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「ありふれた愛、ありふれた世界」4

シーン4 織部本家・和室

鹿威「カコーン」
お琴や三味線の風情を感じる曲。
芸人メイクの御麿がお茶を点てている。
茶筅でシャッシャとやっている御麿。
弘一が今日子に連れて来られている。

弘一  「本当に申し訳ありませんでした」
宏美  「十五年よ。連絡ひとつ寄越さないで・・・」
今日子 「まあまあ、ヒロ兄も反省してるんだから」
弘一  「しばらくはこっちにいるんで、心機一転頑張ります」
宏美  「・・・」
弘一  「・・・そろそろ許していただけないでしょうか」
今日子 「ね、お母さん」
宏美  「大体どこでなにをしてるかぐらい連絡できないの!あなたね・・・」

御麿、カッコ良く茶を出す。

御麿  「粗茶でおじゃります」
宏美  「お父さん!」
御麿  「いーの。帰って来たんだから」
宏美  「でも・・・」
御麿  「粗茶でおじゃりますー」
宏美  「はあ」
御麿  「弘一」
弘一  「はい」

出された茶を飲む弘一。

御麿  「生きててよかったでオマ」
弘一  「オマ?」
宏美  「甘い」
今日子 「ほらお母さん」
御麿  「御麿でオマ」
弘一  「え?何て?」

御麿、茶を点てに戻る。

弘一  「あのさ」
今日子 「なに」
弘一  「オマって何?」
今日子 「さあ?」
弘一  「何で親父、白塗りしてんの?」
今日子 「知らない。仕事じゃない?」
弘一  「仕事?」
今日子 「芸人になったんだって」
弘一  「芸人?」
今日子 「去年から」
弘一  「それ事件だろ」
今日子 「知らないわよそんなの。ヒロ兄がいない間に色々あったの」
弘一  「マジか・・・親父が芸人」
宏美  「仕方ないでしょ。やりたいって言ってるんだから」
弘一  「芸人を?」
宏美  「そう。あんただって今まで好きにして来たでしょ」
弘一  「まあ」
宏美  「全く何してたんだか」
今日子 「お母さんもいい加減に許してあげて。ほらヒロ兄も」
弘一  「すいませんでした」

ピンポーン。

弘一  「あ、俺が」

足が痺れていて。

宏美  「どいて!」

宏美が玄関方向へ。

明日香声「来たよ」
宏美声 「あら愛ちゃーん」

入ってくる明日香。

明日香 「何でいんの?」
弘一  「ん?」

宏美と愛、浩二、麗子が入って来る

宏美  「愛ちゃんババんちですよー」
浩二  「危ないって」
麗子  「お邪魔します」
弘一  「おう」
明日香 「邪魔!」
浩二  「来てたんだ・・・」
弘一  「まあな」
麗子  「こんにちは」
弘一  「おう。座って座って」
今日子 「修ちゃんと世界呼ぶね(携帯を出し)」
宏美  「早く呼んであげな」
明日香 「何してんの?ここ私んちなんだけど」
弘一  「おお・・俺んちでもあるんだけど」
明日香 「はあ?部屋ないじゃん」
弘一  「絡むねえ」
浩二  「とっくに物置だよな」
弘一  「え?そうなの?」
宏美  「当たり前だろ。十五年もいなかったんだから」
弘一  「すいません」
今日子 「ほらもういじめないの」
弘一  「今日子ちゃん」
今日子 「麗子ちゃん私にも愛ちゃん抱かせて」
麗子  「どうぞ」
宏美  「はい」
今日子 「やっぱり男の子と女の子で違うもんね」
宏美  「そりゃそうよ。あんたは男の子みたいだったけどね」
今日子 「そうなの?」
浩二  「やっぱりな」
今日子 「何よそれ?」
宏美  「浩二は女の子みたいだったけどね」
浩二  「マジで?ちょっとやめてよ」
今日子 「ヒロ兄も抱いてみる?いいよね?」
麗子  「ええ」

弘一が抱こうとするのを浩二がひったくる。

浩二  「やめろ」
麗子  「え?」
浩二  「この人関係ないから」
弘一  「関係なくねえだろ。俺の姪っ子だぞ」
今日子 「浩二」
浩二  「キョン姉優しすぎ。この人勝手にいなくなったんだよ。戻ってきたからって『ハイ元通り』なんてなるわけないでしょ」
明日香 「私なんて全然覚えてないし他人だから。兄貴面しないでくれる?」
弘一  「したかな?随分と嫌われたもんだな」
宏美  「あんたがしたことはそういうことです」
弘一  「はい」
今日子 「お母さん」
御麿  「みんな仲良くするでオマ。あなたと私でシャンシャンシャン」
明日香 「やめて、イライラする」
御麿  「十五年かけて作った溝は、十五年かけて埋めるのでオマ」
今日子 「おお、いいこと言った」
弘一  「はい」
浩二  「そんな格好で言っても説得力ねえんだよ」
弘一  「確かに」
修一声 「こんにちは」
今日子 「来た。世界―(出迎えに)」
宏美  「いらっしゃい」

修一が世界を抱いて入ってくる。

修一  「お義母さんご無沙汰してます」
宏美  「あら世界ちゃん」
修一  「丁度今起きたとこです」

世界を覗き込む宏美。

宏美  「そっかー世界ちゃん、お目覚めですか」
御麿  「オジジに抱かせて欲しいでオマ(抱っこしようとする)」
宏美  「(それを横取りして)もう、一番抱っこはオババでしょう?」
御麿  「(それではと)マロマロバアー」
宏美  「(対抗意識)バロバロバー」
修一  「なんですかそれ」
御麿  「マロマロバー」
宏美  「バロバロバー」
今日子 「もう、世界がびっくりしちゃうでしょ」
御麿  「マロマロマロマロバー」
宏美  「バロバロバロバロバロバロバロバロバー」
今日子 「お母さん、あのね・・・」
御麿  「マロマロバー」
宏美  「今日子」
今日子 「なに?」
宏美  「ちょっと変じゃない?」
今日子 「え?」
修一  「変ではないと思いますけど」
宏美  「すごい舌ベロベロ出してるし」
今日子 「んー」
修一  「それクセなんです」
宏美  「クセ?」
修一  「はい」
宏美  「変よ。目、吊ってない?たしか蒙古症ってこんな感じよね」
浩二  「赤ちゃんも色々だからね」
宏美  「そう?」
弘一  「今日子」
今日子 「・・・」
宏美  「ちゃんと検査はしたの?」
修一  「あのう」
明日香 「そうだ!なんかおなか空かない?」
浩二  「確かに」
宏美  「ちょっと待ちなさい。検査したのよね」
今日子 「したよ。ダウン症だって言われた」
宏美  「ダウン症?」
弘一  「蒙古症の今の言い方」
宏美  「じゃあ蒙古症ってこと?」
今日子 「そう」
宏美  「ウソ」
弘一  「そんなことウソをつくはずないだろ」
宏美  「ウソよ」

抱いていた世界を今日子に押し付ける宏美。

今日子 「え?」
修一  「お義母さん」
宏美  「知恵遅れよね?」
今日子 「・・・」
修一  「障害はあると聞いています。でも僕たちにとっては大事な子供なんです」
宏美  「修一さんは黙ってなさい」
修一  「・・・」
宏美  「蒙古症なんて・・・鬼の子じゃないか」
浩二  「鬼の子って・・・」
弘一  「母さん」
修一  「お義母さん、今日子ちゃんだって悩んでるんです。そんな言い方しなくても」
宏美  「昔はこういう子は処分するか、一生隠しておいたんだ」
弘一  「いつの時代のことを言ってるんだよ」
明日香 「お母さん最低!」
宏美  「今日子、どうするつもり!」
弘一  「どうするもこうするもないだろ。そもそも・・・」
今日子 「ごめんなさい」
弘一  「今日子!」
修一  「謝っちゃだめだよ今日子ちゃん。何も謝ることなんてないだろ?」
宏美  「麗子さん」
麗子  「は、はい」
宏美  「愛ちゃんは普通の子?」
麗子  「え、ええ」
宏美  「そう。しっかり育てるのよ」
麗子  「あ、はあ」
今日子 「・・・」
弘一  「何だよその言い方。二人とも同じ孫だろ」
宏美  「同じ?」
弘一  「同じだろ」
宏美  「子供のいないあんたに何が分かるの」
弘一  「分かるよ」
宏美  「長男なのに何の連絡もしないで。それが今になってなに?」
弘一  「大切なのは世界が生まれたことだろ」
宏美  「あなたはこの家から出て行った人間でしょう。この家のことに口を挟まないで」
弘一  「母さんは世界が可愛くないのか?」
宏美  「可愛いもなにも・・・障害者じゃないか」
弘一  「障害があったら可愛くないのかよ?」
宏美  「身内に障害者がいるなんて」
弘一  「身内に障害者がいて何がいけないんだ!」
宏美  「きれいごとばっかり」
弘一  「きれいごとのどこがいけないんだよ」
宏美  「そんなこと世間は認めてくれないよ。障害者がいていいことなんてない」
弘一  「そんなの世間が間違ってるだろ。俺たちが世界を守らなくてどうするんだよ」
宏美  「・・・普通に生まれて来てくれるだけでよかったのに」
弘一  「生まれて来ただけでよかっただろ。母さんの孫だよ」
宏美  「何も分かってないくせに家のことに口出しするな」

今日子 「・・・わかった」
弘一  「今日子」
今日子 「もう二度とこの家には来ません。今までお世話になりました」
宏美  「・・・」
弘一  「おい!」
今日子 「修ちゃん行こう」
弘一  「ちょっと待て」
明日香 「行っちゃダメ。悪いのはお母さんじゃない」
今日子 「・・・私、分かってるから」
弘一  「親父!」
御麿  「・・・」

今日子、行ってしまう。

明日香 「キョン姉・・・」
修一  「お義母さん、今日子ちゃんも苦しんでるんです。それだけは分かってあげてください」
宏美  「・・・」
修一  「僕と今日子ちゃんで必ず世界をちゃんと育ててみせます」
宏美  「・・・」
修一  「・・・失礼します」

修一、行く。

宏美  「・・・」

宏美、行く。

弘一  「母さん!」

一同  「・・・」

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