:事故
毎年、春先近くなると私は急性胃腸炎になる。
多分、年末の忙しさからストレスが蓄積された結果、ほっとした時に一気に病気を発症するのだろう。
この時もそうだった。
急性胃腸炎になった為、朝からすごく体調が悪く…
吐き気、熱、寒気など、ありとあらゆる最悪な症状を引き起こしていた。
結果、会社…お店は休む事に。
だけど、その間に事件が遭った事など私は知らなかった。
一週間後、お店に行くと…
「莉愛が送りの車で事故に遭ったから」と久我さんから報告を受けた。
社長なのに、そんな話も知らなかった事も腑に落ちなかったが、それよりも体調を気遣って、久我さんや手塚さんは言わなかったのかとも思った。
今思うと、楽天的と言うか…
どんだけポジティブ野郎なんだって、飛び蹴りを自分に入れたくなる。
彼らからしたら私は社長として重要視されていた訳ではなかったので話を耳に入れておく必要がなかったのだと思う。
この頃からだろうか…。
久我さんが「女は口うるさくない方がいい」と会話にさり気なく入れて来る所があった。
だからかな?
知らない内に私はマインドコントロールにかかっていたのかもしれない。
少しづつ自分の意見を言わなくなっていった。
彼らからしたら女である私はそんなに経営に口を出して欲しくなかったのかもしれない。
社長の椅子にちょこんと座ってお客に営業して売上さえ上げていっぱい働いてくれれば良かったのかもしれない。
だからかな?
莉愛が事故に遭った事すら教えてくれなかった。
今振り返ると、気遣いから教えてくれなかったのか…それとも…。
正直、本当に分からない。
何にしても、この送りの事故を発端に新しい毒の芽がすくすく育っていく事となった。
送りで事故に遭った莉愛は元々、ボーイの鹿角と付き合っていた。
20代前半の二人。
莉愛の送りは鹿角が担当していた事もあって自然と付き合う様になったのだろう。
鹿角は、黒い肌、顔立ちからか外国の血が入っている事が誰からも見ても明らかだった。
また、彼は「俺、目上の人に可愛がられるから♪」と豪語する様に若い事から少し調子に乗っている様にも思えた。
きっと彼は自分がクビになるとは思ってはいなかったと思う。
そもそも、鹿角のクビを決めたのは久我さんだった。
「美咲、ヴィーナスの客しか来ないって、どーゆー事だよ」
私がお店の新規フリーの入客数を久我さん達に伝えると呆れながら答えた。
正月休み明け、営業を再開したものの数字が芳しくなかった。
本来なら12月にお客さんがいっぱい入る時期に指名客を捕まえて年明けは12月のお客が流れて来るものだが、その様な兆しが全く見られなかった。
手塚さんはタブレット端末で競馬のゲームをしながら久我さんに問い掛ける。
「鹿角、外立たせとく意味あります?」
「7時に店に来てフリー2名のみ。それで、1時に送りで莉愛送って、そのまま帰宅だろ?舐めてるよな~」
瀬名君は店のソファーに横になりながら、ぼやいた後…
「どーせ、送った後は莉愛とSEXしてんだろー。汚ぇ穴に突っ込んでさ」と鹿角と莉愛をディスった。
相変わらず口が悪いなこの男と思いつつ、瀬名君の話はスルー。
ふぅ…と溜息が聞こえる。
久我さんは煙草の火を灰皿に押しやりながら言った。
「外国の血が入っているからマイペースなだけだと思っていたけど、ダメだね。2月いっぱいで鹿角はクビ」
ただ、クビと言うと聞こえが悪い事から瀬名君が辞める様に話を持っていく事となった。
鹿角が辞めて数日…。
その日、私は3階でキャッシャーの仕事をしていると…
指名客が帰って裏に煙草を吸いに来た瑠璃さんが私に話かけて来た。
「凛華さん…鹿角君、辞めたんですよね。って事は、莉愛さんがゆいさんに色々やられる可能性ありますよ」
(周りも、けっこう気付いてたんだ………)
瑠璃さんも内心、ゆいのイジメに関して気に入らない様子。
だけど、ナンバー1である立場と周りと上手くやろうとする性格からか、あからさまに、ゆいへの苦言は言わなかった。
多分、瑠璃さん自身が被害を受けてないからとも言えるが…
それでも、私は瑠璃さんの忠告は受け止め、どうするか窓の外を見ながら、ぼんやり今後の事を考えた。
私は不満があると直ぐに喚くゆいと比べて、明らかに言わないタイプである莉愛の事が心配だった。
莉愛自身が嫌がらせされている事実を持って来てくれれば対処の仕様があるのだが…
だけど、彼女はそれをしないだろう。
実際に私はキャスト時代も含めて、莉愛が切れたり喚いたり誰かの文句を言っている所を見た事がなかった。
人が良いと言うか…癒し系と言うか…
そんな彼女だから色々な女の子から「莉愛たん」と可愛がられていたのだろう。
ただ、一人…ゆいを除いて。
莉愛は、ゆいのイジメのターゲットであった。
ゆいからしたら最初は鹿角が彼女である莉愛を贔屓していたのが気に入らなかったのかもしれない。
だから、ゆいは客席で足を引っ張るやり方をしたのだろう。
客席の会話はスタッフは一番目に届かない場所だから…。
以前、愛架梨が教えてくれた。
「ゆいさん…前に二人組のお客さんと杏樹さんでダブル同伴した時あったんですけど、その時に杏樹さんが着替えてる間、莉愛たんがヘルプしててお客さんが莉愛ちゃんにドリンク出そうとしたら、ゆいさんが全力で止めたらしいです」
「えっ?自分から、おねだりした訳じゃないでしょ?」
「莉愛たんも私、ヘルプなんでって、一回断ってたんですけど…
お客さんが莉愛たんを気に入ってドリンク出そうとしたら『浮気だぁー!!杏樹ちゃんに言いつけちゃおー』とか、ゆいさんが言って…莉愛たんを責めたらしいです」
(私が客だったら、二度とこんなキャスト指名しないだろう………)
「莉愛たん、その日送りの車でかなり泣いてて…大変でした」
愛架梨の話から推測すると、ゆいは古典的な物を隠したりドレスを破くなどのイジメはしなかった。
多分、証拠が残るやり方はしないタイプなんだろう。
どちらかと言うと、団体席に一緒に付いた女の子が嫌いな女の子だった場合、さり気なくそのイジメのターゲットを陥れたり、
地元トークばっかして会話に入れない、またはドリンクをその子だけ出させない様にするやり方だった。
この辺はキャバクラあるあるなのかもしれないけれど…私はそのやり方は気に入らなかった。
だけど、ゆいはナンバー1である瑠璃さん、ナンバー2である美咲ちゃんにはそんな事はしなかった。
圧倒的に差がある上位ランカーには手を出さない。
それだけ、彼女は狡猾だったのだろう。
むしろ手を出した場合、自分が干されるのを本能的に分かっていたのかもしれない。
実際に私も上位ランカーだった為、キャスト時代に彼女から嫌がらせをされた事は無かった。
あくまで私の場合…
私はこの仕事をビジネスとして見ていた為、男性スタッフと恋愛関係になった事は一度も無かった。
だけど…妃姫ちゃん、美咲ちゃん、莉愛の例を見ると…
経営側になって分かったのだが、この業界はキャストとボーイが出来ている率が高いと思う。
そして、ボーイは自分の女を稼がせる為に上客に女を付けたり、付け回し上、有利になる様にする。
実際に秋山は前のお店の時、美咲ちゃんが入店したばかりの頃は常連や延長率が良いお客さんに優先的に付けていた。
それが妃姫ちゃんに乗り換えてからは妃姫ちゃんでも顕著に現れていた。
正直、ボーイの給料は女の子に比べて安い。
だからこそ、彼らは売れている女に群がるか、自分の女を売れる様にするのだ。
全ては自分のポケットにお金が入る様に。
だから、付け回しやヘルプ回りなどで差が出る事が起きるのは必然だったのかもしれない。
この業界の女の子の出逢いもまた、客orボーイ。
莉愛は、ゆいから執拗にイジメに遭っていた事から鹿角を心の支えとしていたんだと思う。
そんな時に事故が起き、莉愛からしたらフェードアウトするのに絶好の機会だったのだろう。
私は頭を痛めた。
莉愛…彼女はお店のナンバー3だったから。
本音としては…ゆいなど問題児が辞めてくれた方がよっぽど良かった。
だけど、問題児ほど辞めないのが世の常なのかもしれない。
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