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「ありふれた愛、ありふれた世界」9

シーン9 修一のマンション(昼)

奥の部屋に世界と愛を寝かしつけて戻ってくる今日子と麗子。
その様子を覗き込んでいる修一、浩二、弘一。

麗子  「ふふふ。二人ともよく寝てる」
今日子 「お義姉さん、愛のお世話してくれてありがとうございます」
麗子  「こちらこそ・・・世界は大丈夫だった?」
今日子 「世界ちゃんすごく可愛いんですよ。よく笑うし本当に世話を焼かせない子」
麗子  「そう、よかった」
弘一  「少しは慣れたみたいだな」
浩二  「他人事だな。この前なんかゆずさんと明日香が来て大変だったよ」
弘一  「おお、それで?」
浩二  「朝まで宴会。全然酔えなかった」
今日子 「すいません。お姉ちゃんがあんなで」
修一  「ヒロ兄、何か分かりました?」
弘一  「分かるか!」
麗子  「ないの?前例とか?」
弘一  「あったら教えてるよ」
麗子  「そうだよね」
弘一  「何か分かったらすぐ連絡するよ」
修一  「お願いします」
弘一  「おお」
麗子  「まあ慌てたからってどうにかなるものでもないか」
浩二  「そうだな」
麗子  「ねえ、麗子ちゃんは愛ちゃんをどういう風に育てて欲しい?」
今日子 「え?そうですね。オリンピックに出るような人になったらいいなって」
麗子  「オリンピック!ああ、澤穂希ね」
今日子 「浅田真央です」
麗子  「そっち」
弘一  「どっちだよ」
修一  「いいですね、今からなら何にでも挑戦できる」
麗子  「そうだね」
浩二  「愛のスケート靴買ったんだ」
今日子 「そうなの?すごい!」
麗子  「いつの間に」
浩二  「キョン姉に言う必要ねえだろ」
麗子  「一緒に生活してるんだから言いなさいよ」
浩二  「はいはい。次からね」
弘一  「修ちゃん、そっちはどう?」
修一  「やっと麗子ちゃんのこと、『ちゃん』付けで呼べるようになりました」
今日子 「ね?」
修一  「ね!」
浩二  「なにそれ?仲良くなってない」
今日子 「そりゃ仲良くしなくちゃ生活できないもの」
浩二  「何故だ?キョン姉の顔だと嫉妬しない」
今日子 「ひどい」
弘一  「ちょっと修ちゃん、麗子ちゃんと手を繋いでみて」

今日子と修一が手をつなぐ。

弘一  「どうだ?」
浩二  「うーん」
修一  「何かちょっと恥ずかしいです」
弘一  「じゃあ今日子と手を繋いでみて」

麗子と修一が手をつなぐ。

修一  「さらに恥ずかしいです」
浩二  「何かムカつくなあ」
弘一  「やっぱり人間は見た目なのか?」
今日子 「中身です」
浩二  「そうだよ中身に決まってんだろ」
弘一  「お前言ってること全然違うじゃねーか」
浩二  「うるさい。あんたは黙ってろ」
弘一  「お前ムチャクチャだなあ。何だこれ」
浩二  「あんたがやらせたんだろ」

ピンポーン

麗子  「はあい」
弘一  「今日子!違う違う!」
麗子  「そうか、ここ自分のうちだからうっかり」
弘一  「麗子ちゃん!」
今日子 「は、はーい」

やってきたのは宏美と御麿。

御麿声 「御麿でオマ」
今日子声「あ、お義父さんお義母さん、いらっしゃい」
弘一  「間違えるなよ」
修一  「はい」
浩二  「おう」
麗子  「・・・」

入ってくる御麿と宏美。

宏美  「みんないたのね」
弘一  「おーう」
修一  「こんにちは」
浩二  「どうしたの急に」
宏美  「うん・・・」
麗子  「(イライラ)いまさら何?」
宏美  「え?」
弘一  「れ、麗子ちゃん!」
浩二  「あれ?育児疲れかなー」
宏美  「そう・・・これ、世界ちゃんと愛ちゃんに」

布のおしめの入った袋を二つ出す。

弘一  「それ、こないだの」
今日子 「なんですかこれ?」
宏美  「・・・おしめだよ」
今日子 「(取り出して)わあ」
弘一  「懐かしいなー。これ全部母さんが縫ったの?」
御麿  「みんなこれで育ったでオマ」
修一  「お義母さんありがとうございます」
今日子 「ありがとうございます」
浩二  「おお、ありがとう」
麗子  「・・・」
浩二  「麗子」
麗子  「うちは紙おむつがあるからイラナイです」
宏美  「え?」
麗子  「キョン姉さんもイラナイですよねこんなの」
今日子 「え?ああ・・・」
弘一  「麗子ちゃん、布のおむつのほうが赤ちゃんにとってはいいんだって。そのほうが早くおしめが取れるようになるんだって」
浩二  「そうなんだ、良かったな麗子」
麗子  「よく今日子さんの前に顔を出せましたね。今日子さんにあんなにひどいことしておいて。ねえ今日子さん」
今日子 「え?ええ」
麗子  「ねえ今日子さん帰ってもらいましょうよ」
今日子 「え?」
麗子  「あんなひどいこと言われて今日子さんは許せるの?」
今日子 「まあ」
麗子  「でしょ?早く帰ってください」
弘一  「麗子ちゃん、母さんは今日子に謝りたくて来たんだよ。ねえ母さん」
宏美  「・・・」
弘一  「話だけでも聞いてみないか?」
麗子  「そうなんですか?」
宏美  「・・・もういい」

帰ろうとする宏美。

今日子 「お義母さん」
宏美  「!」
今日子 「あの・・・その」
浩二  「・・・キョン・・姉?」
今日子 「・・・なんであのとき世界ちゃんを孫だと認めてあげなかったんですか?」
修一  「きょ、今日子ちゃん?」
今日子 「育ててみたら分かったんです。世界ちゃんいいところいっぱいあります。一生懸命生きようとしてます」
麗子  「え?」
今日子 「恥ずかしいことなんて何もない。それなのにお義母さんはそんな世界ちゃんをどうして、どうして認めてくれないんですか?」
麗子  「そうだよ」
今日子 「世界ちゃんは紛れもなくあなたの孫なんです!」
浩二  「麗子・・・」
修一  「僕も知りたいです」
御麿  「母さん」

御麿に促されて戻る宏美。

宏美  「私は卑怯な人間だ」
弘一  「え?」
宏美  「あんたたちを育てるとき、差別はいけない、他人に優しくしなくちゃいけないって教えた・・・それが正しいと思ったから。でも世界ちゃんを見たとき、ダウン症の、障害のある孫を見たとき、身体が、心が世界ちゃんを拒絶したんだ。弘一、あんた言ったよね。『俺たちが世界を守らなくてどうするんだ』って。その通りだよ。でも私にはそれが耐えられなかった」
麗子  「・・・」
宏美  「私は逃げたんだ、世界ちゃんから。今日子が逃げられないことを知ってて私は世界ちゃんから逃げた。全てを今日子のせいにして、世界ちゃんから逃げたんだ」
麗子  「私が何かした?世界が何かしたの?」
宏美  「私は・・・自分がいい人じゃないって気がつきたくなかった。世界を守らなくちゃいけないのに・・・弘一に教えてもらった」

宏美、麗子の前で土下座する。

宏美  「本当にごめんなさい」
麗子  「・・・」
浩二  「え・・・」
宏美  「今日子だろ?」
弘一  「母さん何バカなこと言ってんだよ」
宏美  「麗子ちゃん、あなたは今日子だね」
麗子  「いや、私は今日子さんに頼まれて」
宏美  「本当にダメな母親で申し訳ない」
麗子  「・・・なんで分かるの」
宏美  「・・・こんなんでも親だから」
麗子  「・・・なんで分かるの?なんで私が今日子だって・・・」
宏美  「逃げられないから・・・親は子供から逃げられない・・・どんなことがあってもね・・・子供は嫌いになれない・・・」
麗子  「・・・ずるいよ。そんなこと言われたら許すしかないじゃん」
宏美  「・・・」
麗子  「バカ(叩く)・・・バカ、バカ、バカバカ・・・・」

宏美を叩く麗子、やがて泣き崩れる。

宏美  「世界ちゃんを・・抱かせてください」

修一、世界を持ってくる。

修一  「今日子ちゃん(渡す)」
麗子  「世界、おばあちゃんだよ」

宏美、世界を抱く。

宏美  「世界、ごめんね。オババだよ。もう絶対逃げないからね」
御麿  「一件落着でオマ。次はオジジに抱かせるでオマ」
宏美  「やめなさいよ」
浩二  「わかったわかった。愛を連れて来るから」

浩二、奥へ行く。

弘一  「良かったな」
麗子  「うん」
宏美  「ご迷惑をおかけしました」
弘一  「母さん、赤ちゃんってすごいな。大人たちに教えてくれることばっかりだ」
浩二声 「麗子!麗子!」
弘一  「どうした?」

浩二、愛を連れて来る。

浩二  「愛が、息してない」
弘一  「動かすな!」
浩二  「え?」
弘一  「貸せ!」
浩二  「なんだよ」
弘一  「俺は医者だ!早くしろ!」
みんな 「え?医者なの?」
弘一  「いいから!救急車!」

暗転。
救急車の音。

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同じ日に生まれた二人の赤ちゃん。ひとりは元気な女の子、もうひとりはダウン症を持った男の子。幸せになるために生まれてきた二人の赤ちゃんを授かった、二つの家族の物語です。楽しく、時に息をのむように読んでいただけたら幸甚です。気に入ってくださったらぜひお買い求めくださいね。

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